分子標的薬はモノクローナル抗体と低分子化合物に大別されます。両薬剤とも細胞増殖や細胞生存のシグナル伝達に関わる分子をターゲットとするものが多くを占めます。
モノクローナル抗体の多くは、がん細胞表面のEGFR、HER2(ハーツー)などの上皮成長因子受容体に結合して、その働きを止めたり、免疫系の助けによりがん細胞を死滅させます。そのほかCCR4などのがん細胞表面の受容体も標的となります。血液系のがんに対しては、がん細胞表面に発現するCD20、30、33、52などのCD抗原をターゲットとする薬剤も用いられます。
また、がん細胞以外も標的となります。血管新生に関わるVEGFR2に対するモノクローナル抗体は、血管新生を阻害することにより、がんの浸潤や転移を抑えます。そのほか、免疫系細胞表面の受容体やVEGFやRANKL(ランクル)などのリガンド*1もモノクローナル抗体の標的となっています。
低分子化合物は、がん細胞内における標的に結合してその働きを抑えます。
多くの低分子化合物は、増殖シグナル伝達系因子である蛋白質のキナーゼ活性部位と呼ばれる部位を阻害することにより、がんの増殖シグナル伝達を止めます。このうち、EGFR、MEK、Bcr-Abl(ビーシーアールエイブル)、ALK、JAK(ジャック)などはシグナル伝達にチロシンキナーゼ活性部位が関与しており、BRAF(ビーラフ)はセリン・スレオニンチロシンキナーゼ活性部位が関与しています。また、生存シグナル伝達系因子の一員であるmTOR(エムトール)もセリン・スレオニンチロシンキナーゼ活性部位がシグナル伝達に関わっており、この活性部位を阻害することによりがん細胞のアポトーシスが誘導されます。
多くの低分子化合物は、1つか2つのプロテインキナーゼ活性部位を阻害しますが、3つ以上の標的を持つ薬剤もあり、これらはマルチキナーゼ阻害剤と呼ばれています。
このほかに、不要となった蛋白質を分解する細胞内小器官であるプロテアソームをターゲットとする薬剤も用いられています。増殖シグナル伝達系の蛋白質の中には刺激を受けるとプロテアソームにより活性化されて、細胞増殖にかかわる遺伝子の読み出しを行うものもあります。プロテアソーム阻害剤はこのような働きを抑えます。
これらの低分子化合物は遺伝子の異常に起因する遺伝子産物の異常を標的としていますが、最近ではDNMTやHDAC(エイチダック)など遺伝子発現調節にかかわる因子を標的とする薬剤であるエピジェネティクな薬剤(エピジェネティク薬)も認可されています。
*1:特定の受容体などに結合する性質を持つ物質をいう。