Medical Education for MR バックナンバー

医師の職業倫理指針から考えるMRの行動

編集部からのコメント

この記事は『Medical Education for MR 2017春号』に掲載されたものを再掲したものです。

 日本医師会が出す「医師の職業倫理指針」は、すべての医師が医療の実践にあたって規範となる具体的な行動指針として、2004年に第1版、2008年に第2版、そして2016年に第3版が出されました。2021年7月現在もこの第3版が最新版です。
 第3章で取りあげた「遠隔診療」は現在では「オンライン診療」として、新型コロナウイルス感染症の流行も相まって、急速にその取り巻く状況が変化しましたが、“オンライン診療はあくまで対面診療を補完するもの”という日本医師会のスタンスには現在も変わりはありません。
 第6章で取りあげた「臨床研究法」は、2017年4月14日に公布され、2018年4月1日に施行されました。

8年ぶりに改訂された『医師の職業倫理指針』

倫理指針とはなにか

医師が遭遇する倫理の問題について、法規制ではなくさまざまな「ガイドライン」や「指針」が国から提供されています。
 ハード・ローとソフト・ローという法律用語があります。ハード・ローは法的拘束力があるルール、ソフト・ローは法的拘束力がない自発的なルールを指します。
 日本の医療は、医師法等の職業法による業務独占と、健康保険法による国民皆保険制度というハード・ローで規定され守られています。しかし、時に患者の自己決定権や市場原理、急速な医学・医療の進歩や社会状況の変化等と対立し、医療現場にジレンマを引き起こします。医療現場が向き合う多種多様なジレンマに対し、すべてを国がハード・ローで強制することはできません。
 近年、国が「ガイドライン」や「指針」によって適正な情報提供を行い、それを受ける民間側に自発的なルール作成をゆだねるという流れがあります。
 2016年10月に8年ぶりに改訂された日本医師会の『医師の職業倫理指針』も、そんなソフト・ローのひとつです。
 一民間団体という枠を越えて、日本最大の医師の職業団体が作成する倫理指針が担う役割は大きいといえるでしょう。
 本稿では、改訂までの8年間で追加された倫理的課題を中心にとりあげ、併せてMR活動のあり方について考えていきます。

医師が日常診療で対応すべき倫理的課題

医師の職業倫理指針は、急速な医学・医療の進歩、社会状況の変化に対応する形で見直されてきました。
 表1のように、医師が日常診療で対応すべき倫理的課題は膨大で、現代の医師がいかに多くの事柄に縛られているかを知ることができます。

医師が日常診療で対応すべき倫理的課題

今回の改訂で新たに指針に加わった内容に注目すると、現在進められている地域包括ケアシステムを踏まえた対応、個人情報保護法の要配慮個人情報への対応、遺伝子をめぐる課題への対応、ICT(情報通信技術)の進展への対応、臨床研究に係わる利益相反など、まさにこの8年間における医師が対応すべき社会状況の変化を反映したものになっています。

医師と患者 一層の注意が求められる
患者情報の取り扱い

守秘(秘密保持)義務と要配慮個人情報

守秘(秘密保持)義務

医師が正当な理由なく患者情報を他人に漏らした場合は、倫理上非難されることはもちろん、刑法第134 条(秘密漏示)などの罪に当たり処罰の対象とされる。また、民法上プライバシー侵害・名誉毀損を理由に損害賠償を請求されることもある。公的機関への通知について守秘義務の観点から迷う場合には、弁護士や医師会などと相談のうえ決定することも大切である。

『医師の職業倫理指針 第3版』 P9より引用

医師の守秘義務は古くから医師の職業倫理として重視されており、倫理的な対応だけでなく、刑法というハード・ローによって縛られています。
 一方、患者の個人情報・診療情報は個人情報保護法というハード・ローに縛られています。個人情報保護法において医療機関は個人情報取扱事業者であり、患者の診療情報を含んだ個人情報の管理上の義務を負っています。
 2015年の個人情報保護法改正により「病歴等」が要配慮個人情報に指定され、本人の同意なしに第三者への提供ができなくなりました。要配慮個人情報とは、人種、信条、社会的身分、病歴等により不当な差別、偏見などが生じないようにその取り扱いに特に配慮を要する個人情報のことです。
 患者の個人情報・診療情報は適切な保護が不可欠ですが、診断・治療や医学研究等に利活用する道も確保する必要があります。
 厚生労働省のガイドラインでは、医療機関が診療のために利用する場合については、その利用目的および他院の医師への情報提供を行う場合があると院内掲示等で公表しておけば、患者から明確な反対の意思表示がない限り、同意が得られていると考えてよいとされています。

配慮個人情報

医師と患者 遠隔診療と
無診察治療等の禁止

事実上解禁された「遠隔診療」

無診察治療等の禁止

近年のICT(Information and Communication Technology)の目覚ましい発展に伴い、離島・へき地医療と在宅医療においては、医師が直接患者を診察しなくとも一定の条件下で得られた患者の情報(画像を含む)に基づき、その場にいない医師が診断し、処置を指示できるようになった。しかしこれはあくまでも例外的措置で、医師による対面診療を基本原則として守るべきである。

『医師の職業倫理指針 第3版』 P15より引用

ハード・ローである医師法には直接診察することなく治療を行うことを禁じた「無診察治療等の禁止」(第20条)があります。これが、直接の対面診療を行うことが困難な離島・へき地医療以外での遠隔診療を実現する際のジレンマになっていました。
 しかし、2015年8月、厚生労働省医政局長通知によって遠隔診療の解釈が明確化され、直接の対面診療を行うことが困難な離島・へき地医療以外にも「患者側の要請に基づき、患者側の利点を十分に勘案した上で、直接の対面診療と適切に組み合わせるときは、遠隔診療を行っても差し支えないこと」が示されました。
 厚生労働省の通知はソフト・ローですが、これが「事実上の遠隔診療の解禁」と受け止められ、最近では都市部でも生活習慣病や禁煙の外来などで遠隔診療を行う医療機関が登場しています。
 診療報酬上、遠隔診療には電話等による再診料(72点)が認められているため、こうした医療機関では初診を対面で行い、再診を遠隔診療で行うというスタイルをとっています。
 ただ、遠隔診療は新しい診療の形であり、その手法や適用対象へのエビデンスは確立されていません。医師の職業倫理指針では「直接診察することなく治療を行うことは医療安全の観点から、患者の身体・生命に思わぬ被害を及ぼすことがある」と指摘しています。医師会の立場としては、遠隔診療は“あくまでも例外的措置で、医師による対面診療を基本原則として守るべきもの”なのです。しかし、遠隔診療の推進は政府の健康・医療戦略のひとつであり、今後は日常的に医師がこうした問題に向き合う機会が増えることになるでしょう。

遠隔診療の対象例

終末期医療 終末期患者における
延命治療の差し控えと中止

川崎協同病院事件の最高裁判決を受けて

終末期患者における延命治療の差し控えと中止

わが国では回復の見込みがない終末期の患者に、延命治療の差し控えや中止を許容する法律はないが、一定の要件があれば許されると考えられている。

『医師の職業倫理指針 第3版』 P25より引用

医師の職業倫理指針が改訂されるまでの8年間に、終末期医療をめぐるひとつの法的判断がありました。周防正行監督によって映画化された小説『終の信託』のモチーフとされる川崎協同病院事件の最高裁判決です。
 この事件は、医師が家族の要請に基づき、昏睡状態が続いていた患者から気道確保のために挿入されていたチューブを抜管し、患者が死亡したものです。判決では、患者の余命・予後が明確にされなかったことや患者の意思が不明であったことなどから、医師の殺人行為が認定されました。
 医師の職業倫理指針は、川崎協同病院事件の最高裁判決を受け、逆説的に「患者の病気が不治で死期が近いこと、本人の意思が認められれば許容できることを認めていることになる」と指摘しています。
 終末期患者における安楽死・尊厳死を許容するハード・ローはなく、医師は刑法による殺人罪で裁かれるリスクを抱えながら、延命治療の差し控えや中止を考慮しなければなりません。医師の職業倫理指針の指摘は、職業団体として医師のジレンマを代弁するものといえるでしょう。
 いずれにせよ、終末期医療における治療行為の差し控えや中止とその手続きについては、医療倫理的にも、法的にも依然不明確な状態が続いています。

かかりつけ医にも波及する
「遺伝子をめぐる課題」

かかりつけ医が患者・家族から遺伝子検査の相談を受ける時代

医師の診療と遺伝子検査、遺伝学的検査

人の遺伝子変異を調べる遺伝子解析には、用途、目的や結果がもたらす性格、影響が異なるさまざまな種類がある。医師が医学的・倫理的に適正に遺伝子解析技術を利用するためには、その種類に応じて対応しなければならない。

『医師の職業倫理指針 第3版』 P34より引用

改訂された医師の職業倫理指針では、遺伝子をめぐる課題が新たな項目として追加されました。
 疾患の発症に関わる遺伝要因の解明や薬物反応に関係する個体差の解明などが進み、遺伝学的検査・診断は重要な医療行為になりつつあります。日本医師会は「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査、遺伝学的検査Q&A2016」も公表しており、かかりつけ医が患者や家族から「遺伝子検査を受けたい」という依頼や質問を頻繁に受ける時代の到来を予測していることがうかがえます。
 医師の職業倫理指針では、診療として行われる遺伝子検査、遺伝学的検査を専門家への紹介が不要なものと必要なものとに分けています(表2)。

遺伝医療の専門家への紹介の必要性

紹介が必要なもののひとつである出生前診断は胎児の先天的な疾患や染色体異常などを調べるもので、選択的妊娠中絶が考慮され得ることから、生命の選択という深刻な倫理的問題を抱えています。また、遺伝病の遺伝学的検査は、家族で発症した人の遺伝子情報が必要になる場合もあり、単に被検者個人の問題にとどまらず家系内の問題として対応しなければなりません。
 こうした遺伝子検査によって判明した遺伝情報が、何らかの差別につながる場合もあります。いわゆる遺伝差別の問題です。
 アメリカやフランス、ドイツなどでは遺伝差別を禁じる法律がつくられていますが、日本には存在していません。
 遺伝学的検査を行う場合、遺伝医療の専門家による遺伝カウンセリングが受けられる体制を整えておくことが推奨されています。

医師の職業倫理指針から考える
医師と製薬企業との関係

医師の職業倫理指針にMRという言葉は出てこない

医療関連業者との関係

医師は、製薬会社、医療機器会社等の医療関連業者と接する機会が多い。これらの人々との関係によって、新しい学問的知見や診療に有用な情報が得られることもあり、良好な人間関係を作ることが望ましい。しかし、医薬品などの医療資材における取引は厳に適正なものでなくてはならず、不適正な行為は、患者の福利を最優先する医師の立場(WMA ジュネーブ宣言、医の国際倫理綱領)に反するだけでなく、研究結果や診療結果に対する不信を生みかねず、絶対に避けなければならない。

『医師の職業倫理指針 第3版』 P43より引用

医師の職業倫理指針の中に「製薬会社」という言葉が出てくるのは、上記引用部分の1ヵ所のみです。「MR」という言葉は直接は出てきませんが、この項目が医師とMRとの関係を示していることは言うまでもないでしょう。
 改訂前(第2版)のこの項目の記載は、あくまで医薬品や医療資材代金の不適正な支払いをけん制する内容に過ぎませんでしたが、今回の改訂では、「研究結果や診療結果に対する不信を生みかねず、絶対に避けなければならない」と非常に強い表現に変化しています。
 この変化の背景として、2013年から2015年にかけて相次いだ臨床研究に関する不適正な事案が影響していることは間違いないでしょう。

製薬企業にも資金提供開示を義務化へ

2017年2月現在、臨床研究を規制する新たな法案が国会で継続審議中です。
 この臨床研究法案は製薬企業に対しても、①当該製薬企業の医薬品等の臨床研究に対して資金を提供する際の契約の締結、②当該製薬企業の医薬品等の臨床研究に関する資金提供の情報等の公表、を義務付けていますが、すでに製薬業界では「透明性ガイドライン」(企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン)を策定し、医療機関等への資金提供状況を公開しています。
 ソフト・ローはモラルやマナー違反として非難されますが、罰則規定はありません。対してハード・ローには法律上の罰則規定があります。臨床研究の法規制化は、臨床研究に関わる者にさらに厳しい義務が課せられることを意味します。

利益相反とMR

医師の職業倫理指針は、臨床研究に係る利益相反の項目で締めくくられています。近年の新薬は高度に専門化され、新薬開発だけでなく、発売後の適正使用の普及にも研究機関・医療機関等との連携が不可欠になっています。現実問題として、多くの医師・研究者が特定の企業・製品にある程度関与する場面は避けられず、利益相反は不可避的に生じてしまいます。医師の職業倫理指針も、利益相反を避けるのではなくいかに適切に管理していくかが、産学連携を推進する上で乗り越えるべき課題であるとしています。
 臨床研究や学会発表・学術雑誌での論文発表だけでなく、学会における教育講演やランチョンセミナーの後援・共催など、あらゆるところで、利益相反関係の開示が行われています。これらはハード・ローではなく、さまざまな指針やガイドラインといったソフト・ローによるものであり、つまるところは、各人の倫理観によるものと言い換えることもできます。
 製薬業界のソフト・ローである「透明性ガイドライン」が、引き続き社会への説明責任を果たし、医師や研究者、製薬企業の信頼を高めることにつながっていくかどうかも、一人ひとりのMRの倫理観を持った活動にかかっているといえるでしょう。

参考資料

  • 日本医師会「医師の職業倫理指針第3版」(2016年10月)
  • 厚生労働省「医療・介護関係事業者における個人情報の適切な取扱いのためのガイドライン」(2004年12月)(2016年12月最終改正)
  • 厚生労働省医政局長通知「情報通信機器を用いた診療(いわゆる「遠隔診療」)について」(1997年12月24日)(2011年3月最終改正)
  • 内閣府「経済財政運営と改革の基本方針2015」(2015年6月30日閣議決定)
  • 厚生労働省「人生の最終段階における医療の決定プロセスに関するガイドライン」(2007年5月)(2015年3月最終改訂)
  • 日本医師会「かかりつけ医として知っておきたい遺伝子検査、遺伝学的検査Q&A」(2016年4月)
  • 厚生労働省「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」(2014年12月)
  • 日本製薬工業協会「企業活動と医療機関等の関係の透明性ガイドライン」(2011年3月)

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