日本の臓器移植の歴史

この教材を担当したのは?

文責:半田千尋

金融会社営業職を経て特許事務所へ転職。医療機器関連の特許を多数担当する。医療専門出版社SCICUSを経由し、2018年よりメディカル業界唯一のMR研修専門情報誌『Medical Education for MR』編集長を務める。

この講義で伝えたいこと

日本は欧米と比較して臓器移植が進んでいないと言われています。
 厚生労働省は、移植医療についての理解促進・普及啓発に繋げる取り組みとして、毎年10月を臓器移植普及推進月間とし、臓器移植推進国民大会の開催やJOTなどの関連団体による「グリーンリボンキャンペーン」を実施しています。臓器移植法の施行日にちなんで、10月16日には、東京タワーや大阪の太陽の塔、福岡タワー等、全国各地のランドマークがグリーンにライトアップされます。
 臓器移植に関連する自社製品の有無にかかわらず、医療・いのちと関わる仕事に就くMRとして、この講義を通して臓器移植の現状を知り、臓器移植について考えてみましょう。

臓器移植の基礎知識

 まずは、臓器移植の基礎知識を確認していきます。

臓器移植とは

移植医療には大きく分けて、臓器移植と組織移植があります。
 臓器移植は「臓器の移植に関する法律」(以下、臓器移植法)により規定され、心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球の移植が法の対象となっています。
 身体の一部である組織は臓器とは区別され、臓器移植法の対象からはずれています。現在、組織移植に関する法律はなく、日本組織移植学会による「ヒト組織を利用する医療行為の倫理的問題に関するガイドライン」に則った実施が求められます。ガイドラインの対象となる組織は、膵島、心臓弁、大血管・末梢血管、皮膚、骨・靭帯、角膜等、羊膜(卵膜)です。

臓器移植と組織移植の分類

移植医療の種類 規定するもの 規定の対象
臓器移植 臓器の移植に関する法律 心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、眼球
組織移植 ヒト組織を利用する医療行為の倫理的問題に関するガイドライン 膵島、心臓弁、大血管・末梢血管、皮膚、骨・靭帯、角膜等、羊膜(卵膜)

編集部作成

このほかにも移植医療として、造血幹細胞移植(※)がありますが、これはいわゆる「造血幹細胞移植法」という専用の法律により規定されています。また、加工した細胞の移植は再生医療に分類され、これはいわゆる「再生医療法」により規定されています。
 この教材では特に、臓器移植を話題の中心に置くことにします。

※造血幹細胞移植:血液がんや免疫不全症等に対し、骨髄で血球をつくり出すもとになる造血幹細胞を移植する治療。移植に使用する細胞によって、骨髄移植、末梢血幹細胞移植、臍帯血移植に分類される。

【参考】再生医療は、用いる細胞や投与方法等によるリスクに応じて、人の生命や健康に与える影響が大きい順に、第一種から第三種まで分類される。同種膵島移植は第一種再生医療(自家移植の場合は第三種再生医療)に該当する。

臓器移植とは、疾患や事故等により機能が低下した患者の臓器と他者の健康な臓器とを取り替えて、機能を回復させる医療です。
 移植を希望する患者、また移植を受けた患者を「レシピエント」、臓器提供者を「ドナー」と呼びます。

臓器移植とは、重い病気や事故などにより臓器の機能が低下した人に、他者の健康な臓器と取り替えて機能を回復させる医療です。

公益社団法人 日本臓器移植ネットワークウェブサイト より

臓器移植が必要となる原疾患として、心臓では拡張型心筋症や先天性心疾患など、肺では肺動脈性肺高血圧症や特発性間質性肺炎など、肝臓では劇症肝炎や肝硬変など、腎臓では慢性腎不全など、膵臓では1型糖尿病や2型糖尿病など、小腸では短腸症候群などがあります。

原疾患の例

  • 心臓:拡張型心筋症、拡張相の肥大型心筋症、拘束型心筋症、虚血性心疾患、弁膜症、先天性心疾患 等
  • :肺動脈性肺高血圧症、特発性間質性肺炎、肺気腫、気管支拡張症、肺サルコイドーシス、肺リンパ脈管筋腫症、アイゼンメジャー症候群、その他の間質性肺炎、閉塞性細気管支炎、じん肺、肺好酸球性肉芽種症、びまん性汎細気管支炎、慢性血栓塞栓性肺高血圧症、多発性肺動静脈瘻、α1アンチトリプシン欠損型肺気腫、嚢胞性線維症 等
  • 肝臓:劇症肝炎、先天性肝・胆道疾患、先天性代謝異常症、Budd-Chiari症候群、原発性胆汁性肝硬変、二次性胆汁性肝硬変、原発性硬化性胆管炎、C型・B型ウイルス性肝硬変、アルコール性肝硬変 等
  • 腎臓:慢性腎不全 等
  • 膵臓:1型糖尿病、2型糖尿病、膵全摘後 等
  • 小腸:短腸症候群、機能的不可逆性小腸不全 等

日本臓器移植ネットワークウェブサイトより編集部作成

臓器移植の種類と移植可能な臓器

臓器移植には生体からの移植と、死体からの移植があります。
 臓器移植法は死体からの移植に関して規定したものであり、臓器提供は脳死(※)後の提供と、心臓が停止した死後の提供が認められています。

※脳死:呼吸や循環機能の調節等、生命を維持する働きを司る脳幹を含むすべての脳の機能が不可逆的に停止した状態。自発呼吸は失われており、薬剤の投与や人工呼吸器装着等の処置によりしばらくは心臓や肺を動かすことができるが、多くは数日のうちに心臓も停止する。

臓器移植の種類

臓器移植の種類

編集部作成(参考:公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク「日本の移植事情」等)

許容できる阻血時間(※)が臓器により異なることから、脳死後と心臓停止死後で提供できる臓器は異なります。たとえば許容阻血時間が短い心臓は心停止死後の移植はできず、脳死後でのみ提供が可能な臓器です。
 なお、生体からは、肺、肝臓、腎臓のみ移植が行われています。臓器移植法の運用に関する指針では、「生体からの臓器移植は、健常な提供者に侵襲を及ぼすことから、やむを得ない場合に例外として実施されるものであること」としています。

※阻血時間:臓器に血液が流れていない状態の時間。

移植可能な臓器

提供できる時 移植可能な臓器
脳死後 心臓、肺、肝臓、膵臓、腎臓、小腸、眼球
心臓停止死後 膵臓、腎臓、眼球
生体 肺、肝臓、腎臓※

※膵臓と小腸も移植可能だが、諸条件が整いにくく症例数は少ない。生体膵臓移植は保険適用されていない。

編集部作成(参考:公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク「日本の移植事情」等)

臓器移植法において、業として行う臓器のあっせんをしようとする者は、厚生労働大臣の許可を受けなければならないと定められています。

(業として行う臓器のあっせんの許可)
第十二条
業として移植術に使用されるための臓器(死体から摘出されるもの又は摘出されたものに限る。)を提供すること又はその提供を受けることのあっせん(以下「業として行う臓器のあっせん」という。)をしようとする者は、厚生労働省令で定めるところにより、臓器の別ごとに、厚生労働大臣の許可を受けなければならない。

「臓器の移植に関する法律」より

日本で唯一この許可を受けている組織が、「日本臓器移植ネットワーク」です。Japan Organ Transplant Networkの頭文字をとってJOTと呼ばれています。臓器移植を受けるためには、JOTへの移植希望登録が必要です。
 JOTが行う主な事業は、国内における死後の臓器提供に関する公平で適正なあっせんと、移植医療の普及啓発です。専任の臓器移植コーディネーター(※)によるドナー情報への24時間対応、臓器提供に関する諸手続き、レシピエントの選定、移植施設への連絡、臓器摘出チームの手配、臓器搬送の調整等、臓器移植に関するすべてに関わっています。

※移植コーディネーター:移植医療において、臓器や組織の提供から移植がスムーズかつ適正に行われるよう調整する専門職。

臓器移植の歴史

下の表は、臓器移植に関する出来事をまとめたものです。

日本と海外での臓器移植に関する出来事

日本と海外での臓器移植に関する出来事

公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク「日本の移植事情」より改変作成

世界初の腎臓移植はアメリカで1954年に行われましたが、日本で初の腎臓移植は1956年に行われました。世界初の心臓移植は1967年、日本初の心臓移植は1968年の和田心臓移植です。このように、日本の移植医療は海外に遅れることなく、ほぼ時を同じくしてスタートしました。しかしその後のあゆみは海外諸国とは異なり、足踏み状態に陥ります。それは、和田心臓移植(※)が国民に移植医療への不信感を抱かせてしまったことが理由だと言われています。
 1970年代に入ってもレシピエントの生存日数は移植後の拒絶反応等でなかなか延びず、移植医療は世界的にも苦戦していました。しかし1980年代に入り免疫抑制剤(※)シクロスポリンが登場したことで生着率(※)が飛躍的に向上し、諸外国での心臓移植再開等の動きもあって、日本でも再び臓器移植への社会的関心が高まりました。
 こうした状況を受け、臓器移植と密接な関係にある脳死判定を巡る問題をクリアにするため、厚生省(当時)は1983年に「脳死に関する研究班」を設置、1985年に脳死判定基準(いわゆる「竹内基準」)を発表する等、停滞していた状況が動き出しました。

※和田心臓移植:1968年に札幌医科大学で行われた日本初の心臓移植手術。移植手術から83日後にレシピエントは死亡。脳死判定やレシピエントの選定方法等に不適切な部分があると疑義が生じ、和田教授が殺人罪で刑事告発されるに至ったが、結果的に不起訴処分となった。

※生着率:移植してからある一定期間機能している移植臓器の割合。たとえば「5年生着率」とは、移植後5年以上移植臓器が機能している人の割合を表す。

※免疫抑制剤:他人の臓器や組織、細胞が体内に移植されるため、拒絶反応は避けられない。そこで臓器移植の前処置や移植後に免疫抑制剤が使われる。代表的な薬剤として、プログラフ(タクロリムス)、ネオーラル(シクロスポリン)、サーティカン(エベロリムス)、セルセプト(ミコフェノール酸モフェチル)等があり、移植する臓器によって使い分ける。

「脳死は人の死か」が議論の中心となり法制化には時間を要しましたが、紆余曲折を経て1997年に成立した臓器移植法では、移植術に使用する臓器を摘出することができる「死体」に「脳死した者の身体」を含めています。

(臓器の摘出)
第六条
医師は、次の各号のいずれかに該当する場合には、移植術に使用されるための臓器を、死体(脳死した者の身体を含む。)から摘出することができる

「臓器の移植に関する法律」より(赤字:編集部)

つまり、臓器提供の場合に限り、脳死は人の死として扱われるということです。
 これにより日本でも脳死での臓器提供が可能となり、1999年に日本初の脳死ドナーからの臓器移植が実施されました。

下の表は、日本での移植件数を示したものです。

脳死後または心臓が停止した死後の移植件数

脳死後または心臓が停止した死後の移植件数

※カッコ内の数字は、合計数のうち脳死後の移植件数。

公益社団法人 日本臓器移植ネットワーク「日本の移植事情」 より改変作成

1997年の臓器移植法の施行後、2009年末までの13年間で、心臓移植は66件、肺移植は62件、心肺同時移植は1件、肝臓移植は65件、小腸移植は5件にとどまっています。これらは脳死での提供のみで移植可能な臓器です。対して同期間での死後腎臓移植は2,090件(膵腎同時移植を除く)、うち脳死後の移植件数は100件です。明らかに心臓停止後の移植に偏っていることが見て取れます。
 これは、本人の生前の書面による意思表示がない限り脳死判定および脳死での臓器提供ができないという厳しい法規制を敷いていたことが影響していたと考えられます。また、15歳未満は脳死での臓器提供ができないルールになっていたため、小児のドナーが不足し、億単位の莫大な費用をかけてでも海外での臓器移植に望みをかけるしかない状況に追い込まれる患児や家族がメディアでたびたび取りあげられ、渡航移植に人々の関心が集まりました。

その頃、ドナーとされる人々の人身売買や、貧しい人から臓器を買うために富裕国の患者が行う海外渡航等、臓器取引や移植ツーリズム(※)といった非倫理的な臓器移植が世界的な問題となっていました。そこでこの問題を解決するため、2008年の国際移植学会において、自国の移植ニーズに足るドナーを自国で確保する努力を求める「イスタンブール宣言」が採択されました。

※移植ツーリズム:移植のための渡航に、移植用臓器の摘出が搾取の目的でなされる臓器取引や、移植商業主義の要素が含まれたり、外国からの患者への臓器移植に資源が用いられ自国民の移植医療の機会が減少したりする場合を指す。

臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言(抜粋)

  • 非倫理的行為がなされる背景には、移植用臓器の世界的不足に伴う望ましからぬ帰結という側面がある。それゆえ、各国は、臓器不全の予防施策が確実に実施されるように努力すべきであると同時に、自国民の移植ニーズに足る臓器を自国または周辺諸国の協力を得てドナーを確保する努力をすべきである。死体臓器提供による治療の潜在的な可能性は、腎臓のみならず他の臓器についても、各国の移植医療ニーズに応じて最大化されるべきである。
  • 臓器取引と移植ツーリズムは、公平、正義、人間の尊厳の尊重といった原則を踏みにじるため、禁止されるべきである。移植商業主義は、貧困層や弱者層のドナーを標的にしており、容赦なく不公平や不正義を導くため、禁止されるべきである。
日本移植学会アドホック翻訳委員会翻訳「臓器取引と移植ツーリズムに関するイスタンブール宣言」 より

同宣言には「臓器取引と移植ツーリズムは、公平、正義、人間の尊厳の尊重といった原則を踏みにじるため、禁止されるべきである」とあります。移植のための渡航自体は禁止されていませんでしたが、脳死臓器移植件数が伸びず生体からの移植や海外渡航での移植に頼っていた日本では、特に小児の心臓移植の道が閉ざされてしまうといった懸念から、対策が急がれました。
 なお、臓器売買は海外の問題と思われがちですが、2006年と2011年に日本でも臓器売買事件が起こっています。

【参考】日本で起こった臓器売買事件:2018年2月15日 第51回日本臨床腎移植学会資料「腎移植と法と倫理」

こうした背景から、2009年に臓器移植法の改正が行われました。旧法では、生存中に臓器提供の意思を書面で表示していること、提供の意思表示は15歳以上を有効としていたため、意思表示の書面を残している15歳以上でなければ脳死での臓器提供ができませんでしたが、法改正により、死亡した本人の意思が不明な場合でも家族の承諾があれば臓器提供ができるようになりました。
 これにより15歳未満の子どもからの脳死での臓器提供が可能となり、国内で小さな子どもの心臓移植や肺移植を行えるようになりました。

「臓器の移植に関する法律」の一部改正の概要

  • 臓器摘出の要件の改正
    移植術に使用するために臓器を摘出することができる場合を次の①又は②のいずれかとする。

    1. 本人の書面による臓器提供の意思表示があった場合であって、遺族がこれを拒まないとき又は遺族がないとき(改正前と同様の要件)。
    2. 本人の臓器提供の意思が不明の場合であって、遺族がこれを書面により承諾するとき。
  • 臓器摘出に係る脳死判定の要件の改正
    臓器摘出に係る脳死判定を行うことができる場合を次の①又は②のいずれかとする。

    1. 本人が書面により臓器提供の意思表示をし、かつ、脳死判定の拒否の意思表示をしている場合以外の場合であって、家族が脳死判定を拒まないとき又は家族がないとき。
    2. 本人の臓器提供の意思が不明であり、かつ、脳死判定の拒否の意思表示をしている場合以外の場合であって、家族が脳死判定を行うことを書面により承諾するとき。

厚生労働省資料 より作成

日本の臓器移植の現状

次に、日本の臓器移植の現状についてみていきます。臓器移植に関する日本の厳しい現状を把握しましょう。

法改正後も伸びない臓器提供件数

下の図は、日本での臓器提供件数の年次推移を示したものです。

臓器提供件数の年次推移

臓器提供件数の年次推移

厚生労働省資料 より改変作成

2009年の臓器移植法の改正により


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