この講義で伝えたいこと
MRの皆さんは、「ACP:アドバンス・ケア・プランニング」を知っていますか?終末期医療に関係するもの、など何となくイメージできる人もいるでしょう。しかし多くの人はこれまでACPを学ぶ機会はほとんどなかったのではないかと推察します。ではなぜ、この講義ではACPに焦点をあてるのでしょうか。
病気を治すことだけが医療のすべてではありません。医療には、「治す医療」だけではなく、「穏やかな死を迎えるための医療」もあります。MRが日頃、「治療」について話す医療者たちは、「死」とも向き合っていることを忘れてはいけません。
この講義を通して、人生の最終段階における医療・ケアについて深く考えてみましょう。
本編の前に
本編をはじめる前に、独自に行ったアンケート調査の結果の紹介と、用語の確認をしておきます。
ACPの認知度調査
MRの皆さんは、「人生会議」または「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」という言葉を聞いたことがありますか?
下の図は、20歳以上の人を対象に、年代・性別の偏りなく同じ質問をした結果を示したものです。「人生会議」または「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」を認知している人(どちらも聞いたことがある人と、どちらかは聞いたことがある人の計)の割合は、医療または介護に関する仕事に就いていない人では12.2%、医療または介護に関する仕事に就いている人では54.4%でした。
「人生会議」は「アドバンス・ケア・プランニング(ACP)」の愛称
「人生会議」は、「ACP:アドバンス・ケア・プランニング」の愛称です。ACPは海外で生まれた概念・ことばであるため、厚生労働省は国民への普及・啓発にあたってより日本に馴染みやすいよう、「人生会議」という愛称をつけました。
厚生労働省では、今まで「ACP:アドバンス・ケア・プランニング」として普及・啓発を進めてまいりましたが、より馴染みやすい言葉となるよう人生会議」という愛称「で呼ぶことに決定しました。
厚生労働省ウェブサイト「『人生会議』してみませんか」ページ より(赤字:編集部)
この講義では、「ACP」ということばを使うことにします。
ACPの基本的な知識
ここから、講義の本編をはじめます。
まずは、ACPの基本的な知識を身につけましょう。
ACPの概念
ACPとは何か、たとえばWHOによる定義など、国際的に共通して用いられている定義はありません。下の表は、国内でのACPの定義に関する主な記述をまとめたものです。
これらの記述から、ACPは、将来(特に人生の最終段階に)受ける医療・ケアについて本人の意思を話し合うものであることがわかります。そして、本人を中心に家族や医療・ケアチームが一緒に話し合うこと、話し合いは繰り返し行うこと、話し合いの「結果」ではなく「プロセス」、がACPの重要な要素であることがわかります。
ACP(アドバンス・ケア・プランニング)を英語で表記するとこうなります。
注目すべきは、「Plan」ではなく「Planning」であることです。英語表記からも、話し合いの結果決まった「計画(Plan)」ではなく、話し合いで「計画を立てていく(Planning)」ことに重点が置かれていることがわかります。
ACPと意思を示す文書の関係
人生の最終段階においては、約70%の患者さんで意思決定が不可能であると言われています。ACPが生まれる以前から、自己決定権を重んじるアメリカを中心に、DNAR(Do Not Attempt Resuscitation)や事前指示書(リビング・ウィル/AD(Advance Directive))といった文書で本人の意思を表示し、関係者で共有する取り組みが進められてきました。
これらは人生の最終段階での延命措置の拒否に関する文書ですが、前者は心肺蘇生処置を求めない患者さんの希望について記載した医師の指示書、後者は患者さん本人による意思表明の書面という違いがあります。
【参考】かつては「延命治療」と呼ばれてきたが、これはもはや「治療」ではないという考え方から、現在では「延命措置」や「延命処置」と表現されることが多くなっている。
人生の最終段階の医療・ケアについての意思を示す文書
文書 | 文書の説明 |
---|---|
DNAR (Do Not Attempt Resuscitation) | 心停止または呼吸停止に陥った患者に対して蘇生の処置を試みないよう記載した医師の指示書 |
事前指示書 (リビング・ウィル/ Advance Directive) | 自身が医療・ケアの選択について判断できなくなった場合に備えて、どのような治療を受けたいか(受けたくないか)や、自分の代わりに誰に判断してもらいたいかなどを予め記載しておく書面 |
「人生の最終段階における医療・ケアの普及・啓発の在り方に関する報告書」 より編集部作成
延命措置とは主に、下記のような措置があげられます。このほかにも、患者さんの状態によって、単に生命を維持したり死期を引き延ばす措置は延命措置となりえます。
延命措置の例
- 人工呼吸器装着
- 中心静脈管や胃管などを通した人工栄養補給
- 水分補給
- 化学療法
- 薬物投与
- 人工透析
- 輸血 など
編集部作成(参考:「医師の職業倫理指針 第3版」など)
事前指示書などはさまざまな団体が独自の様式を作成しています。たとえば、日本尊厳死協会のリビング・ウィルの書面には、下記に示した文言が記載されており、署名欄のほか、自分で自分の意思を正常に伝えられない状態に陥った時に自分の意思を伝える代理人を記載する欄があります。
リビング・ウィル ― Living Will
― 終末期医療における事前指示書 ーこの指示書は、私の精神が健全な状態にある時に私自身の考えで書いたものであります。したがって、私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、または撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。
- 私の傷病が、現代の医学では不治の状態であり、既に死が迫っていると診断された場合には、ただ単に死期を引き延ばすためだけの延命措置はお断りいたします。
- ただしこの場合、私の苦痛を和らげるためには、麻薬などの適切な使用により十分な緩和医療を行ってください。
- 私が回復不能な遷延性意識障害(持続的植物状態)に陥った時は生命維持措置を取りやめてください。
以上、私の要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従ってくださった行為一切の責任は私自身にあることを付記いたします。
公益財団法人 日本尊厳死協会「2017年7月改訂版 リビング・ウィル」 より
しかし、こうした文書が残されていても、本人の意思が家族等や医療・ケアチームと共有されていなかったことで、本人の意思を反映した医療・ケアが十分に提供されなかったケースが報告され、事前指示の問題点として指摘されるようになりました。その反省から生まれたのが、話し合いのプロセスを重視するACPです。
AD(アドバンス・ディレクティブ)などの文書とACPは切り離して考えるものではなく、ACPにはADや、ADの項目のひとつとしてDNARが含まれると考えます。ADなどの文書は、ACPのアウトカムのひとつという位置づけであり、文書を作成することがACPの目的ではありません。しかし、ACPを行って本人の希望が守られるようADなどの文書を作成することも、ACPの成果として大切なことです。
ACPは、延命措置に関することだけを話し合うのではありません。人生の最終段階における医療・ケアについて話し合うということは、患者さん本人が人生の最終段階をどう過ごしたいか、何を大切に生活を送りたいかを話し合うということです。つまり、どう生きてどう亡くなりたいか、という患者さんの価値観や目標などもACPの話し合いに含まれます。患者さんの家族や信頼を寄せる人、医療・ケアチームは、患者さん本人の希望に最大限沿うことができる医療・ケアはどのようなものかを一緒に考えていきます。
ACPの話し合いに含まれる内容
- 患者本人の気がかりや意向
- 患者の価値観や目標
- 病状や予後の理解
- 医療や療養に関する意向や選好、その提供体制
「平成29年度人生の最終段階における医療に関する意識調査報告書」 より作成
ACPは一度行えばそれで終わりではありません。病状の進行や人間関係の変化など、さまざまな要因で患者さんの考えや気持ちは変化するものなので、ACPは繰り返し行うことが重要です。
意識調査からみるACPの現在地
ここからは、一般国民と医療・介護従事者を対象に厚生労働省が実施したアンケート調査から、ACPの浸透度や課題など、ACPの現在地を探っていきます。それぞれの問いに対し自分ならどう回答するかも考えながらみていきましょう。
医療・介護従事者へのアンケート調査から見えてくるもの
医療・介護従事者を対象にしたアンケート調査によると、担当している死が近い患者(入所者)の医療・療養について本人と十分な話し合いを行っているか、患者の意思が確認できない場合は患者本人の意思に基づいて家族等と話し合いを行っているかという問いに対して、話し合いを行っていると回答した人(「十分行っている」、「一応行っている」と回答した人の計)の割合は、