日本の薬害物語
~昭和から令和へ~

この教材を担当したのは?

文責:半田千尋

金融会社営業職を経て特許事務所へ転職。医療機器関連の特許を多数担当する。医療専門出版社SCICUSを経由し、2018年よりメディカル業界唯一のMR研修専門情報誌『Medical Education for MR』編集長を務める。

この講義で伝えたいこと

皆さんは、上記のイラストはどのようなシーンを描いたものか、わかるでしょうか?
 1999(平成11)年8月24日、厚生労働省は正面玄関前に、薬害を再発させない決意を刻んだ「誓いの碑」を設置しました。全国薬害被害者団体連絡協議会は毎年8月24日を「薬害根絶デー」とし、厚生労働省や文部科学省への要望書提出や、誓いの碑の前でのリレートークなど、薬害根絶のための活動を行っています。上記のイラストは、誓いの碑の前で、厚生労働大臣が薬害被害者から要望書を受け取るシーンを描いたものです。
 薬害は過去のもの、終わったことではなく、薬害を再び発生させないための取り組みは現在も続いています。医薬品の品質や有効性・安全性の確保、医薬品による危害の発生と拡大防止のために、薬事制度が改正されることもそのひとつです。
 医薬品の安全管理情報の収集・提供を業務とするMRにとって、薬害の歴史を知ることは、何より大切な学びであるといえます。この講義を通して、医薬品安全対策の意義をその成り立ちの背景から理解し、安全性監視活動とリスク最小化活動に取り組む重要性を再確認してください。

本編の前に

本編をはじめる前に、独自に行ったアンケート調査の結果の紹介と、基本的な用語の確認をしておきます。

薬害についての認知度調査

皆さんに質問です。
 ジフテリア予防接種禍事件、ペニシリンによるショック死事件、サリドマイド事件、キノホルムによるスモン事件、アンプル入り風邪薬によるショック死事件、クロロキン事件、薬害エイズ事件、ソリブジン事件、薬害肝炎事件、ヒト乾燥硬膜によるクロイツフェルト・ヤコブ病事件。このなかで、知っている、もしくは聞いたことがある薬害をすべて選んでください。

医療従事者と医薬品の製造販売に関する仕事に従事する人を除く20歳以上の方を対象に同じ質問をしました。性別・年代の偏りなく回答を集計した結果がこちらです。

このなかで、知っている・もしくは聞いたことがある薬害を
すべて選んでください。 ※「薬害」とは、医薬品による重大な健康被害が
社会問題になるほど拡大する現象を指します。

このなかで、知っている・もしくは聞いたことがある薬害をすべて選んでください。

編集部作成

一般の方の認知度が最も高かったのは「薬害エイズ」で51.4%でしたが、回答を年代別にみると、20歳代では16.2%でした。薬害エイズは1980年代に起こった事件です。訴訟は1996年に和解し当時は大きなニュースになりましたが、今から20年以上前のこととなり、物心がつく以前の出来事だった人も多いのでしょう。そして大半の人は、その後の報道や学校教育のなかで薬害エイズを知る機会がなかったと推察されます。
 ここに挙げたほとんどの薬害が、年齢層が若くなるにつれて認知度が下がっていました。

「誓いの碑」に刻まれたことば

「誓いの碑」は、厚生省(当時)が「薬害エイズ事件」を反省し、医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう、その決意を銘記したものです。

誓いの碑

命の尊さを心に刻みサリドマイド、スモン、HIV感染のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることのないよう医薬品の安全性・有効性の確保に最善の努力を重ねていくことをここに銘記する

千数百名もの感染者を出した「薬害エイズ」事件
このような事件の発生を反省しこの碑を建立した

平成11年8月 厚生省

厚生労働省ウェブサイトより

碑に刻まれた「サリドマイド」、「スモン」、「HIV感染」という薬害について、あなたはどれだけ理解していますか?

薬害の歴史

ここから、講義の本編をはじめます。
 まずは、昭和から平成にかけての、薬害の歴史をみていきましょう。

昭和から平成にかけて数多く発生した薬害

下の図は、昭和から平成にかけて発生した薬害を年表にしたものです。日本で被害が報告された時期を発生した年としています。そのため、報告以前から被害者が出ていた薬害もあります。図に挙げた薬害は主なものであり、このほかにも薬害とされている事件があります。

【注】薬害として扱うかどうかは、主張する人の立場や発表する場所などの要因によって、必ずしも一致するものではない。

薬害発生年表

このなかで、知っている・もしくは聞いたことがある薬害をすべて選んでください。

編集部作成(参考:厚生労働省「薬害を学ぼう」など各種文献)

現在、これらの薬害事件の発生当時を知る現役MRは少ないと推察します。薬害事件の当事者製薬企業は吸収合併などで社名がなくなっている企業も多く、いまのMRにとって薬害は、遥か昔の事件に風化しつつあるのではないでしょうか。
 図に示した薬害はすべて詳しく取りあげたいところですが、いくつかの薬害に絞って、概要と主な経過をみていきます。

スモン薬害

スモン(SMON)とは、亜急性脊髄視神経症(Subacute Myelo-Optico Neuropathy)の頭文字をとったもので、神経症状による歩行困難などに加え、視力障害を伴うなど、全身に影響が及び患者さんに耐えがたい苦痛を与える難治性の疾患です。
 原因はキノホルムという古くから使われていた医薬品で、1989年にスイスで開発された外用殺菌剤でした。1920年代からは腸内の殺菌を目的にアメーバ赤痢の治療薬として内服されるようになり、日本では1939年に劇薬指定が取り消され、日本薬局方に収載されています。その後、徐々に適応を拡大し、整腸剤として非常によく使われたほか、市販薬にもキノホルムを含有するものが多くありました。
 日本では1955年頃からスモン患者の発生が報告され、1969年に発生数がピークになりましたが、限定された地域での集団発生であったことから風土病や伝染病と疑われ、患者さんは身体的なつらさに加え、差別や偏見など、社会的にも苦しい思いをしました。
 スモン患者さんには緑色便や緑色舌苔がみられることは知られていましたが、1970年になって、緑色の物質がキノホルムと鉄のキレート化合物であることが明らかとなったこと、キノホルムの使用量とスモン発病率の相関関係が示されたことから、厚生省(当時)はキノホルムの販売中止、使用中止措置をとり、患者の発生は止まりました。
 スモン薬害の特筆すべき点は、被害者数が非常に多い点はもちろん、使用方法や使用量などの変化に対し「古くから使われていた薬剤である」ことは安全性の担保とならないことがわかった点です。

スモン薬害の概要と主な経過

スモン薬害の概要と主な経過

厚生労働省資料 より作成

サリドマイド薬害

サリドマイド薬害は、


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