循環器系
循環器系の概略
細菌などの〔単細胞生物〕は基本的に水棲動物であり、生活環境である水中との間で栄養や老廃物の授受を行っている。これは人体においても同様で、細胞は体内の〔細胞間質液〕という水中にあり、この水との間で物質交換を行っている。しかし、体内の間質液はその量に限界があり、栄養の枯渇や〔老廃物〕の増加を生じやすい。生活環境である間質液の性状を一定に保つための補給・排出路として備わったのが〔循環器系〕で、外界から取り込んだ栄養を間質液に届け、細胞から間質液に出された老廃物を〔排泄器官〕(肺、腎臓など)に送る役割を担う。ここでは、体内の物質輸送機構としての循環器系を学ぶ。
心血管系と血液・リンパ
循環器系は、血液の流れる〔心血管系〕と、リンパの流れるリンパ管系とに区分される(図3-1)。心血管系は〔血液〕を全身に送るシステムで、その原動力である〔心臓〕と血液の通路である血管から構成される。血管には血液を心臓から〔末梢組織〕に届ける動脈(大動脈、動脈、細動脈)と、末梢組織から心臓に戻す静脈(大静脈、静脈、細静脈)、そして血液と間質液の間で物質交換を行う〔毛細血管〕がある。
血管内を流れる血液は、細胞成分の〔血球〕と液性成分の〔血漿〕からなる。血球は造血器官(成人では骨髄)でつくられ、赤血球は〔酸素〕の輸送、白血球は〔免疫機能〕、血小板は〔止血〕などに働く。これに対し、〔血漿〕は種々の栄養や老廃物に加えて薬物やホルモンなどの輸送役としても働き、薬物を体内に分配する役割も担う。一方、〔リンパ管系〕はリンパによる物質輸送路として心血管系の〔補助的役割〕を示すとともに、リンパ球の移動経路として、〔免疫〕や感染防御における重要な役割を担う(p.120参照)。
体循環と肺循環
心血管系は、心臓から肺に至ってガス交換(外呼吸)にあずかる〔肺循環〕(右心室→肺動脈→肺毛細血管→〔肺静脈〕→左心房)と、全身の器官に酸素や〔栄養〕を運んで老廃物を回収する〔体循環〕(左心室→動脈→全身の毛細血管→静脈→右心房)とに区分される(図3-2)。肺循環は〔右心室〕から、体循環は〔左心室〕から拍出されるため、肺循環は右心系、体循環は左心系とも呼ばれる。通常、体循環を1周するのに約55秒、肺循環を1周するのに約〔5〕秒かかる。
安静時の心臓は、1回の収縮で約70mL、1分間で約〔5〕Lの血液を拍出する。拍出された血液は全身を巡って各器官や〔組織〕に配分されるが、その割合は器官ごとにほぼ決まっており、安静時では脳に〔15〕%、肝臓・胃腸に25%、腎臓に20%、骨格筋に20%、皮膚に5%、心臓に5%、その他に10%が送られる。強運動時には心拍出量の約80%が〔骨格筋〕や皮膚に送られるため、脳への血流は約4%となるが、心拍亢進により心拍出量自体が約5倍に増加するため、脳への〔供給血流量〕は減少しない。また、身体活動を支える心臓(冠動脈)への血流も絶対量は〔増加〕する。
(松村譲兒)
心臓の構造と機能
心臓は4つの〔心腔〕(右心房、右心室、左心房、左心室)をもち、それぞれに〔血管〕が出入りしている。心臓表面には、心外膜に包まれて心臓自体を栄養する〔冠状血管〕が走っている。冠状血管の基部が心房と〔心室〕の境界を走り、その走向が月桂冠のように見えることから命名された。ここでは心臓の構造と生理機能について学習する。
心臓の外観と構造
心臓の位置と外観
心臓は、循環器系の動力部をなす重さ〔200~300〕gの筋性器官で、自律的に収縮する不随意筋である〔横紋筋(心筋)〕からなる。胸腔内で左右の〔肺〕に挟まれて位置する。心臓は蓮の実に似た円錐形を示し、〔心尖〕と呼ばれる先端を左前胸壁に向けた状態で〔横隔膜〕上面にのっている。心臓の軸(〔心軸〕)は、水平面に対して約50゜の角度で右後上方から左前下方へと走る。このため、正面像では心臓の〔2/3〕が正中線の〔左側〕に位置する。心尖に対して心臓の後面は〔心底〕と呼ばれ、ほぼ〔左心房〕に相当する(図3-3,4)。
心臓を栄養する血管
心臓は〔拍出機能〕を持つ大きな血管ともいえるが、栄養はその表面を走行する別の血管(〔冠動脈〕)によって供給される。心臓に分布するこの血管を〔冠状血管〕といい、冠動脈と冠静脈からなる(図3-5)。冠動脈は左右1対あり(左冠動脈、右冠動脈)、心臓壁に供給される血流量は安静時で〔250〕mL/分(心拍出量の約5%)である。
左右の冠動脈は〔大動脈基部〕から起こる。左冠動脈は、主に〔心室中隔〕や心室前部に分布する前下行枝と、左心房~左心室側壁を栄養する〔回旋枝〕および左辺縁枝などに分かれる。これに対し、右冠動脈は主に心臓の右側~背面半分を栄養する動脈で、心臓の右側面に分布する〔右辺縁枝〕、右心房や心室後部を栄養する後下行枝が出るほか、〔洞房結節〕に酸素や栄養を供給している。なお、房室結節は右冠動脈の〔房室結節枝〕から血流を受けている。
心臓を栄養した血液の約70%は心臓後面に位置する〔冠静脈洞〕に注ぐ。冠静脈洞は心臓後面の冠状溝に沿った短く太い静脈で、〔冠静脈口〕によって右心房に開口する。なお、一部の細い静脈はじかに〔右心房〕に注ぐ。
心臓の内部構造
心臓は心房と〔心室〕からなり、〔心房中隔〕と心室中隔によって左心房、右心房、左心室、右心室に区分される。心房と心室の間に位置する弁を〔房室弁〕といい、右房室弁は三尖弁、左房室弁は〔僧帽弁〕とも呼ばれる。房室弁の各弁の先端は〔腱索〕と呼ばれるヒモ状構造によって心室壁の〔乳頭筋〕につながっており、拍出時(心収縮期)に房室弁が〔反転〕するのを防いでいる。一方、右心室から出る肺動脈の基部には〔肺動脈弁〕、左心室から出る大動脈の基部には大動脈弁がある。いずれの動脈弁もポケット状の3枚の〔半月弁〕からなり、心拡張期における動脈からの〔血液逆流〕を防ぐ。
右心房
心臓の右側部を形成、右心房には上から上大静脈が、下から〔下大静脈〕が開口する。上大静脈からは主に〔頭頚部〕や上肢の静脈血が、下大静脈からは〔腹部〕や下肢の静脈血が注ぐ。下大静脈口の内側には〔冠静脈洞〕が開き、心臓を灌流した血液が注ぐ。
右心室
〔胸骨〕の直後に位置し、心臓の前面をなす。右心房から流入する静脈血を〔肺動脈〕へと送り出す。
左心房
心臓の後上方部で〔心底〕をなす。左右の肺から各2本の〔肺静脈〕が注ぐ。下方は僧帽弁を備える左房室口から〔左心室〕へと続く。僧帽弁は2枚の弁尖をもつ〔二尖弁〕で、カトリックの司教の帽子に似ていることから名付けられた。
左心室
心臓の左側~後面をなし、筋層は心臓で最も〔厚い〕。左心房から血液を受け、〔大動脈〕から全身に血液を送り出す。
心臓の生理と機能
刺激伝導系
心臓は〔血液循環〕の原動力として周期的に拍動するが、その拍動は電気的興奮が一斉に伝わって起こる心筋の〔収縮〕による。電気的興奮を発生して心筋に伝える経路を〔刺激伝導系〕といい、〔特殊心筋〕と呼ばれる特別な筋線維からなる。
刺激伝導系は、①洞房結節、②心房内伝導路、③〔房室結節〕、④ヒス束、⑤右脚・左脚、⑥〔プルキンエ線維〕から構成される(図3-6a)。
心房の収縮
洞房結節は、上大静脈口前方の心外膜下に位置する〔興奮〕の発生源である。約70回/分興奮し、〔心房内伝導路〕を0.5~1m/秒の速さで刺激を伝える。このとき心房が〔収縮〕する。
心室の収縮
洞房結節で発生した〔興奮〕は心房内に伝わり、心房を収縮させた後、刺激は〔房室結節〕に集まる。房室結節が興奮すると、〔ヒス束〕から心室中隔両側の心内膜下を走る左脚と右脚を経由して〔プルキンエ線維〕と呼ばれる特殊心筋線維束から心室全体に広がり、心室筋を〔収縮〕させる。
房室結節も40回/分の〔自律的興奮能〕をもつが、洞房結節から伝わる興奮の頻度(約70回/分)がこれを上回るため、心臓の興奮は〔洞房結節〕のリズムで起こる。これを〔洞調律〕という。すなわち、通常、房室結節は心室への〔興奮伝導〕の中継点として働く。また、心房と心室とはヒス束を除いて電気的に〔絶縁〕されており、通常、〔刺激伝導系〕以外の経路で興奮が心室に伝わることはないが、時に絶縁されていない部位(〔副伝導路〕)が生じることがあり、異常な興奮が心室に及んで〔不整脈〕を起こすことがある。
心電図
刺激伝導系によって心臓全体に順次伝えられる〔電気的興奮〕を体表から測定し、グラフに記録したものを〔心電図〕という。最初に現れる波を〔P波〕といい、これは〔心房〕の興奮を示している。次に心室の興奮を示す鋭い波形の〔QRS波〕が起こる。その後に出現する波を〔T波〕といい、これは心室の興奮消退を示している。なお、U波は〔成因不詳〕である(図3-6b)。
心臓の神経支配
心臓は〔自律神経系〕によって支配される。交感神経は心臓の機能(心拍数、〔心収縮力〕、刺激伝導など)に対して〔促進的〕に、副交感神経は〔抑制的〕に働く(表3-1)。自律神経の最上位の中枢は〔視床下部〕とされるが、心臓機能に直接かかわる循環中枢(心臓抑制中枢、心臓促進中枢)は〔延髄〕にあり、〔末梢〕の循環状態を感知して反射的に調節を行っている。
交感神経は神経末端から〔ノルアドレナリン〕を放出し、標的臓器の受容体に結合することで作用する。各臓器にはノルアドレナリンと結合する受容体が備わっているが、心臓における交感神経受容体は、β受容体の中でも〔β1受容体〕が中心である。ノルアドレナリンが心臓のβ1受容体と結合すると、洞房結節に作用して心拍を〔促進〕するほか、収縮力増強や〔伝導速度促進〕にも働く。過剰な興奮で生じた不整脈や高血圧に対しては〔β遮断薬〕が用いられる(「医薬品情報」p.74参照)。β遮断薬によって〔β1受容体〕が遮断され、心臓の〔収縮力低下〕や脈拍数減少を起こすことで心拍出量や〔血圧〕を下げるからである。
これに対し、副交感神経は心臓の〔仕事量〕を抑える。心臓に分布する副交感神経は、心房(洞房結節や房室結節など)には分布するが〔心室〕には至らない。このため、副交感神経から放出される〔アセチルコリン〕の作用により〔心拍数減少〕(洞房結節の抑制)や房室伝導時間の延長が起こるが、心臓の〔収縮力〕にはほとんど影響をもたらさない。
心臓のポンプ作用
心臓の血液拍出は、心筋、特に〔心室筋〕の収縮を原動力として起こる。心室筋の収縮によって血液を拍出する時期を〔収縮期〕、拍出後に心室筋が弛緩する時期を〔拡張期〕といい、繰り返し起こる収縮期と拡張期を併せて〔心臓周期〕という。
心拍数と心拍出量
心臓周期は洞房結節の〔自律的興奮〕によって形成されるリズムのことで、1分間に生じる心臓周期の頻度が〔心拍数〕である。また、左心室から1分間に送り出される血液量を〔心拍出量〕という。
心拍出量とスターリングの法則
ゴムひもが長く引き伸ばされるほど強く縮もうとするのと同様に、心室筋も、生理的な範囲では、伸びた状態ほど大きな〔収縮力〕を発揮する。実際には、心臓に戻ってくる血液量(〔前負荷〕)が多いほど心室筋は伸展するため、収縮力が強まって拍出量は〔増大〕する。この原理を〔スターリングの法則〕といい、心室内容積と1回拍出量との物理的な関係を示している。強運動時、交感神経作用で〔心拍〕は亢進するが、同時に心臓への血液還流量が増えて1回拍出量が増加するため、〔心拍出量〕の増加につながる。
心音
正常の心臓周期において生じる音を〔心音〕といい、通常はI音と〔Ⅱ音〕が聴取される。I音は主に左右の〔房室弁〕(僧帽弁、三尖弁)の閉鎖音からなり、Ⅱ音は〔動脈弁〕(大動脈弁、肺動脈弁)の閉鎖音で形成されるので、I音からⅡ音までの間が〔収縮期〕、Ⅱ音から次のI音までの間が〔拡張期〕に相当する。このため、脈拍(心収縮)を触れながら聴診すると、I音→〔脈拍〕→Ⅱ音の順に確認される(図3-7)。
心雑音
心臓・大血管の血流に乱れが生じると、〔心雑音〕が聴取される。弁の〔閉鎖不全〕や狭窄が起こると、血液の〔逆流〕や乱流による雑音が認められるようになる。心雑音は、〔心臓周期〕がいつ聞こえるかによって収縮期雑音と拡張期雑音に大別され、乱流の方向により駆出性雑音と〔逆流性雑音〕とに区別される。
心臓のホルモン
心臓には心臓壁の伸展を刺激として分泌されるホルモンがあり、〔腎臓〕におけるナトリウム排泄を促進して〔循環血液量〕を減少させる役割をもつ。これを〔ナトリウム利尿ペプチド〕といい、次の2種類が知られている。これらのホルモンは心臓への〔負荷〕に反応して、主に心臓から血液中に分泌されるため、〔心機能検査〕のマーカーとしても用いられる。
心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP*1)
静脈血が心臓に戻る〔静脈遠流〕の量が増加することによって右心房が伸展すると、受容装置が刺激されて心房から分泌される。〔ANP〕は腎臓のナトリウム排泄を促進することで〔体液量〕を減少させるほか、血管拡張作用や交感神経、および〔レニン・アンジオテンシン・アルドステロン系〕を抑制して血圧を低下させる(p.84参照)。
脳性ナトリウム利尿ペプチド(BNP*2)
心室に負荷がかかって心室が伸展すると〔心室筋〕から分泌される。ANPに似たホルモンで、強力な〔利尿作用〕に加え交感神経およびレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系抑制作用をもつ。〔心不全〕で血中濃度が上昇する。
(松村譲兒)
血管系の構造と機能
前述のとおり、心臓は全身に血液を送るために血液を拍出する。拍出のたびに起こる〔心拍動〕は振動となって動脈壁を伝わり、末梢動脈で〔脈拍〕として触知される。この振動は心拍動と同じリズムなので「脈拍数=〔心拍数〕」であり、心拍動が〔洞調律〕であれば脈も整脈として触れる。これは動脈壁が〔弾力性〕に富み、振動を伝えやすいためであるが、不整脈の一つである〔心房細動〕では心収縮が弱く振動が末梢まで伝わらないため、〔脈拍欠損〕(脈跳び現象)が起こる。ここでは、血管の構造とその生理機能について学習する。
血管の基本構造
血管壁は内膜・〔中膜〕・外膜の3層構造を示す。内膜は内皮と〔内弾性板〕、中膜は平滑筋+〔弾性線維〕の混合層と外弾性板、外膜は〔結合組織〕からなる(図3-8)。物質交換にあずかる〔毛細血管〕は最も基本的な構造を示し、1層の内皮細胞のみからなる。太い血管ほど〔血管壁〕は厚いが、もっぱら〔中膜〕の発達による。細~中動脈では平滑筋に富む〔中膜〕をもち、自律神経支配により血流や〔血圧調節〕にあずかる。一方、大動脈の中膜は〔弾性線維〕に富み、心拍出に対し容量を拡大して血圧や血液量を緩衝する機能を反映している。なお、静脈も基本的構造は同様であるが、壁は〔薄く〕、平滑筋や弾性線維に乏しいため、〔血管抵抗〕は小さく、血圧も低くなる。
動脈の構造と機能
心臓から拍出された血液は、動脈を通って全身の〔毛細血管〕に送られる。動脈は心臓に続く太い〔大動脈〕に始まり、分岐しながら細くなり、毛細血管の直前では毛髪ほどの〔細動脈〕となる(図3-9a)。動脈には高い圧がかかるため、全体に厚い壁を備えるが、大動脈と細動脈では壁の構造も機能も異なる。
大動脈
左心室から出る動脈を〔大動脈〕といい、上行大動脈として数cm上行し、逆U字を描いて反回する〔大動脈弓〕となり、下行大動脈に移行する。下行大動脈は脊柱左側に沿って胸腔~腹腔を下行し、左右の〔総腸骨動脈〕に分かれる。なお、下行大動脈は、横隔膜の〔大動脈裂孔〕を境として胸大動脈と〔腹大動脈〕とに区分される。
大動脈は、弾性線維が多いことから〔弾性動脈〕とも呼ばれる。大動脈は心臓から〔断続的〕に拍出される血液を一時的に貯留し、〔末梢〕に向けて持続的な血流に変える。この働きにより、収縮期と拡張期で120~OmmHgの間を変動する心室内血圧が、動脈内では〔120~80〕mmHgに維持される。
中動脈、細動脈
分岐するにつれて動脈壁の〔弾性線維〕は減少し、中膜に〔平滑筋〕が増加する。中動脈と細動脈は〔筋性動脈〕ともいわれ、動脈壁平滑筋の緊張により血管の太さを変えることで〔血管抵抗〕の調節に働き、血流の分配や〔末梢血圧〕の保持に関与する。
静脈の構造と機能
末梢の毛細血管からの血液を心臓に戻す血管を〔静脈〕といい(図3-9b)、動脈に比べて平滑筋や弾性線維が少なく、壁は薄く〔弾力性〕に乏しい(図3-8c)。静脈は走向部位で浅在性静脈と〔深在性静脈〕とに分けられる。浅在性静脈は〔皮静脈〕とも呼ばれ、動脈と無関係に皮下を走り、互いに多くの〔吻合〕をもつ。これに対し、深在性静脈は一般に動脈に沿う〔伴行静脈〕で、上肢や下肢では1本の動脈に〔2〕本の伴行静脈がみられる。ただし、深部の静脈でも脳(〔硬膜静脈洞〕)や腹部内臓の静脈(〔肝門脈〕)は伴行を示さない。
静脈は動脈に比べて壁が薄く、全血液最の〔3/4〕が貯留している。静脈は血圧が低く血流速度も遅<、〔うっ滞〕を生じやすいため、静脈の多くには逆流防止のために〔静脈弁〕が備わり、特に〔重力〕の影響を受ける四肢の静脈で発達する。〔下肢静脈瘤〕は、静脈弁が機能不全に陥り、血液が〔逆流〕することで静脈壁の弾力が失われて拡張する疾患である。
なお、静脈血が心臓に還ることを〔静脈還流〕といい、通常は次のような働きを原動力としている。
・筋ポンプ(動脈の拍動や〔骨格筋〕の収縮による圧迫)
・心臓ポンプ(〔拡張期〕の心室による吸引作用)
・血圧勾配(静脈より圧の低い〔右心房圧〕への流れ)
・呼吸ポンプ(吸気時に増強する〔胸腔内陰圧〕)
血液循環の生理
門脈循環
門脈とは「〔肝門〕に入る静脈」で、胃、腸、脾臓、膵臓からの静脈血を受け、栄養分などを〔肝臓〕に送る血管である。肝臓に入った血液は、代謝を受けた後、肝静脈から〔下大静脈〕を経て心臓に還る(図3-10)。しかし、肝硬変などで肝臓の血流が障害されると、〔門脈循環〕が阻害され(門脈圧亢進症)、門脈に向かう静脈血の〔うっ滞〕を引き起こす。
胎児循環
胎児は、〔胎盤〕を通して母体から酸素や栄養を摂取し、〔老廃物〕を排泄する。すなわち、胎児にとっての胎盤は〔呼吸器〕・消化器・泌尿器の機能をもつ体外器官であり、〔胎児循環〕の要となっている。このため、胎児の血液循環には〔生後〕とは異なる特徴が備わっている。
胎児循環経路
胎盤から〔臍帯(へその緒)〕を通って胎児体内に入った新鮮血は、①〔臍静脈〕によって肝臓に向かうが、肝臓内には入らず、②肝臓下面の静脈管を通って〔下大静脈〕に注ぐ。下大静脈の血液は右心房に入るが〔右心室〕には向かわず、③心房中隔の〔卵円孔〕を通って左心房に入り、左心室から拍出される。
頭頚部や上肢を栄養して還流した静脈血は、〔上大静脈〕から右心房・右心室を経て肺動脈に注ぐが、〔肺呼吸〕していない胎児は肺血管抵抗が高く、血液は〔肺〕に到達せず、④動脈管(ボタロー管)によって〔大動脈弓〕へと注ぎ、新鮮血に混じる。
大動脈を下行して分配される混合血(新鮮血+静脈血)は、⑤〔内腸骨動脈〕から分かれる2本の臍動脈により〔胎盤〕に送られる(図3-11)。
なお、胎児循環における特徴的構造は出生後に〔閉鎖〕・退縮し、生後の血液循環路が形成される。
血圧
血液が血管壁に及ぼす圧力を〔血圧〕といい、血流を生じる原動力となっている。血圧は〔心拍動〕により、収縮期血圧と拡張期血圧の間で周期的に変動するが、末梢に向かうほど〔低下〕し、大動脈で平均lOOmmHg,毛細血管で30~lOmmHg、右心房に近い〔大静脈〕ではほぼOmmHgとなる。
血圧の変動要因
血圧は次の計算式によって求められる。
血圧=心拍出量x〔末梢血管抵抗〕
すなわち、心臓の収縮力、〔循環血液量〕、血管の容量などに影響されるほか、血管の〔弾力性〕、血液の粘稠性、血管作用物質などによっても変動する。
a)心臓の収縮カ
心臓には〔β1受容体〕があり、交感神経から放出された〔ノルアドレナリン〕が結合する。この結果、心筋細胞に〔カルシウムイオン〕が流入して〔脱分極〕を引き起こし、心収縮亢進により血圧が上昇する。また、副腎髄質ホルモン(〔アドレナリン〕)も心収縮促進に作用する。
b)循環血液量
血圧は、〔血液量〕が減少すると低下し、輸液などで増加すると上昇する。習慣的に塩分摂取量が多いと〔体液浸透圧〕が亢進し、さらに水分を摂取するため〔血圧上昇〕を起こす。
c)血管の容量
〔血管収縮〕による容量減少で血圧上昇が、〔拡張〕による容量増で血圧低下が起こる。血管収縮作用を示すアドレナリン、〔アンジオテンシン〕、血管内皮細胞から分泌される〔エンドセリン〕は血圧を上昇させる、血管拡張作用をもつ〔ヒスタミン〕は血圧を低下させる。また、皮膚・粘膜・内臓の血管は〔α1受容体〕が優位であるため、交感神経刺激によって収縮して血圧が上昇するが、骨格筋・心臓の血管は〔β2受容体〕が優位である。
血圧の調節機構
血圧は、心拍出量(心臓の収縮力)、循環血液量、〔末梢血管抵抗〕(血管容量)をもとに調節されているため、その異常は著しい〔血圧変動〕を起こす。
・心停止(心拍出=0)が起こると血圧は0になり、〔脈拍〕も触れなくなる。
・ショックやアナフィラキシーによる血管の〔過剰拡張〕で血圧が低下する。
・脱水や大量出血による〔循環血液量〕の減少で血圧が低下する。
・〔動脈硬化〕や血管収縮による血管容量の減少で血圧が上昇する。
・〔塩分〕の過剰摂取により体液(循環血液量)が増加すると高血圧を招く。
このような異常に陥らないよう、血圧調節には次の機構が働いている。
a)神経性調節機構(図3-12a)
①圧受容器
血圧の変動を感知する受容器で、頚動脈洞受容器や〔大動脈圧受容器〕がある。これらの受容器は、血圧上昇に伴う血管壁の伸展を感知して〔舌咽神経〕、迷走神経から〔延髄〕の血管運動中枢に情報を送り、〔副交感神経〕を刺激すると同時に交感神経を抑制して血圧を下げる。短時間で心拍や〔心拍出量〕、末梢血管抵抗に作用する。
②心肺受容器
右心房壁や肺静脈には〔心肺受容器〕があり、心房の収縮・拡張による静脈圧の変動を感知し、血管運動中枢を介して〔体液量調整〕に働く。
b)液性調節機構(図3-12b)
液性調節機構は〔ホルモン〕やオータコイド(局所ホルモン)による血圧調節システムで、末梢血管抵抗の増減に働くものと、〔循環血液量〕の変動に働くものとがある。これらの調節は〔数分~数時間〕にわたる作用を示す。
①末梢血管抵抗の増減に働く物質
血液中のアンジオテンシノゲンからアンジオテンシンI(AI)を経て生成される〔アンジオテンシンⅡ(AⅡ)〕、血管内皮細胞でつくられるエンドセリン、下垂体後葉から分泌される〔バソプレシン〕(抗利尿ホルモン;ADH*3),そして血小板で産生されるトロンボキサンA2は血管収縮作用をもち、〔血管抵抗増加〕に働く。また、アドレナリンやノルアドレナリンは〔心収縮促進〕による血圧上昇作用を示す。逆に、心房性ナトリウム利尿ペプチド(ANP)、血管内皮細胞でつくられる一酸化窒素、ヒスタミンなどは、〔末梢血管拡張〕により血圧降下作用を示す。
②循環血液量の変動に働く物質
腎血流が低下すると腎臓の糸球体傍細胞は〔レニン〕を分泌し、これが最終的に血中の〔AⅡ〕生成を促す。AⅡはそれ自体が〔血管収縮作用〕をもつが、同時に副腎皮質からの〔アルドステロン分泌〕を促す。アルドステロンは腎臓の遠位尿細管~集合管におけるナトリウムと水の〔再吸収〕を促進し、循環血液量を増加して血圧上昇に働く。
このほか、視床下部で生成され、下垂体後葉から分泌される〔ADH〕は腎臓における水の〔再吸収〕に働く(p.84参照)。そのため、ADHが不足すると尿量が著しく増加する。また、静脈還流量が増加すると心房から〔ANP〕が分泌され、腎臓の〔ナトリウム排泄〕が促進され、体液量が減少する。
(松村譲兒)