人体の構造と機能
人体の仕組み
ヒトは生物学的には〔多細胞生物〕であり、多くの細胞が集まって形成されている。つまり、ヒトの体は単なる細胞の集合体ではなく、互いに情報連絡を行いながら個体としての〔生命活動〕を営む組織的な細胞集団である。このため、人体はその構造が精密なだけではなく、生命活動がスムーズに行われるよう、〔身体機能〕や体内環境をコントロールするシステムを備えている。この点で、多数の細菌が集まった〔細菌叢〕とは全く異なる。どんなに多くの細菌(単細胞生物)が集まっても、そのままでは1つの〔個体〕をつくることはできないからである。ここでは、細胞が個体を形成するためにどのような〔連携システム〕(系統)が備わっているかを学習する。
人体の構成成分と階層
人体を構成する成分は、その機能や大きさを目安として、個体(人体)・〔器官〕・組織・細胞などに区分される。これらはすべて細胞が集まって〔組織〕をつくり、何種類かの組織が〔器官〕を形づくっている。さらに器官はその機能ごとに〔器官系〕(呼吸器系、消化器系など)を構成し、個体としての生物となる〔階層構造〕を示す(図1-1)。一方、細胞はさまざまな構造(細胞膜、細胞小器官、核など)でできており、いずれも物質としての最小単位である〔分子〕からなる。このように、体は〔細胞〕を中心にさまざまな大きさの構造で形成されているが、医学においては、分子レベルから〔個体〕までの各階層の構造と機能について理解しておく必要がある。
人体を構成する化学物質
人体の基本的構成単位は〔細胞〕であり、この細胞や細胞内構造はいくつかの〔化学物質〕でできている。つまり、体を細かく分けると〔分子〕(化学物質)に行き当たる。そして、体は大きく水、無機化合物と〔有機化合物〕に分けられる。
水
人体で最も多量に存在する物質は、体重の〔60〕%を占める水である。水にはさまざまな分子や〔イオン〕が溶け込むため、必要な物質を〔全身〕に運ぶのに適した性質を備えている。また、生体内の〔化学反応〕(生命活動)はすべて水中(体液中)で起こるので、生体が生きていく上で必要不可欠である。さらに、水は比熱が大きく〔温度変化〕を起こしにくいため、化学反応が起こる〔適正温度(体温)〕を維持しやすいという利点もある。すなわち、〔水〕は生命活動の環境維持;〔ホメオスタシス(恒常性)〕にとって重要な物質であるといえる(p.112参照)。
無機化合物
化学構造に炭素原子を含まない化合物を〔無機化合物〕という。金属元素(鉄、マグネシウムなど)、塩(塩化ナトリウム、塩化カルシウムなど)、〔酸〕(塩酸、リン酸など)、塩基などが含まれる。〔二酸化炭素〕や一酸化炭素などは炭素原子を含むが、〔構造〕が単純なため、無機化合物に含める。なお、定義上は〔水〕も無機化合物に属すが、ここでは独立して扱った。
有機化合物
炭素原子が骨格を構成する化合物を〔有機化合物〕という。生物に関係する物質を指し、水以外の〔生体内化合物〕の大部分が含まれる。〔炭素原子〕は共有結合しており、分子間力によって液体や〔固体〕となっているため、一般に〔沸点〕、融点は低い。生体内の代表的有機化合物には、三大栄養素である〔糖質〕、脂質、タンパク質に加え、〔核酸〕〔デオキシリボ核酸(DNA*1)、リボ核酸(RNA*2)〕やアデノシン三リン酸(ATP*3)などがある。有機化合物と無機化合物の比較表を示す(表1-1)。
三大栄養素
水は生命活動に必須の物質であるが、〔生命維持〕のためには、水のほかに、生命活動のエネルギー源となったり〔体を形づくる物質〕が必要である。いわゆる栄養分と呼ばれる物質で、中でも重要な糖質、〔脂質〕、タンパク質の3種を〔三大栄養素〕と呼ぶ(p.96参照)。
糖質
糖質は細胞の〔エネルギー源〕として使われる重要な物質で、その構造から単糖類、二糖類、〔多糖類〕に区分される。
a)単糖類
糖質のうちで最も〔小さく〕、〔加水分解〕によってこれ以上簡単にできない糖の分子である。摂取された糖質は最終的にこの形まで〔消化〕・分解される。ブドウ糖(グルコース)、果糖(フルクトース)、ガラクトースがあるが、エネルギー源として重要なのは〔ブドウ糖〕である。
b)二糖類
単糖類が〔2つ〕結合したものをいい、いわゆる砂糖である〔ショ糖〕(スクロース)や乳糖(ラクトース)が代表的である。
c)多糖類
多数の〔単糖類〕が結合したものをいい、代表的なものとしてデンプン、 〔グリコーゲン〕、セルロースなどがある。基本的には〔炭素〕、酸素、水素によって構成される化学物質であり、結合組織の〔細胞外基質〕の主成分であるヒアルロン酸も含まれる。なお、2~20個ほどの単糖類が結合してできるものは〔オリゴ糖〕と呼ばれる。
脂質
水になじまない(疎水性)有機化合物の総称で、中性脂肪(トリグリセライド:TG*4)、〔リン脂質〕、コレステロールなどがあるが、生体内では〔TG〕が最も多い。TGは、1分子のグリセリンと3分子の〔脂肪酸〕からなる物質で、〔細胞膜〕をつくるリン脂質は、TGの脂肪酸の1つが〔リン酸基〕で置き換えられたものである。食事で摂取する脂質の大部分は〔TG〕であり、糖質と並んで重要な〔エネルギー源〕として使われるほか、余剰分は肝臓や〔脂肪組織〕に貯えられる。このため、TGの値は〔食事〕により変動する。
タンパク質
タンパク質は、多数の〔アミノ酸〕が重合(鎖状に連結)してできる高分子化合物で、〔酵素〕、受容体、ホルモン、細胞内線維、コラーゲン、抗体などの形で生体のあらゆる場所に存在し、〔生命活動〕を支えている。タンパク質は、細胞内の〔リボソーム〕で20種類のアミノ酸の結合により合成されるが、結合するアミノ酸の順番と数は、細胞がもつ〔遺伝情報〕で決まっている。なお、分解されたり、不要になったアミノ酸の多くは〔アンモニア〕となり、肝臓において〔尿素〕に作り替えられた後、腎臓で尿中に排出される。
植物機能と動物機能
人体が営む〔生命活動〕(生理機能)は、2つのグループに大別される。一つは、〔呼吸〕、血液循環、消化・吸収、〔代謝〕、内分泌など生命維持にかかわる機能で、植物でもみられることから〔植物機能〕と呼ばれる。もう一つは、感覚や運動といった〔身体活動〕にあずかる動物特有の機能であり、〔動物機能〕と呼ばれる。
植物機能:生命維持にかかわる機能
植物機能とは、呼吸、循環、消化、〔排泄〕など生命維持にかかわるもので、無意識下で〔自律的〕に働く。植物機能を担う器官を〔内臓〕といい、呼吸器系(気管、肺など)、消化器系(消化管、肝臓、膵臓)、泌尿器系(腎臓膀脱)とこれらにエネルギーを運ぶ循環器系(心臓、血管)、種族の保存に働く生殖器系や身体防御の役割を担う〔免疫系〕、神経系とともに身体活動の調節にあずかる〔内分泌系〕などが含まれる。このうち、呼吸器系、〔消化器系〕、泌尿器系は外界と連絡し、外界との間で〔物質交換〕を行う。これらの器官系は、物質交換によって〔生命維持〕に働く役目を担っており、ほかの内臓と比べて大量の〔血流〕を受ける。
呼吸器系
生命活動の基盤は〔細胞〕の活動であり、細胞内における酸素を用いた〔エネルギー生成〕に依存している。呼吸器系はその酸素確保に働く器官系であり、外気中の〔酸素〕を取り込み、〔血液循環〕を介して全身組織に供給する役割を担う。呼吸器系は、鼻腔に始まる気道(喉頭、〔気管〕、気管支)と、血液との間で〔ガス交換〕を行う呼吸部(肺)から構成される。外界の空気は〔呼吸運動〕によって肺に送られ、〔肺胞〕とこれを取り囲む毛細血管との間で酸素と二酸化炭素のガス交換が起こる。なお、気道の途中には発声器官である〔喉頭〕が位置する(図1-2a)。
消化器系
消化器系は〔エネルギー源〕の摂取に働く器官系で、口から肛門に至る〔消化管〕と、唾液腺、肝臓、膵臓などの〔消化腺〕からなる。消化器系が担う消化・吸収は主に〔小腸〕で行われる。吸収された栄養は〔肝臓〕へと送られ、〔細胞〕が利用可能なエネルギー源に代謝される。〔肝臓〕には心拍出量の約25%の血液が注ぎ、活発な代謝により〔熱〕が産生されるため「人体で最も熱い臓器」と呼ばれる(図1-2b)。
泌尿器系
生命活動の本態は「全身組織における〔代謝〕」であり、その過程では必要物質のほか〔老廃物〕や有害物質も生成される。不要な物質は、栄養分と同様、〔血液循環〕を介して輸送され、種々の器官で体外に排泄される。一部は〔呼気〕により肺から放出されるが、その他窒素代謝物は泌尿器系で〔尿〕として排泄される。
泌尿器系は、血液を濾過して尿をつくる〔腎臓〕と、尿を体外に排出する〔尿路〕からなる。腎臓は血液から不要な〔電解質〕や窒素代謝物を取り出し、水と一緒に排泄することで、〔体液の組成〕を一定に保つ役割を担っている(図1-2c)。
生殖器系
ヒトの一生は、両親の生殖器でつくられた配偶子が合体してできる〔受精卵〕に始まる。〔精子〕と卵子には親のもつ〔遺伝情報〕の半分が備わっている。
生殖器系は子孫を残すための器官系で、男女で異なる構造や〔生理機能〕をもつ。男性生殖器は、精子をつくる〔精巣〕とその通路である精管、そして分泌腺である精嚢と〔前立腺〕から構成される。一方、女性生殖器は卵子をつくる〔卵巣〕と、妊娠から分娩まで胎児を保護するための卵管、〔子宮〕、腟などからなる。また、精巣や卵巣は内分泌器官でもあり、それぞれ〔性ホルモン〕を分泌する(図1-2d)。
免疫系
感染や腫瘍などの侵襲に対する〔防御〕に働くシステムで、〔リンパ組織〕や血液、間質液に含まれるリンパ球、顆粒球、〔マクロファージ〕などの免疫細胞が中心的役割を果たす。免疫細胞は〔骨髄〕で生成され、胸腺や〔リンパ節〕で成熟してそれぞれの機能を獲得する。免疫細胞には、がん細胞などを直接攻撃するタイプ、〔異物〕の情報をほかの免疫細胞に伝えるタイプ、〔抗体〕を産生するタイプなどがある。
外界から酸素や栄養を吸収する呼吸器系や消化器系では、細菌などの外来異物も侵入しやすいため、気道や〔消化管粘膜〕には異物の侵入を防ぐための〔リンパ組織〕が備わる。また。〔間質液〕の回収にあずかるリンパ管の途中にもリンパ組織(リンパ節)がみられる。リンパ節は〔リンパ管〕に侵入した異物が全身に広がるのを防いでいる(図1-2e)。
循環器系
全身の器官や〔末梢組織〕の間を連絡し、体熱や各種物質(酸素、栄養分、老廃物、ホルモンなど)を輸送するシステムを〔循環器系〕といい、血液が流れる〔心血管系〕とリンパ液が流れるリンパ管系とに区分される。心血管系は、血液を拍出する心臓とその通路である血管からなり、血管は心臓からの血液が通る〔動脈〕と、心臓に還る血液が通る〔静脈〕、そして動脈と静脈をつなぐ〔毛細血管〕に区分される。一方、リンパ管系は、毛細血管に吸収されなかった間質液を回収して〔静脈〕に送り込む経路であり、間質液の回収が適正に行われないと、細胞間質に間質液が貯留して〔浮腫〕を生じる(図1-2f)。
動物機能:身体運動と調節にかかわる機能
温度覚、〔触覚〕、圧覚、痛覚などの意識にのぼる感覚や身体運動のシステムのことをいい、動物に特有にみられる機能であることから〔動物機能〕という。動物機能の中心的役割を担うのは、皮膚感覚や骨格筋収縮を支配する〔神経系〕で、脳と脊髄からなる〔中枢神経系〕と、そこから全身に広がる〔末梢神経系〕とに区分される(図1-3a)。
中枢神経系
頭蓋腔内にある脳と脊柱管内の〔脊髄〕からなる。感覚神経からの情報を解析し、適切な運動指令に変えて〔運動神経〕から送り出す役割を担う。特に〔脳〕は複雑な情報処理を行っており、部位ごとに機能が細かく分かれているほか、認識、判断、〔記憶〕、情操などのいわゆる高次機能にも働いている。一方、脊髄には、中枢神経系と〔末梢神経系〕との連絡路や末梢神経どうしの連絡部があり、感覚情報や指令を伝える神経路として働くほか、〔脊髄反射〕と呼ばれる情報処理も行っている。
末梢神経系
脳および脊髄に出入りする〔ニューロン〕の束をまとめて末梢神経といい、頭蓋の孔から出入りする〔脳神経〕と、脊柱の椎間孔を通る〔脊髄神経〕からなる。これらの末梢神経を構成するニューロンには、信号を脳に伝える〔感覚神経〕と末梢に送る〔運動神経〕がある。皮膚や腱、関節などで感じとられた感覚情報(温度覚、触覚、圧覚、痛覚など)は、〔感覚神経〕によって中枢神経系に伝えられ、骨格筋収縮の指令は〔運動神経〕によって末梢へと送られる。
運動器系(骨格系、筋系)
骨は、体を支えたり〔内臓〕を保護したりする骨格をつくるほか、〔関節運動〕としての役割をもつ。また、骨には約1kgの〔カルシウム〕が含まれており全身の細胞で利用されるカルシウムを貯蔵している。一方、骨格筋は脳から運動神経によって送られる指令によって〔収縮〕し、付着している骨を動かすことで〔関節運動〕を起こす。これにより〔上肢〕は物をつかんだり、字を書いたりする動作を、〔下肢〕は体を支えたりや歩行運動をする(図1-3b)。
生命維持活動とホメオスタシス
生命維持活動
生物が個体レベル、種族レベルで生存する条件を満たすための働きを〔生命維持活動〕といい、以下のような機能によって営まれる。
①エネルギー生成のための〔代謝〕
②〔老廃物〕や不要物の排泄
③環境変化に対する反応
④身体活動や内臓機能における筋の運動
⑤細胞の増殖・分化による〔成長〕と成熟
⑥子孫の生産にかかわる生殖
生存のための条件として、栄養素・酸素・水の供給や〔体温維持〕などがある。栄養素や酸素によって生成されたエネルギーや必要物質は、〔体液〕を介して全身に運ばれ、〔代謝〕によって生じた不要物や老廃物は体液によって〔排泄器官〕へと送られる。また、代謝や身体活動が円滑に行われるためには、〔体温〕が適正範囲に維持される必要があり、ヒトでは生成エネルギーの〔80〕%以上が体熱産生に費やされている。
一方で、安静時でも心拍動や〔呼吸運動〕は活動しており、エネルギーを消費している。このような生命維持活動に最低限必要なエネルギー量を〔基礎代謝量〕という。成人(20~40歳)の基礎代謝量は、男性で〔1,500〕kcal/日、女性で1,200kcal/日ほどである。
ホメオスタシス
個体がその生命を維持するためには、〔体内環境〕を調節してすべての〔細胞〕や組織がスムーズに活動できる状況を保つ必要がある。この体内環境の恒常性を〔ホメオスタシス〕といい、環境に影饗する因子が作用した際にこれを相殺する反応を起こす。
ホメオスタシスには、全身の器官系のうち、特に神経系、〔内分泌系〕、免疫系が重要な役割を担う。すなわち、これらの器官系は〔神経伝達物質〕、ホルモン、サイトカインなどの情報伝達物質を介して連携しており、体温や〔血圧〕の調節・維持、体内の水分出納、体液の〔浸透圧〕やpH調節、創傷治癒機構、〔感染防御〕や異物排除などに働いて体内環境を正常に保つ働きを示す(p.100参照)。
このため、何らかの原因でこれらの器官系のいずれかに〔機能障害〕が生じると、体内環境変化に対応できない状態を起こす(〔ホメオスタシス〕の破綻)。例えば神経系に障害がある場合には疾病で生じる症状を知覚できず、内分泌系に障害がある場合には血圧や〔体液調節異常〕によって体内環境の〔過剰変動〕が起こる。これらのホメオスタシスを破綻させる原因としては、高温・寒冷・放射線などの〔物理的因子〕、毒物などの化学的因子、細菌・ウイルスといった生物学的因子に加え、〔遺伝的要因〕や栄養障害、酸素欠乏そして老化などがあげられる。
(松村譲兒)
人体の外観と区分
日常生活でも「頭が痛い」、「肩が凝る」などというように、人体の各部にはそれぞれ慣用名称がある。医学領域では、身体所見の表記に際して〔領域〕を正確に示す必要があるため、人体各部の名称は定義に基づいて用いられる。ここでは、人体の〔区分〕と各領域の名称を理解することで、人体の構造や医療に際しての表記法を学習する。
人体各部の名称
外観上、人体は頭頚部、〔体幹〕、体肢の3領域に区分される。頭頚部はさらに頭(狭義の頭+顔)と頚(項を含む)、体幹は上半部の胸部、背部と下半部の腹部、〔腰部〕、そして体肢は上肢(肩、上腕、肘、前腕手)と〔下肢〕(殿部、大腿、膝、下腿、足)とに区分される(図1-4)。
人体の位置の表記
医学領域において、人体について表記する場合には、一定の決まりがある。あいまいな表記は誤解を生みやすく、〔医療過誤〕を生じる危険がある。
〔直立位〕で手掌を前に向けた状態を解剖学的正位といい、人体の位置表記の基準とされる。よく用いられる上・下(頭側・尾側)、前・後(〔腹側〕・背側)なども〔解剖学的正位〕が基本であり、患者が仰向け(医学領域では背臥位・〔仰臥位〕)や腹ばい(腹臥位)でも変わらない。また、人体各部を左右等量に分ける割断面を〔正中面〕(矢状面)といい、正中に近い側を内側、遠い側を外側という。なお、空間の内部と外部は「内・外」で表記される。そのほか、〔水平面〕、冠状面がある(図1-5)。
(松村譲兒)
細胞
人体を構成する細胞(体細胞)は成人で〔60兆〕個といわれ、おおまかに分類しても〔200〕種類に及ぶ。しかしながら、その始まりはたった1個の細胞(受精卵)であり、人体が営む多くの複雑な働きもその起源は「卵子と精子の出会い」、すなわち〔受精〕にまでさかのぼることができる。
1個の受精卵は体を構成するすべての細胞に〔分化〕する能力を備えた全能性細胞であり、子宮内で細胞分裂を繰り返すことで〔胚子〕(受精8週以前)、そして〔胎児〕(受精9週~出産)へと発育する。すなわち、受精卵は最初の〔体細胞〕であり、人体を構成するすべての細胞の〔母細胞〕である。ここでは、細胞の基本的な構造を中心に、生物の構成単位としての役割を学習する。
体細胞と生殖細胞
受精卵が〔分裂〕を繰り返すにつれ、それぞれ役割の異なる〔体細胞〕に変化する。この変化を〔分化〕という。分化が進んだ体細胞は一定の役割ごとに集まって〔組織〕を形成し、さらに何種類かの組織が集まることで独立した形態と機能をもつ〔器官〕をつくる。例えば胃は1つの器官であるが、その壁は〔粘膜〕、筋層、外膜(漿膜)という3種類の組織で構成されており、それぞれの組織は粘膜上皮細胞、〔平滑筋細胞〕、外膜の上皮細胞などによってできている。このように、分化した〔体細胞〕は必要に応じて集合し、互いに連携して体をつくりあげる。
人体を構成する体細胞に対して遺伝情報を次の世代に伝える細胞を〔生殖細胞〕(配偶子)といい、精子や〔卵子〕がこれに相当する。通常、細胞核には遺伝情報を含む〔染色体〕があり、ヒトの体細胞は〔46〕本の染色体をもつが、配偶子の染色体は体細胞の〔半分(23本)〕である。これは、精子と卵子が融合して〔受精卵〕を形成するためで、両親から半分ずつの〔遺伝情報〕を受け取って1個の体細胞となる仕組みである。
細胞分裂
受精卵に始まる体細胞の分裂様式を〔体細胞分裂〕といい、1個の母細胞から同じ染色体(遺伝子)をもつ2個の〔娘細胞〕ができる。体細胞分裂は〔核分裂〕と細胞質分裂の2段階からなる。核分裂で染色体が〔複製〕されて2倍になり、その後に〔細胞質〕が分裂するため娘細胞は母細胞と同じ染色体を与えられる
これに対し、生殖細胞が配偶子になる過程の分裂様式を〔減数分裂〕といい、1個の細胞から染色体が〔半数〕の細胞が形成される(図1-6)。
細胞の構造
人体を構成する細胞は、さまざまな役割から多様な大きさと〔形状〕を示す。主に直径10μm前後であるが、〔卵子〕では約200μmもの直径をもち、ニューロンには長さ1mに及ぶ〔神経突起〕をもつものもある。また、その形もさまざまで、多くの細胞はほぼ〔球形〕であるが、表皮の扁平上皮細胞や細長い骨格筋細胞、あるいは円盤形の〔赤血球〕のように独特の形を示すものも多い。
細胞は脂質を主体とする〔細胞膜〕で包まれた袋構造を示す。細胞膜は細胞内外を隔てる生体膜で、細胞内には、遺伝情報を備える〔核〕と周囲の〔細胞質〕が含まれる。核は生命活動に必要な物質の〔合成〕や次世代に伝える遺伝情報の保管と伝達に働く構造で、その形状は細胞の種類によって異なる。また、細胞質内には、種々の生命活動に働く〔細胞小器官〕がみられる。
細胞膜
細胞膜は二重層の〔リン脂質〕によって構成されている。リン脂質には水となじみやすい〔親水性〕と、水となじまない〔疎水性〕の部分があり、細胞膜では〔疎水性〕の部分を中に挟んで並ぶ二重の層をつくる(図1-7)。
リン脂質の親水性部分は、外表面では〔細胞外液〕、内表面では〔細胞内液〕に触れている。このため、脂になじむ脂質や、水にも油にも溶けやすい〔非極性分子〕(酸素や二酸化炭素など)は、中層の脂質部分を通って透過できるが、油に不溶の〔極性分子〕(イオンやグルコースなど)は細胞膜を透過しない。細胞膜のこの性質を〔選択的透過性〕といい、細胞内外の環境を一定に保つのに役立つ。
細胞膜のリン脂質には浮島状に散在する〔細胞膜夕ンパク質〕が認められる。細胞膜タンパク質には、細胞膜表面に局在する〔表在性タンパク質〕と、膜内部からの全層にわたって位置する〔内在性タンパク質〕がある。内在性タンパク質のうち、リン脂質二重層を貫通しているものを〔膜貫通タンパク質〕といい、細胞膜通過物質の輸送担体(トランスポーター)・〔受容体(レセプター)〕あるいは酵素としての役割をもつ。
核
核の内部構造と役割
通常1個の細胞には1個の〔核〕がある。核の表面は内・外2葉の〔核膜〕でおおわれ、外膜は細胞質内の〔小胞体〕と連絡する。核膜には、ところどころに〔核膜孔〕がみられ、核内と細胞質との間で〔リボ核酸(RNA)〕やタンパク質を輸送する経路となっている。一方、核の中には網状構造を示す球形の〔核小体〕と、遺伝情報を含む〔染色質〕が含まれる。核小体はタンパク質合成にあずかる〔細胞小器官リボソーム〕を生成する部位とされ、通常核内に1~数個認められる。
染色質には、遺伝情報が〔デオキシリボ核酸(DNA)〕の形で貯えられている。染色質内のDNAは〔ヒストン〕というタンパク質と結合し、通常は散在していてその姿は認められないが、〔細胞分裂時〕には凝縮し、染色質が棒状の塊を形成するため〔染色体〕となって明瞭に区別できるようになる。DNAは糖(デオキシリボース)、リン酸4種類の塩基〔アデニン(A)、グアニン(G)、チミン(T)、シトシン(C)〕からなる〔ヌクレオチド構造〕で、通常2本の〔DNA〕が対になって結合し、ねじれた梯子のような〔二重らせん構造〕を呈する(図1-8)。
染色体と遺伝子
ヒトの染色体は23対〔46〕本ある。男女共通の22対44本の染色体を〔常染色体〕といい、大きさの順に1~22の番号が付されている。各組とも父由来と母由来の染色体のペアで〔相同染色体〕と呼ばれ、ほとんど同じ塩基配列を示す。これに対し、男女で異なる1対2本のものを〔性染色体〕といい、大きな〔X染色体〕と小さなY染色体からなる。これらの染色体が対をなすのは、受精時に精子と卵子から半分ずつ〔染色体〕を受け取るためである。
各染色体は1本の長い〔DNA〕でできており、遺伝子を含む1個の細胞がもつ染色体には、生命活動に必要な2セットの遺伝子が備わっており、このセットを〔ゲノム〕と呼ぶ。つまり、染色体上のすべての〔遺伝子〕を併せてゲノムという。1セットのゲノムをつくるDNAをつなぐとその長さは約〔1m〕に達する(「医薬品情報」図5-1参照)。
〔遺伝子〕とは同種の生物がもつ基本的形質を親から子に伝えるための設計図にあたる物質であり、その具体的な役割は「細胞がタンパク質を合成する際に〔アミノ酸〕の配列を指定する」ことである。特に、〔相同染色体〕の同じ位置にある遺伝子は同じ形質に対する遺伝情報を有するため、〔対立遺伝子〕と呼ばれる。対立遺伝子は同じ〔タンパク質〕の合成にかかわる設計図であるが、その〔塩基配列〕は微妙に異なり、どちらの設計図(遺伝子)が採用されるかで発現する形質が異なる。対立遺伝子の一方にあれば発現する形質を〔優性(顕性)〕、両方になければ発現しない形質を〔劣性(潜性)〕という。
細胞小器官
細胞を形づくっている内容のうち、核を除いた残りの部分を〔細胞質〕といい、さまざまな役割をもつ各種の〔細胞小器官〕と細胞の形の保持などに働く細胞骨格が認められる。代表的な細胞小器官には以下のようなものがある(図1-9).
小胞体
扁平状、小管状、小胞状などの〔袋状構造〕で、互いに連絡しながら細胞質内に広がる形態上の特徴から、表面に多数のリボソームが付着した〔粗面小胞体〕と、リボソームをもたない〔滑面小胞体〕に分類される。
a)粗面小胞体
〔タンパク質〕の合成にあずかる小器官で、表面には〔リボソーム〕が付着する。リボソームではタンパク質が合成されるため、消化酵素を分泌する胃底腺の〔主細胞〕やコラーゲンを生成する線維芽細胞、抗体を産生する〔形質細胞〕などで発達する。
b)滑面小胞体
細胞膜のリン脂質やコレステロールなどの〔脂質合成〕を担う小胞体である。細胞によっては特化した機能を示し、副腎皮質細胞では〔ステロイドホルモン〕を合成する酵素、肝細胞ではある種の毒物の〔解毒〕に働く酵素を含む。また、筋細胞の小胞体は〔カルシウムイオン〕を貯蔵し、その放出を調節することで〔筋収縮〕に関与する。
リボソーム
直径20~30nm(1nm=10-6mm=10-9m)の顆粒状小器官で、粗面小胞体に付着する〔付着リボソーム〕と、細胞質内で遊離している〔遊離リボソーム〕とがある。核から遺伝情報を運んできた〔RNA〕を鋳型としてタンパク質を合成する。おおまかにいえば、粗面小胞体では〔細胞膜タンパク質〕や分泌タンパク質の合成が行われ、遊離リボソームでは細胞質内で使われる〔タンパク質〕が生成される。
ゴルジ装置
何層にも重なった扁平な〔嚢状構造〕と、これに付随する〔小胞〕からなる複合体で、核周囲領域に認められる。粗面小胞体で生成されたタンパク質に〔糖〕を付け加え、細胞表面に輸送する役割を担う。
中心小体
核の近傍に位置する1対の〔中心子〕からなる。中心子は3本1組の〔微小管〕が9組集まってできた短い円筒構造を示す。細胞分裂時には細胞の両極に分かれ、微小管がつくる〔紡錘糸〕によって染色体を引き寄せることで染色体分離に重要な役割を担う。
ミトコンドリア
径0.5~lμmの球形~糸状の小器官で、電子顕微鏡で見ると二重の膜(内・外膜)でできた〔袋状構造〕を示し、内部には内膜がつくるヒダ(〔クリスタ〕)がみられる。ミトコンドリアには糖や〔脂肪〕を分解する酵素が含まれ、〔クエン酸回路(TCA*5回路)〕や電子伝達系によって細胞エネルギーである〔アデノシン三リン酸(ATP)〕を産生する(p.96参照)。なお、ミトコンドリアがもつ独自の〔DNA(mtDNA*6)〕は、すべて母親のミトコンドリアから受け継がれる。受精時、精子のミトコンドリアは〔卵子〕に進入できないため、父親のmtDNAが子に受け継がれることはない。
リソソーム
球形の小体として認められる細胞小器官で、中に〔高分子物質〕を加水分解する酵素を含むことから〔水解小体〕とも呼ばれる。生体膜に包まれており、細胞内の〔老廃物〕や取り込まれた異物を分解・処理する〔細胞内消化〕に働く。このため、食作用をもつ〔マクロファージ〕では特に発達している。
タンパク質合成
タンパク質は最も主要な生体構成物質で、酵素や〔ホルモン〕など、生命活動において重要な役割を担う。その合成は細胞に与えられた基本的な役割とされ、細胞核内の〔ゲノム〕すなわち遺伝子によって規定されている。タンパク質は細胞核内にある遺伝子をもとに合成されるが、その際、〔アミノ酸〕の配列を決定する設計図となるのが遺伝子を構成するDNAの〔塩基配列〕である。
タンパク質合成の「場」は〔リボソーム〕であるが、ここに至るまでに〔転写〕と翻訳の過程を経る。まず、細胞核に含まれる遺伝子(DNA)の〔塩基配列〕がコピー(転写)され、不要部分が切り取られて必要な部分だけが情報として、〔メッセンジャーRNA(mRNA*7)〕の形で細胞質に送られる。mRNAには遺伝子から転写された〔塩基配列〕が記されており、リボソームではこれを翻訳して〔アミノ酸配列〕が決定され、これに基づいて〔タンパク質〕が合成される(図1-10)。
(松村譲兒)
組織と器官
人体を会社に例えると、器官系(消化器系、呼吸器系など)は部局(総務部、営業部、人事部など)に、器官(心臓、肝臓、腎臓など)は各課(秘書課、経理課など)に相当する。さらに、器官を構成する〔組織〕(筋組織、骨組織など)は、会社でいう「係」に相当し、各組織には役割分担された〔細胞〕(社員)が配されている。すなわち、細胞は「個体を構成する〔最小単位〕」である。
器官の分類:臓性部と体性部
一般に〔臓性部〕(内臓)と呼ばれる器官群は、体腔すなわち〔胸腔〕、腹腔、骨盤腔に納まっており、この体腔を囲む壁をなす器官群を〔体性部〕(脳、神経、骨、骨格筋)という。これら体性部および臓性部を支配する神経を、それぞれ〔体性神経系〕、臓性神経系と呼ぶが、機能的には体性神経系は「外界への対応に働く神経」であり、〔臓性神経系〕は「人体内部の調節に働く神経」を意味する。ただし、内臓と体壁とは場所によって完全に分けられるものではなく、体壁にあっても立毛筋や〔血管〕は内臓に分類される。
器官をつくる組織
人体には、心臓・肺・肝臓・骨・筋などのように、〔肉眼〕で確認できる形をもち、体の構成部品に相当する〔器官〕が数多くある。これらの器官は、臓性部にあるか体性部にあるかにかかわらず、いずれも何種類かの〔組織〕によって構成される。通常、組織は上皮組織、〔支持組織〕、筋組織、神経組織の4種類に分類され、それぞれ特徴的な構造を有するが、基本的には細胞と〔細胞間質〕によって構成される(図1-11)。
上皮組織
〔体表面〕や管腔臓器内膜および体腔内面をおおう組織をいう。上皮組織では、細胞がシートのように並ぶほか、〔腺上皮〕と呼ばれる分泌細胞もみられ、単独で存在する杯細胞や集まって〔分泌腺〕を形成するものもある。通常、上皮組織は細胞の配列と形状から、〔単層扁平上皮〕、重層扁平上皮、単層立方上皮、単層円柱上皮、多列円柱線毛上皮、移行上皮に分類される(図1-12)。
支持組織
隣り合う〔組織〕を連結したり、器官や体を支えたりする組織をいい、〔結合組織〕、軟骨組織、骨組織、血液などに分類される。ほかの組織に比べて細胞間質と〔線維〕に富み、その性状が組織の物理的な性質(硬さ、弾力性など)に反映される。例えば、血液では液状の細胞間質をもつが、〔軟骨組織〕ではゲル状、〔骨組織〕では固体である。また、腱などは豊富な線維をもつが、〔細胞間質〕は比較的少ない。
結合組織
線維を産生する〔線維芽細胞〕を主体とする組織で全身に存在する。線維芽細胞に加え、アレルギーに関連するヒスタミンを遊離する〔肥満細胞〕や、免疫細胞である〔マクロファージ〕なども含まれる。
軟骨組織
2~3個ずつ軟骨小腔に納まった〔軟骨細胞〕と、ムコ多糖に富むゲル状基質と〔Ⅱ型コラーゲン線維〕により弾力性を示す細胞間質からなる。軟骨は血管分布のない無血管組織であるため、損傷すると〔修復困難〕である。
(松村譲兒)