高齢者の医薬品適正使用を考える

~ポリファーマシーを中心に~

この教材を担当したのは?

文責:半田千尋

金融会社営業職を経て特許事務所へ転職。医療機器関連の特許を多数担当する。医療専門出版社SCICUSを経由し、2018年よりメディカル業界唯一のMR研修専門情報誌『Medical Education for MR』編集長を務める。

この講義で伝えたいこと

「令和3年版高齢社会白書」によると、日本の総人口1億2,571万人のうち、65歳以上の人口は3,619万人となり総人口に占める割合は28.8%、75歳以上の人口は1,872万人で総人口に占める割合は14.9%となりました。これは3.5人に1人が65歳以上高齢者、6.7人に1人が75歳以上高齢者という計算となり、日本は世界で最も高齢化が進展した、超高齢社会(※)です。
 このような社会のなか高齢者への薬物療法の需要はますます高まり、加齢に伴う薬物動態の変化など、高齢者の特徴に配慮した適正な薬物療法の実践が求められています。医薬品の適正使用のため活動するMRにとって、これは日々の業務で直面する課題です。
 本講義では、特に薬物有害事象の回避を目的としたポリファーマシー対策を中心に、高齢者の薬物療法の適正化、医薬品適正使用を考えます。高齢者医療・介護の現場が必要とする医薬品情報を提供できているか、この講義を通して自身の情報提供活動を見つめ直しましょう。

※超高齢社会:65歳以上の人口の割合(高齢化率)が総人口の21%以上を占める社会。

本編の前に

本編をはじめる前に、独自に行ったアンケート調査の結果の紹介と、用語の確認をしておきます。

「ポリファーマシー」認知度調査

医療に携わる人、医薬品の製造販売に携わる人には、「ポリファーマシー」という概念は広く浸透していることでしょう。では、一般の人への浸透度はどの程度か、予想してみてください。

医療従事者と医薬品の製造販売に関する仕事に従事する人を除く20歳以上の人を対象に、性別・年代の偏りなく、「ポリファーマシー」という言葉を聞いたことがあるかアンケート調査を行ったところ、「ない」と回答した人の割合は74.8%にのぼりました。「わからない」と回答した人16.4%も合わせると90%を超えます。

「ポリファーマシー」という言葉を聞いたことがありますか?

約75%の人が「ポリファーマシー」という言葉を聞いたこともない。

編集部作成

この結果からは、一般の人には「ポリファーマシー」という概念がほとんど浸透していないといえます。
 あなたの予想と比べて結果はどうだったでしょうか?

「ポリファーマシー」とは

「ポリファーマシー」は接頭辞「poly-(多くの)」と「pharmacy」で多剤服用を意味する造語ですが、定義としては、単に多剤服用を指しているわけではありません。多剤服用のうち、薬物有害事象のリスク増加、服薬過誤、服薬アドヒアランス(※)低下などの問題につながる状態を「ポリファーマシー」といいます。

※アドヒアランス:患者が積極的に治療方針の決定に参加し、その決定に従って治療を受けることを意味する。(日本薬学会 薬学用語解説 より引用)

「ポリファーマシー」は、単に服用する薬剤数が多いのみならず、それに関連して薬物有害事象のリスク増加、服用過誤、服薬アドヒアランス低下等の問題につながる状態をいいます。

医政安発0529第1号/薬生安発0529第1号通知 より

何剤からがポリファーマシーであるといったように、薬剤数によって線引きされているわけではありませんが、薬物有害事象は薬剤数にほぼ比例して増加し、6種類以上が特に薬物有害事象の発生増加に関連したというデータがあります。しかし、服用する薬剤の種類が少なくてもリスクは存在しており、ポリファーマシーとなりえます。
 ポリファーマシーの問題は高齢者に限られたものではありませんが、多病で複数の医療機関・診療科を受診するケースが多いこと、医療提供にあたってのエビデンス不足などから、高齢者はポリファーマシーの影響を一番受けやすい患者群であるといえます。

なお、薬剤による好ましくない作用である狭義の「副作用」と混同しがちな「薬物有害事象」ですが、薬剤との因果関係がある副作用とは異なり、薬物有害事象は、薬剤との因果関係の有無を問わず、薬剤の使用後に発現する有害な症状や徴候のことを指します。

「薬物有害事象」は、薬剤の使用後に発現する有害な症状又は徴候であって薬剤との因果関係の有無を問わない概念です。

医政安発0529第1号/薬生安発0529第1号通知 より

高齢者の薬物療法の基礎知識

では、ここから、講義の本編をはじめます。
 まずは、高齢者の薬物療法について、基礎的な知識をおさらいしておきましょう。

なぜ多剤服用となるのか?

下の図は、厚生労働省が全国の保険薬局を通じ、定期的に医療機関に行って処方してもらっている薬がある患者に対して、1日あたり使用している薬の数を調査した結果を年齢階級別に示したものです。
 この結果からは、年齢階級があがるにつれて使用している薬の種類は多くなる傾向がみられます。特に7種類以上の薬を使用している患者の割合は、年齢階級があがるにつれ顕著に増加しており、65歳以上では約4割、80歳以上では約6割にのぼります。

現在、1⽇あたり使⽤している薬(年齢階級別、定期的に医療機関に⾏って処⽅してもらっている薬がある患者)

年齢階級があがるにつれ7種類以上の割合が増えている

厚生労働省資料 より改変作成

ではなぜ、高齢患者では多剤服用となるのでしょうか。
 下の表は、高齢者の疾患・病態上の特徴と、それが服薬行動を含めた薬物治療へ与える影響をまとめたものです。

高齢者の疾患・病態上の特徴と服薬行動・薬物治療への影響

高齢者の疾患・病態上の特徴と服薬行動・薬物治療への影響

厚生労働省資料 より作成

疾患上の要因として、


TOP