がんの基礎トレーニング

がん遺伝子検査入門(5)

海外の遺伝子検査の状況

これまで、遺伝子検査と分子標的薬の関係について解説してきました。日本でも数多くの薬剤が臨床導入されています。その現状を考える前に、海外の状況を概観したいと思います。海外の状況が、数年先の日本の姿であるといえるからです。

海外の遺伝子検査には日本との違いはあるのですか?

海外ではテイラーメイド医療の考えが進んでおり、がんの診断のみならず予防や治療方針決定の目的でさまざまな遺伝子診断キットが開発されています。

診断には組織標本のみならず尿検体などいろいろな検体を用いる遺伝子検査が開発されています。また、遺伝性腫瘍の家系の人には遺伝子検査により、原因となる遺伝子変異が起こっているか否かを調べて、発がんの予防に役立てることが行われています。

治療面では、がんの再発リスクを判定したり、抗がん剤の効果や副作用の予測に遺伝子検査が用いられています。

これらの遺伝子診断は数年のタイムラグを経て日本でも認可されてきています。

今後は日本でもさらに多種多様な遺伝子検査が可能になると考えられます。

遺伝子診断はどのような検体を使って行われるのですか?

通常は生検などによる組織標本を用いて遺伝子診断が行われますが、白血病では血液検体により診断が行われています。

遺伝子診断は、手術後のパラフィン固定組織標本や生検で得られた組織標本を用いて検査が行われます。なお、原発巣不明の転移性腫瘍では転移組織から採取した組織検体に対し、DNAチップ を用いることにより、原発巣を同定するキット(Tissue of Origin LDT)がFDAにより認可されています。

白血病は血液の遺伝子検査を基にWHO分類による診断が行われます。

このほかに、尿検体や細胞診標本を用いた診断も海外では行われています。膀胱がんでは尿検体に対し4ヵ所の遺伝子変異を調べる遺伝子検査(UroVysion)が用いられています。

ヒトパピローマウイルスと子宮頸がんの関係は?

子宮頸がんでは、粘膜細胞診検体に対しヒトパピローマウイルスの型を調べる検査(Digene HPV TestやCervista HPV HR)が行われています。

ヒトパピローマウイルス(human papilloma virus:HPV)はヒトに乳頭腫を発生させるウイルスですが、DNAの違いにより100種類近くの型があります。

HPVは、その型と感染部位によりさまざまな疾患を引き起こします。このうち16型や18型のHPVは欧米人種の子宮頸部にがんを発生させることが明らかにされています。日本人では52型や58型のHPVが子宮頸がんの発がんに関与していると考えられています。

これらのウイルスの型をDNAの違いにより検出する方法としてQIAGEN社のDigene HPV TestやHologic社のCervista HPV HRなどが用いられます。

海外でがんの予防に用いられる遺伝子検査にはどのようなものがありますか?

遺伝的な要因で起こる遺伝性腫瘍(家族性腫瘍)の家系の人に対して遺伝子診断を行い、遺伝子変異の見つかった人には定期的検査により早期発見を行おうという試みがなされています。

BRCA1やBRCA2遺伝子変異は、遺伝性乳がんを引き起こすことが知られており、これらの変異を検出するBRAC Analysis が開発されています。

家族性大腸腺腫症は、大腸に多数のポリープが発生して、このポリープから大腸がんが発生する疾患ですが、この疾患はAPCやMYH遺伝子の変異により起こります。また、遺伝性の大腸がんにはポリープを生じることなくがんが発生するものもあり、これは遺伝性非ポリポーシス大腸がんと呼ばれ、MLH1、MLH2およびMLH6遺伝子の変異で起こります。

これらの遺伝性大腸がんの検査にはColaris APやColaris が用いられています。このほか、CDKN2A遺伝子変異により起こる遺伝性黒色腫に対してはMelarisが開発されています。

これらの4つの検査はいずれもシークエンス法により遺伝子変異を検出するもので、Myriad Genetics社が商品化しています。

海外のがん治療における遺伝子検査はどのような状況になっていますか?

テイラーメイド治療とも呼ばれるがんの個別化治療の動きが海外では活発になってきています。

その一環として遺伝子診断をもとに治療方針を決めるという方向がガイドライン等で見受けられます。

たとえば、国際的に用いられているNCCN (National Comprehensive Cancer Network)ガイドラインではホルモン受容体陽性HER2陰性の浸潤性乳がんに対して21の遺伝子RT-PCRアッセイにより再発スコアを求め、以下の治療方針が述べられています。

①再発スコアが低い場合(RS<18) →補助内分泌療法

②再発スコアが中程度の場合(18≦RS<30) →補助内分泌療法±補助化学療法

③再発スコアが高い場合(RS≦31) →補助内分泌療法+補助化学療法

この21の遺伝子RT-PCRアッセイはOncotype DXという商品名の遺伝子検査です。

Oncotype DXとは何ですか?

Oncotype DXは、乳がんの進展に関連した16の遺伝子と5つの参照遺伝子の発現量をreal time RT-PCR法により求めて、再発スコアを算出するものです。

Oncotype DXによる再発スコアは次のようにして求められます。

①ステージⅠ&Ⅱ、リンパ節転移なし、エストロゲン受容体(ER)陽性の早期乳がん患者のがん組織からmRNAを抽出。

②続いて、real time RT-PCR法で21の遺伝子の発現レベルを測定。

③各遺伝子の発現レベルに、それぞれ係数をかけて合計し、再発スコア(RS)を算出(RSは0~100)。

④RS<18:low risk、18≦RS<31:intermediate、RS≧31:high risk。

Oncotype DXは、ステージⅡの結腸がんにおける術後再発リスクの推定についても応用されています。この場合は大腸がんの進展に関連した7の遺伝子と5つの参照遺伝子の発現量により再発スコアを算出します。

Oncotype DXの再発スコアでどのようなことがわかりますか?

Oncotype DXにより求められた再発スコア(recurrence score:RS)は、10年遠隔再発率と相関することが明らかにされています。

得られたRS値を元に、このグラフから10年後に遠隔再発が起こる確率が推定できます。たとえばRS値が30の患者さんの場合、10年後に遠隔再発が起こる確率は約20%と推定されます。

遺伝子診断による再発リスクの判定はOncotype DX だけですか?

乳がんではOncotype DX 以外にもオランダで開発されたMammaPrintや、デンマークで開発されたTOP2A FISH pharmDxが、再発リスク判定に用いられています。

MammaPrintは、転移プロセスに関連する70の遺伝子を用いてDNAチップを作成したものです。

60歳以下、ステージⅠ&Ⅱ、腫瘍径5cm以下でリンパ節転移がない乳がん患者の再発リスクの高低を知ることができます。なお、対象となる症例のエストロゲン受容体(ER)が陰性であるか陽性であるかは問いません。

MammaPrintによりlow riskと判定された症例では、乳がん術後の補助化学療法は不要と判断されます。

TOP2A FISH pharmDxは、TOP2A(トポイソメラーゼ2アルファ)遺伝子の変異をFISHにより検索するもので、乳がん術後補助化学療法後の再発の時期や、全生存期間の予測に有効であることが示されています。

治療方針決定のための遺伝子検査にはそのほかにどのようなものがありますか?

治療方針を決めるための遺伝子検査のひとつに、センチネルリンパ節の遺伝子診断があります。

早期乳がんの手術時には、がん細胞が最初に転移するリンパ節であるセンチネルリンパ節の摘出を行い、病理診断によりがん細胞の有無を判断し、その結果を元に腋窩リンパ節郭清を行うか否かが決められます。

米国で開発された分子診断検査GeneSearch Breast Lymph Node(BLN)Assayは、摘出されたセンチネルリンパ節をReal time RT-PCR法によりマンマグロビンとサイトケラチン19の発現を見ることにより、リンパ節転移があるか否かを調べます。マンマグロビンとサイトケラチン19はいずれも正常リンパ節ではほとんど発現が見られず、検出に要する時間は30~40分程度です。

薬物療法に伴う遺伝子検査は分子標的薬だけに用いられるのですか?

がんの薬物療法に伴う遺伝子検査は、分子標的薬のみならず、従来型の抗がん剤でも行われています。

これらの検査には各薬剤が適応となるか否かを調べる目的で行う検査と、副作用発現の可能性を調べる目的の検査があります。

CYP2D6とtamoxifenの関係は?

tamoxifenは、肝臓で薬物代謝酵素であるCYP3A4によりN-DMT(N-デスメチルタモキシフェン)に代謝されます。

N-DMTは、さらに薬物代謝酵素CYP2D6により活性体のエンドキシフェンへと変換され、抗腫瘍効果を表します。

CYP2D6は遺伝子多型を示すことが知られており、患者さんによってはエンドキシフェンへの活性化の低下による有効性が減少することが知られています。このため、海外ではtamoxifen投与前にDNAチップを用いたAmpliChip CYP450などのCYP2D6の遺伝子検査を行うことが推奨されています。

GSTP1とcisplatinの関係は?

cisplatinは、がん細胞内に取り込まれたあと、主にDNAに作用して抗腫瘍作用を発揮しますが、一部は解毒酵素であるGSTP1(グルタチオンS-トランスフェラーゼP1)により抱合を受け、不活性化され、がん細胞外に排出されます。GSTP1遺伝子は多型を示すことが知られており、この遺伝子が過剰に発現しているがん細胞ではcisplatinの効果が低下することが明らかにされています。なお、このような現象はcisplatinのみならずoxaliplatinなど他のプラチナ製剤でも同様に起こります。

GSTP1遺伝子多型の検査は、マウス抗体を用いたIHC染色法により行います。

UGT1A1とirinotecanの関係は?

irinotecanはプロドラッグであり、肝臓で活性体のSN-38へと変換され、抗腫瘍効果を発揮します。

SN-38は、UDPグルクロン酸転移酵素1A1(UGT1A1)により抱合を受けてSN-38グルクロニドとなり不活化されます。

UGT1A1は遺伝子多型を示すことが知られており、 UGT1A1活性の低い患者さんでは血中のSN-38濃度が上昇し、好中球減少といった重篤な副作用のリスクが高まることが知られています。

UGT1A1のインベーダー法による遺伝子検査は、体外診断用医薬品として保険適応になっています。

DPYD、TYMSと5-fluorouracilの関係は?

大腸がん治療などに用いられる 5-fluorouracil(5-FU)は、肝臓などに存在するジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ(DPD)により分解され効力を失います。このDPDをコードする遺伝子であるDYPDに変異が起きている患者では、その産物であるmutant DPDによる5-FUの分解が通常の人より低下するため、副作用が出やすくなります。

また、5-FUは代謝されてフルオロデオキシウリジン-リン酸(FdUMP)となり、チミジル酸シンターゼ(TS)と呼ばれる酵素を阻害して、細胞の増殖を止めます。TSをコードしているTYMS遺伝子は多型を示すことが知られており、このTYMS遺伝子多型により骨髄や腸管におけるTSの発現が低下している患者では、5-FUによるTSの抑制が強まるため骨髄抑制や下痢といった副作用の発現が低下します。

Myriad Genetics社のTheraGuide 5-FUはDPYD遺伝子変異とTYMS遺伝子多型を調べる検査で、5-FUや5-FUのプロドラッグであるcapecitabineの副作用防止目的の検査として用いられています。

遺伝子検査を取り巻く日本の状況

最後に日本の状況を整理しておきましょう。日本には、他の国々とは異なる医療制度が多くあります。テイラーメイド医療を進めるうえで、独自の対応が必要になる点はどこか、それを考えながら検討していきましょう。

日本で使用可能モノクローナル抗体はどれくらいありますか?

現在日本で使用が可能な主な抗体医薬品です。ここに示す以外にも数多くの薬剤が承認を待っている状態で、近年の薬剤開発の主眼になっています。剤形としては抗体薬物は主に注射製剤となっています。

日本で使用可能な低分子化合物はどれくらいありますか?

こちらは日本で使用が可能な低分子化合物です。開発面でみると、モノクローナル抗体以上の活況を呈しており、30種類以上に及んでいます。抗体が注射剤であるのに対し、低分子化合物は内服薬がメインになります。

日本での分子標的薬の使われ方は従来の抗がん剤とは違うのですか?

2002年に承認されたgefitinibは、分子標的薬の存在を強く印象づけました。

この薬剤は上皮細胞成長因子受容体(EGFR)の活性化に必要なATPの結合部分に、競合的に結合して活性を阻害します。

この効果には民族性による差異が指摘され、西洋人よりも東洋人に効果が高いといわれました。国内では申請半年で、スピード承認し、世界に先駆けて臨床導入しました。ところが投与後、間質性肺炎が続発、厚生労働省の集計では、2004年12月28日までの間に、投与された8万6800人中588人がこの疾患で死亡しました。

従来にない治療薬として大きな期待を集めていたこと、また、開発段階では肺への副作用は指摘されていなかったこともあって、gefetinibの間質性肺炎は社会問題化し、抗がん剤使用のあり方についても、一石を投じることとなりました。

これらを踏まえ、分子標的薬の臨床導入に際しては、全例を特定使用成績調査の対象とするなど、PMSをより厳格に適用するといった方策がとられるようになっています。

抗がん剤と個々のがんとの反応性が一層重要になっていくということでしょうか?

分子標的薬登場以前にも、抗がん剤感受性試験は行われていましたが、保険適用の関係から「高度先進医療」とされ、一般の医療機関での実施には困難が伴いました。施設基準や診療実績といったハード面だけでなく、認可後にも膨大な研究論文の提出が必要だったのです。それが、2006年の医療制度改革で、「高度先進医療」が「評価療養」と「選定療養」に分割されたことにより、抗がん剤感受性試験は、大学病院以外でも行えるようになりました。

抗がん剤感受性試験の実施により、胃がんで140億円あまりの医療費削減効果が出るといった研究も発表されています(第47回日本がん治療学会学術集会、香川大学医学部消化器外科・臼杵尚志)。主な感受性試験には、ここに示すようなものがあります。

一方、分子標的薬は、より専門的な遺伝子検査が必要になります。未知の副作用が出現してくる可能性は、従来薬以上に高いと思われます。また、価格がきわめて高価であることを考えれば、効果予測は一層重要になるといえるでしょう。

有効か無効か、その判定ができればよいのですか?

不要な副作用を回避できることは、医療者にとっては治療上のメリットといえますが、患者には副次的な効果でしかないともいえます。ことに、がんのような疾患の場合、感受性試験で効果が見込めないといわれても、「やってみなければわからない」、「少しでも可能性があればやってみたい」と訴える患者さんは少なくないでしょう。

当面、真陽性の精度を上げ、「高い確率で効果が期待できる」という提案ができるよう、事例を積み上げていくことが求められます。

同時に、有効な薬剤が乏しい患者さんにどう向き合うかも、当然求められます。そうした事態に対応すべく、分子標的薬の開発も新しい段階に入っています。

分子標的薬については今後どのような動きが出てきますか?

trastuzumabとlapatinibは、ともに乳がんのHER2受容体を標的とする分子標的薬です。前者はモノクローナル抗体、後者は低分子化合物です。細胞の外側と内側、作用点の異なる両剤の併用は、単独よりも効果を示すのか、注目の治験が2007年からスタートしています。

また、耐性が生じる薬剤のメカニズムを調べ、さらに強力な薬剤開発も続けられています。

たとえば、imatinibに耐性を持つ慢性骨髄性白血病患者に多く発現するBcr-Ablタンパクに対し、より強力な阻害作用を示すdasatinibやnilotonibの開発などはその具体的な成果です。

さらに、細胞分裂・増殖が早いというがん細胞の特徴を標的にした細胞周期調節剤や、がんの浸潤・転移阻害を標的とする薬剤(MMP阻害薬)の開発も続けられています。

遺伝子検査自体さらに進展をみせていくのでしょうか?

分子標的薬の臨床導入以来、がん関連学会・研究会が遺伝子の突然変異を調べるための検査を保険適用する旨、行政サイドに要望するといった動きが相次いでいます。これに呼応するように、K-ras遺伝子やEGFRの変異を、迅速に検出する研究用キットなどが数多く発売されています。がん治療において、遺伝子のプロファイルを調べることは、もはや必須項目と化しているといえるかもしれません。

そのなかでもDNAマイクロアレイ法は、多数の遺伝子発現パターンの変化を並行して解析することにより、きわめて多くの情報を提供してくれます。がんや障害臓器における遺伝子の発現プロファイル解析が、疾患の悪性度、治療反応性、予後に関する新たな指標となりつつあります。

製薬企業としてどのような対応が求められるようになるのでしょうか?

がんの個別化医療やテイラーメイド化は、今後さらに進展する方向にあります。迅速な情報提供の重要性は増えることはあっても、減ることはありません。そして、求められる情報内容自体も変わってきます。これまでのような学術情報一辺倒では対応できない事態も予想されます。

薬が自分に合うかどうかを確かめる検査に保険が使えない、という事態に直面したとき、患者さんは当然理由を求めます。「そういう制度になっているから」では納得されないケースも出てくるでしょう。なかには、複雑な保険制度に必ずしも精通していないというドクターもいるかもしれません。製薬企業は、優れた薬を情報とともに提供することをミッションとしていますが、情報のなかに保険制度などが含まれてくる可能性があります。


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