がんの基礎トレーニング

がん遺伝子検査入門(2)

染色体変異と遺伝子変異

DNAの複製に際しては、実はかなりの確率で偶発的なミスが生じており、細胞の修復機構が対応にあたっています。その機構が対応し切れず、変化が永続的となったものを変異と呼んでいます。

ここでは染色体や遺伝子に生じる変異の種類とメカニズムについて、内容を確認していきます。

染色体の構造はどのようになっているのですか?

染色体は性染色体と、それ以外の染色体である常染色体に分けられます。常染色体は22対あり、1~22の番号が振られています。

染色体は短腕、長腕およびセントロメアからなっています。染色体の端の部分はテロメアと呼ばれます。

短腕は「p」、長腕は「q」という略号で表されます。短腕の p はフランス語の petite (プチ) からきています。長腕の q は、p の次という意味です。

染色体上の各遺伝子のバンドは、セントロメアから端のほうへ向かって順に1から番号が付けられています。

この染色体番号と短腕、長腕の区別および染色体上の遺伝子番号を使って、遺伝子がどこにあるかを表すことができます。

たとえば、「7p5」というのは「7番染色体の短腕のセントロメアから数えて5遍目の遺伝子バンド」ということになります。

各遺伝子とも、読み出し開始部分と読み出し終わり部分の間に、エキソンとイントロンが存在しており、タンパク質合成の情報を持っているのはエキソン部分です。エキソン部分は、読み出される順にしたがって番号が付けられています。

染色体変異とはどのようなものですか?

染色体の変異には、数量的変化と形態的変化があります。

数量的変化には倍数性変異や異数性変異があります。

形態的変化には欠失、逆位、重複、転座があります。

染色体の数量的変化とはどのようなものですか?

染色体の数量的変化のうち倍数性変異とは、通常2倍(23本×2)となっている染色体が3倍、4倍という具合に整数倍増加するものです。卵子や精子での減数分裂の際の異常により染色体が23本ではなく46本になるために起こります。ヒトで倍数性変異が起こった場合はほとんど流産となり、出産できても新生児のうちに死亡に至ります。

異数性変異は、染色体が数本増加、あるいは減少するものです。通常、2本ある染色体が3本のものをトリソミー、4本のものをテトラソミーと呼んでいます。トリソミー は13番、18番、21番染色体に起こりやすく、21番染色体トリソミーによって引き起こされるのが、いわゆるダウン症です。

染色体の形態的変化とはどのようなものですか?

染色体の形態的変化には欠失、逆位、重複、転座があります。

欠失は、切断などにより染色体の一部が失われたものです。原がん遺伝子やがん抑制遺伝子に欠失が起これば、異常タンパクが多量に産生され、がんとなります。網膜芽腫やウィルムス腫瘍では欠失が認められることがあります。

逆位は、染色体の一部の向きが通常の逆の向きになるものです。染色体の2ヵ所に切断が起き、この断片が180°回転して再融合した結果起こるものです。遺伝子の向きは逆になりますが、欠けているわけではないので、遺伝的には大きな影響はありません。急性骨髄性白血病では16番染色体に逆位が認められることがあります。

重複は、染色体の一部が重なってしまうものです。精子や卵子の減数分裂時には相同染色体の間で遺伝子交換が行われ、その後、分離が起こりますが、この過程で交換部位のミスから同じ部位の重複が起こります。遺伝子が欠けるわけではないので、それほど大きな障害は起こりません。赤緑色盲は遺伝子重複により起こります。

転座は、染色体の一部が切れて、別の染色体につながるもので、全体としては遺伝子に過不足は起こりません。

染色体の構造異常はどのように表すのですか?

染色体の構造異常の記載は、国際命名規約(ISCN:An International System Human Cytogenetic Nomenclature)の表記法を基準として行われます。

この記載法では、総染色体数、性染色体構成、構造異常の種類、構造異常に関与する染色体、染色体の切断が生じているバンドなどを記載します。

構造異常の種別では、欠失は「del」、逆位は「inv」、重複は「dup」、転座は「t」の略号で表されます。

構造異常が2つの染色体にまたがっている場合はセミコロン記号「;」を間に入れて、2つの染色体番号およびバンドの番号を記載します。

遺伝子変異とはどのようなものですか?

DNAの複製段階において生じる偶発的なミスには、修復機構が働きます。しかし、その機構が対応しきれず、変化が永続的になったものを“変異”と呼びます。

遺伝子変異には、ミスセンス変異、ナンセンス変異、フレームシフト変異などさまざまなものがあり、これらは遺伝子の点変異によっても起こります。

点変異(point mutation)は、一対の塩基の欠損や挿入、置換により起こる変異です。

欠損は、DNAの配列から塩基対が抜け落ちる変異です。

挿入は、逆にDNA配列に塩基対が余分に付け加わる変異です。

置換は、DNA配列の1つの塩基対が他の塩基対に置き換わる変異です。

遺伝子変異にはどのようなものがありますか?

ミスセンス変異(missense mutation)は、塩基配列の変化または置換により、本来コードされているものとは別のアミノ酸が合成されたタンパクの中に入り、異常なタンパクがつくられる変異です。

ナンセンス変異(nonsense mutation)は、塩基配列の変化によりアミノ酸のコードがタンパク合成の終わりを示す終止コドンに変わる変異で、タンパクが途中までしか合成されないため、異常なタンパクがつくられます。

フレームシフト変異(frameshift mutation)は、塩基の挿入や欠損によってアミノ酸のコードを読む枠組み(open reading frame)がずれてしまう変異で、全く異なるアミノ酸から構成される異常なタンパクがつくられます。

遺伝子変異によるタンパクの「質的変化」で何が起きるのですか?

遺伝子変異により塩基の置換が起こると、アミノ酸を指定するコードが変わり、その結果、別のアミノ酸が指定されることがあります。そのため、タンパクの本来の機能を果たせなくなったり、異常なタンパクに変わったりします。

遺伝子変異によるタンパクの「量的変化」で何が起きるのですか?

遺伝子変異では、タンパクの量的変化と質的変化が起こります。代謝や細胞増殖に関わるタンパク発現に増加・減少がみられるようになります。

mRNAはあまり安定な物質ではなく、リボソームに結合してtRNAにアミノ酸順序の情報を渡した後は、リボソームから離れて分解されます。しかし、遺伝子変異により安定したmRNAがつくられると、なかなか分解されずタンパク合成が何度も行われることになります。

逆に、不安定なmRNAがつくられると、リボソームに到達する前に分解されてしまい、タンパク合成が減少します。

このほか、遺伝子にナンセンス変異が起こり、正常でない位置に終止コドンを持つmRNAがつくられると、監視機構が働いてこのmRNAを分解してしまい、その結果、タンパクの合成が減少します。

遺伝子多型とはどのようなものですか?

同じ種であっても、個体ごとに遺伝子の塩基配列が異なる状態を遺伝子多型といいます。ヒトの遺伝子配列も同様で、多種多様の配列を示します。

普通と異なる遺伝子配列が人口の1%以上の場合を「遺伝子多型」、それより少ない場合を「遺伝子変異」と呼び、頻度によって区別をしています。

遺伝子多型には一塩基多型(SNP(スニップ))、マイクロサテライト(microsatellite)、反復配列多型(VNTR)があります。

このほかコピー数多型も近年、問題となっています。

これらは、ほとんどが人体に大きな影響を及ぼしませんが、場合によっては発現するタンパクの量を変化させたり、タンパクの性質を変えたりします。

SNPとはどのようなものですか?

SNP(スニップ: single nucleotide polymorphism )とは、遺伝子の塩基配列が1ヵ所だけ違っている状態で、一塩基多型といわれます。

DNAの3つの塩基配列がアミノ酸1つに対応していますが、この配列が1ヵ所違うと、異なった働きをするタンパクが合成されたり、タンパク合成の増加や減少が起こります。

ヒトの場合には、1000~2000個に1個の割合で、各個人によって異なる塩基配列、すなわちSNPが存在しています。SNPにより肌の色の違いなど個人差を生じると考えられています。

また、SNPにより前駆体RNAのスプライシングを受ける部分が変化すると、残されるエキソン部分が変わってしまい、部分的に欠失したタンパクが合成され、本来の機能が失われることがあります。

マイクロサテライトとはどのようなものですか?

DNAには、ある塩基配列が1つの単位となり、それが直列に繰り返されている領域が多く存在しています。このような、縦列方向の塩基配列の繰り返しをタンデムリピートと呼んでいます。

タンデムリピートのうち、特に短い数塩基程度の反復単位から構成される反復配列を「マイクロサテライト」(microsatellite)といいます。

マイクロサテライトは、縦列型反復配列(STR:short tandem repeat)、あるいは単純反復配列(SSR:simple sequence repeat)とも呼ばれています。

マイクロサテライトにおける繰り返し単位は、通常は2~4塩基程度の単純なものが多いのですが、100回ほど繰り返す場合もあります。

マイクロサテライトによって何が起こってくるのですか?

DNA複製時には、マイクロサテライトにおける繰り返し回数を誤ってコピーするという、いわゆるミスマッチがしばしば起こります。正常細胞ではミスマッチを正しく修復する機構が働きますが、がん細胞ではこの修復機構がうまく機能せず、正常とは異なる繰り返し回数のマイクロサテライトができ上がります。

このため、腫瘍部位と非腫瘍部位でマイクロサテライトの反復回数に違いが生じます。これをマイクロサテライト不安定性 (MSI :microsatellite instability)と呼びます。

リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)では、腫瘍の約90%にMSIが認められており、マイクロサテライトの 反復回数を調べ、ミスマッチ修復遺伝子が機能しているかどうかを予測するMSI検査は補助診断として有用です。

MSI検査は、2007年6月より悪性腫瘍遺伝子検査として保険収載されています。

反復配列多型とはどのようなものですか?

ヒトのDNAの95%を占める無意味な配列中には、 7~40塩基がかたまって1単位となり、単純に繰り返している部分が数百から数千ヵ所あります。 この配列は、反復配列多型(VNTR:variable number of tandem repeat )と呼ばれていて、VNTRにおける繰り返しの回数は人によって異なります。

VNTR配列は遺伝子の転写、翻訳の調節因子として働いており、VNTR配列の違いが遺伝子の発現を制御しています。

そのため個人によって、遺伝子の発現量が異なり、身体の機能など、さまざまな点が異なってきます。VNTRの違いは各個体の個性を表していることになります。すなわちVNTRは、DNAにおける指紋のようなもので、その解析は各個人の識別など犯罪捜査などに使われます。

なお、各種のがん遺伝子のプロモーター領域におけるVNTRが膀胱がんや大腸がん、卵巣がんなどの発がんや進展と関連していることが推定されています。

コピー数多型とはどのようなものですか?

通常、ヒトの細胞には、父親由来の遺伝子と母親由来の遺伝子の2個(2コピー)の遺伝子があります。

ところが個人によっては1細胞あたりの遺伝子が1個(1コピー)しかなかったり、あるいは3個(3コピー)以上あったりします。

このように、1細胞あたりのコピー数が個人間で異なるDNA領域のことをコピー数多型(CNV:copy number variation)といい、特に1%以上の頻度を持つものをCNP (copy number polymorphism)と呼びます。本邦では両者ともにコピー数多型と呼ばれています。

ヒトゲノムの中には1447ヵ所ものCNV が存在し、CNV 領域には3000近い遺伝子が含まれることなど、ヒトゲノムにはCNVが予測以上に高頻度に存在し、その頻度は人種により異なることも報告されています。


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