がんの基礎トレーニング

オンコロジー入門(5)

WHOでは2002年に緩和ケアの定義を見直し、「生命を脅かす疾患による問題に直面している患者とその家族に対して、疾患の早期より、痛み、身体的問題、心理社会的問題、スピリチュアルな問題に関して的確な評価を行い、 それが障害とならないように予防したり、対処することで、クオリティ・オブ・ライフを改善するアプローチである」としています。以前の定義では「治癒不能な状態の患者および家族に対して行われるケア」と定義されていたため、緩和ケアというと「末期の状態でのケア」という理解が定着していましたが、新しい定義では、「疾患の早期より」という文言が加わり、早期からの緩和ケアの提供が求められています。そのため、最近では日本でも、比較的早い段階から辛さや症状に対する緩和治療を行い、段階的に緩和治療の割合を増やす方向に変わってきています。

なお、スピリチュアルという言葉はなじみのないものですが、人生の意味の喪失・運命に対する不合理や不公平感・自己や人生に対するコントロール感の喪失といった広範な内容を含んでいます。

WHOの定義にもあるように、がん患者さんが体験する苦痛には、単なる身体的苦痛だけでなく、精神的苦痛、社会的苦痛、スピリチュアルペイン(spiritual pain)があります。これらがすべて合わさった苦痛(total pain)を体験しているというのが、現在の考え方です。

スピリチュアルペインとは、先に述べたとおり自己存在の消滅に伴う広範な内容を含んだものです。

日本でも、いまから30年ほど前からこのような考え方を取り入れ、ホスピスにおいてはこれらの苦痛をいかに取り除くかという治療が行われています。

がん患者さんは、末期になると多くが痛みを訴えます。痛みには、さまざまな原因があります。1つは、がん自体によって引き起こされる痛みで、代表的なのは骨への浸潤によるものです。これは非常に強い痛みを伴います。それ以外にも、がんが浸潤し、内臓や組織を圧迫して痛みなどが現れます。もう1つは、がん治療を行った結果起こる痛みです。手術したあとの傷口が引きつれを起こして痛んだり、化学療法や放射線治療で副作用として痛みが出ることもあります。

また、末期がんの患者さんは身体が衰弱してくるため、便秘により腹痛を起こしたり、褥瘡や口内炎による痛みも現れます。その他、がんとは直接無関係な痛みが起こる場合もあります。痔や五十肩、偏頭痛などがよくみられます。

このようにさまざまな原因で現れる患者さんの痛みを含めて、医師も看護師もがんの患者さんにどのように向き合うかを日夜悩みながら治療や看護を行っています。

痛みの評価には、いくつか方法があります。代表的なものの1つとして、ビジュアルアナログスケール(Visual Analog scale:VAS)があり、それを取扱いやすく改良したのがスライドに示したものです。 10cmの定規を患者さんに渡して、一端を痛みのない状態、もう一端を予想される中で最も痛いとした場合、いまの痛みに相当するところを患者さんに印をつけてもらいます。裏には目盛りが付いていて、医療従事者は痛みを数値化できます。

もう1つよく使われているものに、フェイス・スケールがあります。患者さんにスライドのような、平穏な顔から苦痛に満ちた顔まで微妙に異なる顔のイラストを提示し、いまの気持ちを最も表しているものを選んでもらい、痛みを数値化して評価するものです。

痛みに対する対処法は、WHO方式がん疼痛治療法による段階的鎮痛薬投与法が基本とされています。つまり、痛みを3段階に分けて鎮痛薬を選択します。第1段階の軽度の痛みに対しては、非オピオイドのアスピリンなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などを用います。オピオイドとは麻薬のことです。がんの痛みが中程度、ないしは非オピオイド鎮痛薬であるNSAIDsなどが効かないときは、第2段階としてオピオイド鎮痛薬のうち効力の弱い弱オピオイドである、リン酸コデインを処方に加えます。がんの痛みが中程度から高度のときは、第3段階として鎮痛効果が強い強オピオイドであるモルヒネなどを用います。

ただし、日本人にはモルヒネの使用に対する強い抵抗感があり、欧米に比べるとモルヒネの使用量は”数分の1″しかありません。日本人がモルヒネに抵抗感を持つ理由の1つに、モルヒネの使用により麻薬中毒になるという誤解があります。モルヒネをふつうの状態で使用すると多幸感を生み出す方向に作用し、これは依存性が生じるため、モルヒネ中毒になります。しかし、痛みがある状態で使用した場合は、痛みを軽減する方向に働き、依存性が出てこないことが知られており、モルヒネを使用しても麻薬中毒にはならないというのが定説になっています。

日本ではホスピスの数は非常に少なく、末期のがん患者さんのケアは大半が一般の病院で行っているのが現状です。

また、WHOでは、がん患者に鎮痛薬を投与するときの原則を、スライドのように5つにまとめています。1つは経口投与を基本とすること、2つ目は時刻を決めて規則正しく投与すること、3つ目はWHOの3段階方式にあるように、痛みの強さに応じた鎮痛薬を選ぶことです。4つ目は、患者ごとに適量を決めることです。たとえばモルヒネの場合、1日30mg、60mgという量からはじめ、患者さんの痛みに応じて量を決めるという方法がとられています。5つ目は欧米流の考え方ですが、細かい配慮を行うことです。疼痛の原因は、単なる身体的な痛みだけではなく、それ以外の要素もあることは先に述べたとおりです。これらの要素に配慮して、鎮痛薬を処方するということです。


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