がんの基礎トレーニング

がん化学療法の副作用対策入門(1)

がん化学療法の副作用対策入門
抗がん剤の副作用とは
抗がん剤の主な副作用にはどのようなものがありますか?

殺細胞性抗がん剤は、分裂の盛んな腫瘍組織だけでなく、骨髄や消化管の粘膜などに作用します。

このため、白血球減少、貧血(赤血球減少)、血小板減少といった骨髄抑制(血液毒性)や、悪心・嘔吐、下痢、便秘、口内炎、食欲不振などの消化器毒性が発現します。

このほかにも、黄疸などの肝障害や急性腎不全、ネフローゼ症候群、蛋白尿、血尿などの腎障害、不整脈、心不全、心筋梗塞、高血圧などの循環器障害、間質性肺炎、肺線維症、気管支痙攣などの肺毒性、意識障害、知覚異常、視覚異常、聴覚異常などの神経障害が出現します。

また、皮膚に対する障害として脱毛や痤瘡(にきび)などが現れます。

静注時に抗がん剤が血管外に漏出することによる皮膚の壊死も起こります。

このほかに、出血性膀胱炎などさまざまな毒性が抗がん剤では発現します。

分子標的薬では、それぞれ特異的な毒性が現れます。

モノクローナル抗体では、初回投与時に発熱、悪寒、嘔気、嘔吐、疼痛、頭痛、めまい、発疹などインフュージョン・リアクション(infusion reaction)と呼ばれる副作用が出現します。

また、EGFR(上皮成長因子受容体)に作用する薬剤ではにきびに似た発疹(痤瘡様発疹)が発現します。

このほかに、免疫チェックポイント阻害薬など、免疫関連副作用(immuno-related Adverse Reaction:ir-AR)が問題となる分子標的薬もあります。

副作用の程度はどのように判定されるのですか?

一口に副作用といっても、治療の必要のないものから死に至るものまでさまざまな程度のものがあります。

副作用(有害事象)の重篤度の判定は、現在は有害事象共通用語規準(CTCAE)を用いて行われています。

CTCAEは数年に一度改訂され、現在使われているのはバージョン5.0です。

CTCAEは、有害事象の程度をGrade 1~Grade 5に区分し、Grade 3以上を重篤な有害事象として扱っています。

Grade 1~Grade 4では、各Gradeの項目のうち、いずれか1つがあてはまる場合で判定します。

抗がん剤の主な副作用の発現時期は?

抗がん剤の副作用には、早く現れるものと遅れて現れるものがあります。

例えば、悪心・嘔吐には、①抗がん剤投与後数時間以内に出現する急性悪心・嘔吐、②抗がん剤投与後24時間以降に出現する遅発性悪心・嘔吐のほか、③がん化学療法を受ける前から生じる予測性悪心・嘔吐があります。

下痢も投与直後に出るものと、数日~10日ほど後に現れるものがあります。

また、血液検査により明らかになる骨髄抑制も、白血球・好中球減少は早めに出現し、ついで血小板減少がやや遅れて出現しますが、貧血はさらに遅れて出現します。

このほか、投与中あるいは投与直後に現れる自覚症状には、アレルギー反応、血圧低下、不整脈、頻脈、呼吸困難、便秘などがあります。

また、数日後に現れる副作用としては食欲低下、全身倦怠感があり、口内炎、下痢はその後に出現します。

投与数週間後から生じる副作用としては、脱毛や手指・足趾しびれ感や耳鳴といった神経症状があります。

このほか、肝機能障害、腎機能障害、心機能障害といった検査値異常も投与数週間後から出現してきます。

さらに、数年後に現れる副作用としては、二次発がんなどが知られています。

分子標的薬では、薬剤投与中や投与直後に現れるインフュージョン・リアクションのほかに、各分子標的薬の作用機序と関連した副作用として、数週間後に生じる手足症候群や痤瘡などの皮膚障害、数ヵ月後に現れる静脈血栓塞栓症、消化管穿孔、蛋白尿、間質性肺炎や高血圧症といった特異的なものが認められます。

このようなことから、がん化学療法を行うにあたっては、きめ細かい検査と問診を行う必要があります。

副作用対策にはどのようなものがありますか?(1)

抗がん剤の副作用対策としては、各種の抗がん剤で一般的に行われているものと、個別に確立しているものとがあります。

個別に確立している副作用対策の例としては、腎障害予防目的でシスプラチン(CDDP)の投与前後に行われる大量輸液と利尿剤の投与があります。

シスプラチンは、多くの腫瘍に用いられる抗がん剤ですが、腎障害をきたしやすいことが知られています。

シスプラチンは、腎糸球体で濾過されますが、尿細管などで尿が濃縮されるに伴い濃度が上昇するため、尿細管の細胞などに障害を及ぼして腎機能低下を引き起こします。

これを避けるため、シスプラチン投与前に1,000~2,000mLの電解質維持輸液とフロセミドやマンニトールなどの利尿剤を4時間以上かけて投与するほか、シスプラチン投与後も同様に大量の電解質輸液と利尿剤投与を行います。

また、シスプラチンも500~1,000mLの生理食塩水などに混和して2時間以上かけて投与します。

このほかに、シスプラチンは投与中の悪心・嘔吐(急性悪心・嘔吐)が多発するため、セロトニン受容体拮抗薬(5-HT3)をシスプラチン投与直前に投薬することが行われています。

副作用対策にはどのようなものがありますか?(2)

呼吸困難や発疹などのアレルギー反応は抗がん剤のみならず多くの薬剤で生じますが、抗がん剤の中ではタキサン系の薬剤、特にパクリタキセルで高頻度に認められます。

パクリタキセルの注射剤では、パクリタキセルが水に溶けにくいため溶解補助剤としてポリオキシエチレンヒマシ油(別名:クレモホール)が用いられています。

このため、パクリタキセル注射剤はパクリタキセル自体によるアレルギー反応のほか、ポリオキシエチレンヒマシ油によるアレルギー反応が起こります。

これを防止するため、パクリタキセル投与にあたってはアレルギー予防のためステロイド剤、抗ヒスタミン薬、ヒスタミンH2受容体拮抗薬の前投与(プレメディケーション)が行われます。

プレメディケーションでは、一般的にデキサメタゾンの静注とジフェンヒドラミンの経口投与、およびファモチジンやラニチジンの静注を行います。

パクリタキセルはプレメディケーション終了30分以上経過してから、3時間以上かけて点滴静注します。

なお、ポリオキシエチレンヒマシ油によるアレルギー反応を避けるために、アルブミンとパクリタキセルを結合させたナブパクリタキセル(ナノ粒子アルブミン結合パクリタキセル)が市販されており、この製剤ではプレメディケーションが不要とされています。

副作用対策にはどのようなものがありますか?(3)

イリノテカンは、肝臓のカルボキシルエステラーゼによりSN-38と呼ばれる活性体となり、さらにグルクロン酸抱合酵素(UGT1A1)の働きによりグルクロン酸抱合を受けると、非活性体であるSN-38グルクロニドになります。

これらのイリノテカン代謝物は、肝臓から胆汁内に排泄され後、腸管から再吸収されます。

この際、SN-38グルクロニドは腸内細菌などの働きにより活性体のSN-38へと変換され、再吸収時に小腸粘膜に障害を与えます。

これに対し、胆汁と腸管内腔をアルカリ側に傾けると、SN-38の腸上皮による再吸収を抑え、上皮障害を軽減させることができます。

臨床的にはイリノテカン投与前日から酸化マグネシウム(カマ)2~4g/日と炭酸水素ナトリウム(重曹)2g/日を4日間、ウルソデオキシコール酸300mg/日を投与第1日目より3日間投与して小腸腸管と胆汁のアルカリ化を図ります。

これに付け加えてアルカリ性の水1.5~2L/日を投与第1日目より3日間投与することも行われています。

なお、イリノテカンの投与にあたっては、悪心・嘔吐を防ぐ目的で、セロトニン受容体拮抗薬(5-HT3)とデキサメタゾンの投与が行われます。

イリノテカンの活性体であるSN-38はグルクロン酸抱合酵素であるUGT1A1により非活性体であるSN-38グルクロニドに変換されますが、UGT1A1は遺伝子多型が存在することが知られています。

二つの遺伝子多型UGT1A1*6やUGT1A1*28遺伝子により発現したグルクロン酸抱合酵素は、酵素活性が低く、このような遺伝子を有する患者ではSN-38グルクロニドの生成が低下し、その結果、骨髄抑制などの副作用が高頻度で発生します。

このため、イリノテカン投与にあたっては、患者の遺伝子検査を行い、このような遺伝子多型が認められる場合は、イリノテカンの減量が行われます。

副作用対策にはどのようなものがありますか?(4)

代謝拮抗剤であるメトトレキサート(MTX)は、葉酸を活性型葉酸に変える酵素であるジヒドロ葉酸レダクターゼを阻害することにより、葉酸代謝を止め、DNAおよびRNAの合成を抑制してがん細胞の増殖を阻害します。

メトトレキサートの大量療法はがん細胞内の薬物濃度を高濃度に維持することにより、通常量では全く効果が認められなかった腫瘍にも著効を示すことから、白血病や悪性リンパ腫、骨肉腫などの治療に用いられています。

このメトトレキサート大量療法においては腫瘍細胞のみならず骨髄の造血細胞などの正常細胞にもメトトレキサートが作用するため、小児などでは致死的副作用を生じることがあります。

一方、ロイコボリン*1(一般名:ホリナートカルシウム)は微生物由来の葉酸化合物ですが、生体内で活性型葉酸に変換されるため、メトトレキサートにより枯渇した活性型葉酸の量を増やすことができます。

このため、メトトレキサート大量療法によりがん細胞が大きなダメージを受けたころを見計らってホリナートを投与することにより、正常細胞の代謝を元に戻すことが可能になります。

このメトトレキサート大量療法後のホリナート投与による副作用回避の方法は、メトトレキサートの略号とホリナートの製品名から「MTX・ロイコボリン救援(レスキュー)療法」と呼ばれています。

MTX・ロイコボリン救援療法は、一般的に以下のような手順で行われます。

まず、メトトレキサート100~300mg/kgを約6時間で点滴静注します。

その後、ホリナート15mgをメトトレキサート投与終了3時間後より、3時間ごとに9回静注し、以後6時間ごとに8回静注または筋注を行います。

なお、乳がんのCMF療法や膀胱がんのM-VAC療法では、メトトレキサートの毒性軽減にホリナートの錠剤が用いられています。

*1:ロイコボリンはホリナートの商品名ですが、現在ではホリナートを示す言葉として一般的に用いられています。

副作用の種類と対策
骨髄抑制にはどのようなものがありますか?

骨髄抑制は血液毒性とも呼ばれ、抗がん剤が骨髄の造血細胞に作用して、造血作用を阻害することにより、白血球や赤血球、血小板の減少が起こり感染症や貧血、出血傾向などの障害をもたらすものです。

好中球は白血球の大部分を占め異物排除に働く作用を有することから、白血球減少のなかでは、特に好中球減少が重要視されます。

また、発熱性好中球減少症は好中球減少により感染症を併発している可能性が高く、危険な副作用となります。

骨髄抑制の程度はどのように区分されますか?

CTCAEでは、白血球減少、好中球減少、血小板減少などを臨床検査の異常として分類しています。

また、骨髄抑制の結果生じる貧血および発熱性好中球減少症は、血液およびリンパ系障害として扱われています。

CTCAEにおける各Grade分類は、表のようになっていますが、検査値の異常である白血球減少、好中球減少、血小板減少ではGrade 5が設定されていません。

発熱性好中球減少症は重篤な副作用であるため、Grade 1~2はありません。

なお、CTCAEでは、Grade中の;(セミコロン)は「または」を表すとしています。

以下にCTCAEでの各項目の定義を示します。

・球減少:臨床検査で血中白血球が減少。

・好中球減少:臨床検査で血中好中球数が減少。

・発熱性好中球減少症:好中球<1,000/mm3、かつ1回でも38.3℃を超える、または1時間を超えて持続する38℃以上の発熱。

・貧血:血液100mL中のヘモグロビン量の減少。

皮膚・粘膜の蒼白、息切れ、動悸、軽度の収縮期雑音、嗜眠、易疲労感の貧血徴候を含む。

・白血血小板減少:臨床検査で血中血小板数が減少。

骨髄抑制をきたしやすい薬剤にはどのようなものがありますか?

骨髄抑制は、ホルモン療法剤や一部の分子標的薬を除くほぼすべての抗がん剤で認められます。

特に、白血球減少(好中球減少)は重篤な感染症を引き起こすため問題となります。

一般的に好中球が最低値(nadir)となるのは、化学療法開始から10~14日目であり、3~4週間で回復しますが、マイトマイシンCなどでは4~6週間で最低値となります。

貧血は、治療開始1~2週間後から徐々に現れはじめ、疲れやすさや動悸、息切れ、めまい、頭痛などの症状として現れることがあります。

シクロホスファミド、シスプラチン、メトトレキサートなどでは赤血球系の抑制が比較的強い傾向にあり、このほかイリノテカンやタキサン系抗がん剤も貧血が高頻度で発現します。

血小板減少は、一般に治療開始7~10日後に現れはじめ、正常への回復には14日前後かかります。

症状としては、皮膚の紫斑や鼻出血、歯肉出血などがあり、重症の血小板減少では脳出血や消化管出血など致命的な出血をきたすことがあります。

 ニムスチン、ラニムスチン、カルボプラチン、ネダプラチン、マイトマイシンC、ゲムシタビンなどでは血小板減少が投与規制因子となっています。

このうち、ニムスチン、ラニムスチン、マイトマイシンCは血小板減少時期の出現が投与から3~4週目と遅く、繰り返し投与により遷延化する場合があるため注意が必要です。

白血球減少に対する対策にはどのようなものがありますか?

白血球減少に対する予防策はなく、各レジメンの基準に沿った用法・用量を守るとともに、治療開始初期における血液検査を頻繁に行うなどの基本的な処置が必要とされます。

一方、発熱性好中球減少症が懸念される高リスク例では、G-CSFを予防的に投与することがASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)の「G-CSF投与に関するガイドライン」で容認されています。

日本癌治療学会の「G-CSF適正使用ガイドライン」でも同様に、高率に発熱性好中球減少症をきたすことが予測される場合はG-CSF投与が容認されています。

高リスク例としてはASCOガイドラインではTAC療法やFEC100療法、CHOP療法施行時、患者さんの年齢が65歳以上、PS不良、低栄養、活動性感染症、強力な前治療などの場合のほか、前回の化学療法で発熱性好中球減少症をきたした症例があげられています。

白血球減少に対する治療としては、各レジメンの基準に沿った抗がん剤の減量・休薬を行うことが必要です。

また、発熱性好中球減少症に対するリスクの評価を行い、好中球が500/μL以下の高リスク症例に対しては、G-CSF投与を考慮するようASCOガイドラインで述べられています。

この際における高リスク例としては、100/μL以下の好中球減少が10日以上継続している場合、患者さんの年齢が65歳以上の場合、肺炎、蜂窩織炎、膿瘍、低血圧、多臓器不全、侵襲性真菌感染などを併発している場合があげられます。

G-CSFは連日投与し、好中球が2,000~5,000/μLに回復したら中止します。

発熱性好中球減少症に対する対策にはどのようなものがありますか?

発熱性好中球減少症は、重篤な細菌感染症を併発している可能性が高く、危険な副作用であり、患者の予後に大きな影響を与える副作用です。

発熱性好中球減少症の約半数は感染症であり、グラム陽性球菌とグラム陰性桿菌が起炎菌となることが多く、とくにグラム陰性桿菌による感染症では、治療開始の遅れが死亡率の増加につながることが知られています。

このため、好中球減少患者における発熱時には、患者背景、臨床症状に応じてリスク評価を行い、治療アルゴリズムに沿って投与経路と抗生物質が選択されます。

発熱性好中球減少症が疑われる場合は、①症状の程度、②血圧低下の有無、③慢性閉塞性肺疾患の有無、④固形がん・真菌感染症の既往の有無、⑤脱水の有無、⑥外来患者であるか否か、⑦年齢60歳未満か否か、によりリスクを判定します。

低リスク患者の場合は、外来治療が可能で、シプロフロキサシンとアモキシシリン・クラブラン酸の経口投与による初期治療を行います。

低リスク患者でも静注抗菌薬による治療が必要な感染がある場合は、高リスク患者に準じた初期治療を行います。

高リスク患者では、静注抗菌薬による治療を行いますが、バンコマイシンの適応がない場合はセフェピムなどの単剤投与、あるいはアミノグリコシドと抗緑膿菌ペニシリンなどの併用を行います。

一方、バンコマイシンの適応がある場合は、バンコマイシンとセフェピムなどの併用を行いますが、これにアミノグリコシドを加えることも行われています。

いずれの場合も、初期治療開始3~5日後に再評価を行い、①臨床的に安定し、好中球減少からの回復の兆しがある場合は最初の治療を継続する、②臨床症状の増悪や新たな症状の出現がある場合は抗生物質を変更あるいは追加する、③好中球減少が5日間以上継続することが予測される場合は抗真菌薬を追加すること、が行われています。

赤血球減少(貧血)・血小板減少に対する対策にはどのようなものがありますか?

赤血球減少(貧血)および血小板減少に対しては、抗がん剤の減量や投与スケジュールの変更といった予防処置は行われていません。

しかしながら、ASCOによる「がん患者における血小板輸血に関するガイドライン(2001年)」では、骨髄機能抑制により出血の危険性がある患者に対しては予防的血小板輸血が奨められています。

赤血球減少(貧血)に対しては、出血源の検索、鉄欠乏の有無、葉酸欠乏、ビタミンB12欠乏、脾腫の有無、骨髄浸潤の有無を検索して貧血の原因を究明し、Grade 3~4の貧血の場合は輸血を行います。

輸血量は輸血ヘモグロビン量と循環血液量から計算して決定されます。

貧血に対しては、エリスロポエチンなどの赤血球造血刺激因子が治療薬として用いられます。

血小板減少は原因薬剤の投与中止により回復するため、観察的に経過をみることが行われています。

しかしながら、Grade 3~4の血小板減少に対しては抗がん剤の減量・休薬と血小板輸血が行われます。

国内では、慣例的に血小板数20,000/μL以上を保つように血小板輸血が実施され、活動性出血がある場合は血小板数50,000/μLを保つように血小板輸血が行われます。

必要輸血量は投与血小板総数と循環血液量から計算されます。

消化器毒性にはどのようなものがありますか?

消化器毒性は、抗がん剤が消化管の粘膜組織に作用して障害を与えた結果生じます。

消化器毒性には、口内炎、口腔乾燥、食欲不振、悪心、嘔吐、消化管出血、下痢、便秘のほか、消化管の潰瘍やイレウスなどさまざまなものがあり、死亡に至る副作用も少なくありません。

悪心と嘔吐は、悪心・嘔吐としてひとまとめにされることが多く、①抗がん剤投与後数時間以内に出現し24時間以内に消失する急性悪心・嘔吐、②抗がん剤投与後24時間以降に出現し2~7日間持続する遅発性悪心・嘔吐のほか、③以前、がん化学療法を受けた際に悪心・嘔吐を経験した患者が、がん化学療法を受ける前から悪心・嘔吐を生じる予測性悪心・嘔吐があります。

下痢も抗がん剤投与24時間以内に認められる早発性下痢と、投与後数日~10日ほど経って発症する遅発性下痢に分類されます。

便秘は消化管に対する直接的な障害というより、自律神経障害によるものと考えられています。

消化器毒性の程度はどのように区分されますか?

CTCAEの分類においては、悪心ではGrade 4~5はありませんが、嘔吐はGrade 5まであります。

嘔吐と下痢は嘔吐回数と排便回数によりGradeが決められていますが、その他の項目には特にこのような回数による規定はありません。

口腔内の炎症は口内炎といういい方が一般的ですが、CTCAEでは口腔粘膜炎という表現がされています。

CTCAEでは各項目の定義を以下のように行っています。

・悪心:ムカムカ感や嘔吐の衝動。

・嘔吐:胃内容が口から逆流性に排出されること。

・下痢:排便回数の増加や軟便または水様便の排便。

・便秘:腸管内容の排出が不定期で頻度が減少、または困難な状態。

・口腔粘膜炎:口腔粘膜の潰瘍または炎症。

消化器毒性をきたしやすい薬剤にはどのようなものがありますか?

消化器毒性は、ホルモン療法剤や一部の分子標的薬を除くほぼすべての抗がん剤で認められます。

がん化学療法において、患者が最も苦痛と感じる有害事象は悪心・嘔吐であり、日本癌治療学会の「制吐薬適正使用ガイドライン」では、悪心・嘔吐を生じる抗がん剤を次の4種類の催吐性リスク別に分類しています。

・高度(催吐性)リスク:急性・遅発性の両者とも90%以上

・中等度(催吐性)リスク:急性が30~90%で遅発性も問題となり得る

・軽度(催吐性)リスク:急性が10~30%で遅発性は問題とならない

・最小度(催吐性)リスク:急性が10%以下のため遅発性は問題とならない

・高度リスクを有する注射剤として、シスプラチンなどのほか、ドキソルビシン+シクロホスファミド併用療法(AC療法)と、エピルビシン+シクロホスファミド併用療法(EC療法)があげられています。

また、高度リスクを有する経口剤としては、プロカルバジンがあげられています。

中等度リスクを有する注射剤としては、ブスルファンなどが、経口剤としてはシクロホスファミドなどがあげられています。

軽度リスクを有する注射剤としては、ドセタキセルなどが、経口剤としてはカペシタビンなどがあげられています。

最小度リスクを有する注射剤としては、L-アスパラギナーゼなどが、経口剤としてはダサチニブなどがあげられています。

このほかの消化器毒性として、下痢や口腔粘膜炎といった粘膜障害があります。

下痢をきたしやすい抗がん剤にはイリノテカンなどが、口内炎をきたしやすい抗がん剤には5-フルオロウラシルをはじめとするフッ化ピリミジン系の薬剤があります。

悪心・嘔吐はどのようにして起こるのですか?

がん化学療法による悪心・嘔吐は、延髄にある嘔吐中枢により引き起こされますが、これには3つの経路が関与していると考えられています。

一つ目は、抗がん剤の作用により回腸の腸クロム親和性細胞(消化管EC細胞)がセロトニン(5-HT)を分泌し、これが上部消化管粘膜の腹部求心性迷走神経のセロトニン受容体(5-HT3受容体)を介して嘔吐中枢に至る経路です。

腸クロム親和性細胞からは抗がん剤の作用によりサブスタンスP(SP)も分泌され、腹部求心性迷走神経のニューロキニン受容体(NK-1)を介して嘔吐中枢に至る経路もあることが知られています。

二つ目は、第4脳室の周囲にある化学受容器引き金帯(chemoreceptor trigger zone:CTZ)受容体が抗がん剤による細胞障害の刺激を直接的あるいは間接的に末梢神経から受けて、嘔吐中枢を刺激する経路です。

化学受容器引き金帯にはセロトニン受容体やニューロキニン受容体があり、これらも悪心・嘔吐に関与しています。

三つ目は、感覚などの情動刺激により大脳皮質からの刺激が嘔吐中枢に伝わる経路です。

急性悪心・嘔吐は、一つ目の経路と二つ目の経路が関与しており、予測性悪心・嘔吐は三つ目の経路が関与しています。

遅発性悪心・嘔吐のメカニズムは不明で、セロトニンの関与は薄いとされています。

急性悪心・嘔吐の原因となるセロトニンに対しては、各種のセロトニン受容体拮抗薬が用いられています。

また、サブスタンスPのNK-1受容体への結合を抑えるアプレピタントも、急性悪心・嘔吐の予防に用いられています。

予測性悪心・嘔吐は、過去に経験した心理反応からくるものであり、急性および遅発性の悪心・嘔吐予防が重要です。

悪心・嘔吐に対する対策にはどのようなものがありますか?

悪心・嘔吐の予防にはアプレピタント、セロトニン受容体拮抗薬、デキサメタゾンが用いられますが、日本癌治療学会「制吐薬適正使用ガイドライン」やASCOガイドラインでは、催吐性リスク別に使い分けることが推奨されています。

高度催吐性リスクの抗がん剤を含む化学療法施行時は、第1日目にアプレピタント1回125mgを1日1回、抗がん剤投与1時間~1時間30分前に経口投与するほか、セロトニン受容体拮抗薬、デキサメタゾン9.9mg静注を1日1回投与します。

また、遅発性悪心・嘔吐の予防のため2日目と3日目にはアプレピタント80mgとデキサメタゾン8mgを、4日目と5日目にはデキサメタゾン8mgをそれぞれ経口投与します。

なお、5日目のデキサメタゾン投与は状況により省略されます。

中等度催吐性リスクの抗がん剤を含む化学療法施行時には、第1日目にセロトニン受容体拮抗薬、デキサメタゾン9.9mg静注を1日1回投与し、2日目~4日目はデキサメタゾン8mgを経口投与しますが、4日目のデキサメタゾン投与は状況により省略されます。

なお、カルボプラチンなどの薬剤を含む化学療法の場合は、第1日目に追加としてアプレピタント1回125mgを1日1回、抗がん剤投与1時間~1時間30分前に経口投与するほか、2日目と3日目にアプレピタント80mgを経口投与します。

この場合、第1日目のデキサメタゾンは4.95mgを静注します。

また、2日目~4日目にかけて4mgのデキサメタゾンを経口投与しますが、これも状況により省略されます。

軽度催吐性リスクの抗がん剤を含む化学療法施行時は、第1日目にデキサメタゾン6.6mgを静注し、遅発性悪心・嘔吐の予防のための薬剤は投与しません。

最小度催吐性リスクの抗がん剤を含む化学療法の場合は、予防的な薬剤投与は行いません。

下痢に対する対策にはどのようなものがありますか?

がん化学療法に伴う下痢は、早発性と遅発性に分類されます。

早発性下痢は、抗がん剤の投与で消化管の副交感神経が刺激され、腸管の蠕動運動が亢進することにより起こるコリン作動性の下痢です。

仙痛や鼻汁、流涙、流涎などを伴うことが多いが、持続は短期間です。

遅発性下痢は、抗がん剤投与により腸管の粘膜が障害されて起こる腸管粘膜障害性の下痢で、粘膜の防御機能が低下しているため、感染を生じる可能性があります。

なお、遅発性下痢はGrade 1~2で腹痛や悪心・嘔吐、発熱、脱水などの随伴症状を伴わない単純性下痢と、Grade 3~4で随伴症状を伴う複雑性下痢に分けられます。

イリノテカンによる下痢には、小腸腸管と胆汁のアルカリ化が図られますが、その他の抗がん剤に対しては特に予防策はとられていません。

ただし、緩下剤の常用患者では、緩下剤の服用量を調節し、下痢を予防します。

Grade 3以上の下痢が発生した場合は、一旦休薬し、Grade 1~2に回復したら治療を再開します。

早発性下痢に対する治療としては、臭化ブチルスコポラミンや臭化メペンゾラートといった抗コリン薬を投与します。

早発性下痢は、速やかに軽快して、臨床的には問題とならないことが多く、一度、早発性下痢を起こした患者では、次回以降の投与時に抗コリン薬を予防投与することもあります。

遅発性下痢に対しては、発現時期、発現期間、排便回数、随伴症状などを調べ、単純性下痢か複雑性下痢のどちらに相当するかを判断します。

単純性下痢では、止瀉薬としてロペラミドを投与します。

複雑性下痢に対しては、入院管理下での治療が必要です。

止瀉薬投与のほか輸液などによる水分バランスの管理とともに、随伴症状に対する治療を行います。

発熱を伴うものや、1日以上下痢が持続するものは、感染合併を考慮して抗生物質の内服を行います。

口内炎に対する対策にはどのようなものがありますか?

口内炎(口腔粘膜炎)は、抗がん剤による直接的な粘膜障害のほか、白血球減少に伴う二次的な口腔内感染によるものとがあります。

発生した場合は他の部位の消化管粘膜も障害されていることが多く、注意が必要です。

口内炎は、投与後2~10日目頃にみられ、好中球の回復に伴い2~3週間で回復します。

しかし、一度起こると治療に時間がかかるため、予防が最重要です。

予防策としては、化学療法開始前に口腔内の観察を行い、口腔ケアを始めます。

口腔ケアとしては、保湿のために水分補給をこまめに行うほか、外用液剤による含嗽を行います。

含嗽には自浄作用の活性化のため0.9%食塩水(生食)や、粘膜保護作用を有するアルギン酸ナトリウム液を用いたりします。

また、毎食後に軟らかいブラシを用いたブラッシングと舌苔除去を行います。

このほか、口腔粘膜の炎症を生じやすい薬剤の一つである5-フルオロウラシルでは、注射開始前から口腔内に氷を含ませる口腔内冷却療法(クライオセラピー)やアロプリノールによる含嗽が行われています。

また、メトトレキサートではロイコボリン救援療法が行われます。

一方治療については対処法は確立されておらず、Grade 3以上の口内炎が生じた場合は、一旦休薬して、Grade 0~2までに回復したら化学療法を再開します。

発生した炎症に対しては、抗炎症作用を有するアズレン酸うがい液による含嗽のほか、消毒目的でポビドンヨード含嗽液を用いることもあります。

また、疼痛に対しては4%リドカイン液を用いた含嗽液によるうがいのほか、重度の疼痛に対してはオキシコドンや塩酸モルヒネなどの麻薬性鎮痛薬を用いることもあります。


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