薬物作用に関する基礎知識

薬物作用の分類

 薬物は生体内で何らかの分子に作用して生体の機能を〔修飾〕し、〔治療効果〕を発揮する。薬物療法はその〔目的〕により分類される。薬物が生体に及ぼす作用を〔薬理作用〕といい、薬理作用はその作用形式や、〔作用発現〕の時間経過や範囲などの〔作用特性〕により分類される。

薬物療法の種類

原因療法

 疾患の〔原因〕となっているものを治したり、取り除いたりする治療が〔原因療法〕である。例えば、抗菌薬による〔感染症〕の治療は病原菌そのものを殺菌するため、〔原因療法〕に該当する。本態性高血圧のように疾患の〔原因〕が特定できていない場合は、原因療法は〔困難〕である。

対症療法

 疾患の原因を取り除くのではなく、疾患がもたらす症状や苦痛を〔軽減〕する治療が〔対症療法〕である。いわゆる「〔かぜ薬〕」による治療が対症療法に該当する。例えば発熱には〔解熱鎮痛薬〕、くしゃみには〔抗ヒスタミン薬〕を投与して、これらの症状を緩和・軽減するが、解熱鎮痛薬や抗ヒスタミン薬はかぜの原因である〔ウイルス〕に直接作用しているわけではない。

予防療法

 疾患の〔発症〕を防いだり、発症した際の症状を〔軽減〕したりするために、あらかじめ行うのが〔予防療法〕である。例えば、〔インフルエンザワクチン〕を投与することにより、インフルエンザにかかりにくくなったり、かかったときに症状が軽減されたりする。また、〔抗アレルギー薬〕をあらかじめ服用することにより、花粉症の症状が軽減される。

補充療法

 生体の〔機能〕を保つために必要な〔ホルモン〕、ビタミン、ミネラルなどの物質が不足して起こる疾患に対して、その物質を補うのが〔補充療法〕である。例えば、インスリン作用不足による糖尿病には、〔インスリン製剤〕を投与する。甲状腺機能低下症には、〔甲状腺ホルモン製剤〕を投与する。閉経による更年期障害の症状が強い場合には、〔女性ホルモン〕を補うことで症状が軽減される。

薬物の作用形式

促進作用と抑制作用

 臓器、組織、細胞などの〔生理機能〕を亢進させる薬物の作用を〔促進(興奮)作用〕という。例えば、アドレナリンによる心拍数の〔増加〕、カフェインによる中枢神経の〔興奮〕などは促進作用である。生理機能を弱める薬物の作用を〔抑制作用〕という。例えば、アセチルコリンによる心拍数の〔低下〕、モルヒネによる腸管運動や〔呼吸〕の抑制などは抑制作用である。

選択的作用と非選択的作用

 〔特定〕の細胞、組織、臓器などで〔選択的〕に現れる薬物の作用を選択的作用という。薬物に対する〔感受性〕が特定の細胞で高いことや、薬物が特定の組織に集中して〔分布〕することにより〔選択的作用〕が現れる。特定の〔受容体〕、酵素などに作用する薬物は、それを有する細胞、組織に対して〔選択的作用〕を示す。例えば、抗菌薬は細菌に選択的に作用して〔殺菌作用〕を示す。また、ジギタリス製剤は〔心筋〕に作用して収縮力を増大させるが、骨格筋の収縮力には〔影響しない〕。

 これに対して、細胞、〔組織〕、臓器を問わずに現れる薬物の作用を〔非選択的(一般)作用〕という。例えば、消毒薬の作用や〔全身麻酔薬〕の作用は非選択的作用である。

 「選択的」と似た意味の用語に「特異的」がある。選択性が強い場合、すなわち、分子レベルでの作用のように〔特定の部位〕にのみ作用が現れ、ほかには〔影響〕を及ぼさない場合に「〔特異的〕」と表現する。

主作用と副作用

 薬物の作用のうち、〔治療目的〕または医薬品の使用目的に合致した作用を〔主作用〕、それ以外の作用を〔副作用〕という。同一の薬物が2つ以上の治療目的に利用される場合、〔治療目的〕により主作用と副作用は入れ替わる。例えば、抗ヒスタミン薬の中枢抑制作用による〔眠気〕は、アレルギーやかぜの症状の治療に用いる場合には〔副作用〕となるが、睡眠改善薬として用いる場合には〔主作用〕となる。ただし、一般に副作用という言葉は〔好ましくない作用〕という意味を込めて使われることが多い。

中枢作用と末梢作用

 中枢作用とは薬物が〔中枢神経系〕(脳や脊髄)に移行して発現する作用であり、末梢作用とは〔それ以外〕の作用である。カフェインによる中枢神経の〔興奮作用〕は中枢作用、心筋収縮力増大作用は〔末梢作用〕である。

薬物の作用特性

直接作用と間接作用

 直接(一次)作用とは、薬物が〔標的細胞〕や臓器に作用して、その機能を変化させる作用である。間接(二次)作用とは、直接作用の結果、〔ほかの臓器〕に影響が及んで発現する作用である。例えば、ジギタリス製剤の心筋に作用して〔収縮力〕を増大させる強心作用は〔直接作用〕であり、その結果として腎臓に流入する血液量が増えて〔尿量〕が増える利尿作用は〔間接作用〕である。

速効性作用と遅効性作用

 速効性作用とは薬物投与後、〔直ちに〕効果が現れる作用である。目安として作用発現までに注射剤では数分から〔30分〕程度、経口薬では〔1時間〕程度の時間がかかる。〔遅効性作用〕とは効果が現れるのに時間がかかる作用である。作用発現までに数時間ないし〔数日〕を要する。

急性作用と慢性作用

 急性作用とは薬物の〔単回投与後〕に現れる作用であり、慢性作用とは何回か〔反復投与〕された後に現れる作用である。抗不整脈薬のアミオダロン塩酸塩には急性作用と慢性作用の〔両方〕があり、異なる〔作用機序〕を介しているとされている。

一過性作用と持続性作用

 一過性作用とは持続時間が〔短い〕薬物の作用である。例えば、アドレナリンの〔血圧上昇作用〕やアスピリンの解熱鎮痛作用は〔一過性作用〕である。持続性作用とは〔長時間〕続く薬物の作用である。アスピリンを抗血小板薬として用いる場合の血小板凝集抑制作用は〔持続性作用〕である。

 一般に、〔速効性〕の薬物は一過性作用を示し、〔遅効性〕の薬物は持続性作用を示すことが多い。〔製剤的工夫〕によって作用持続時間の短い薬物に〔持統性作用〕を発揮させることも可能である。インスリン製剤などでは、速効性かつ〔一過性〕の作用のものから〔遅効性〕かつ持続性の作用のものまで存在し、〔目的〕に応じて使い分けられている。

全身作用と局所作用

 薬物が〔適用部位〕から吸収され、〔循環系〕を介して全身に分布し現れる作用を〔全身作用〕、適用部位に限局して現れる作用を〔局所作用〕という。アミノグリコシド系抗菌薬は、〔経口投与〕しても吸収されないため、消化管内にとどまってそこで〔局所的〕な抗菌作用を示すが、全身的な感染症には〔無効〕である。しかし、注射により〔静脈内投与〕すると、血液中に分布して〔全身〕で抗菌作用を発揮する。

(田中光)

薬物作用のメカニズム

 生体内では〔ホメオスタシス(恒常性)〕を保つために神経伝達物質やホルモンなどの〔生理活性物質〕が働いており、これらは〔受容体(レセプター)〕と呼ばれる細胞の特定の部位に結合して作用を発揮する。一方、生体に投与された薬物が〔薬理作用〕を現すために結合する部位を〔作用部位〕または作用点という。薬物の作用部位は生理活性物質の〔受容体〕そのものである場合が多いが、それ以外に酵素、〔イオンチャネル〕、トランスポーターなどが作用点となる場合がある。薬物の作用部位での〔作用機序〕を理解することで、より〔有効〕で安全な薬物治療を実現するとともに、より優れた薬物を〔開発〕することが可能となる。

生理活性物質

 生物の体内では体温、血圧、〔体液〕の組成といった細胞をとりまく環境(内部環境)が〔一定〕に保たれており、これを生体の〔ホメオスタシス〕と呼ぶ。〔生理活性物質〕は生体のホメオスタシスを保ち、細胞や臓器が〔本来の機能〕を現すための調節を行う内在性物質で、〔神経伝達物質〕、ホルモン、オータコイドなどがある(図3-1)。

 

 

 

 神経伝達物質は〔神経終末〕から遊離され、標的細胞・臓器の〔機能〕を調節する。代表的な神経伝達物質としてはアセチルコリン、〔ノルアドレナリン〕、ドパミンなどがある。ホルモンは〔内分泌腺〕から分泌され、〔血液〕の流れにのって離れた〔臓器〕に到達し、その機能を調節する。代表的なホルモンとしては副腎皮質から分泌されるコルチゾールや〔アルドステロン〕、男性ホルモンの〔テストステロン〕や女性ホルモンのエストラジオールなどがある。〔オータコイド〕は局所の細胞で産生・分泌され、〔分泌した細胞〕自身を含めて周囲の細胞や臓器の機能を調節する。オータコイドは作用する〔範囲〕の広さの観点から〔神経伝達物質〕とホルモンの中間的な性質を有する。代表的なオータコイドとしては〔プロスタグランジン〕やロイコトリエンなどがある。ただし、〔ヒスタミン〕やセロトニンのように神経伝達物質と〔オータコイド〕の両方の作用様式を有するものや、アンジオテンシンのように〔ホルモン的遠隔作用〕を有するものもあることから、神経伝達物質、ホルモン、オータコイドという分類は〔物質〕そのものではなく、〔動作様式〕の分類であるととらえたほうが正確である。

 疾患はこれらの〔生理活性物質〕で維持されている生体のホメオスタシスが〔崩れた状態〕であるととらえることができる。多くの薬物は〔生理活性物質〕の作用に影響を及ぼすことで、生体の状態を〔疾患発症前〕の状態に戻す効果を発揮する。例えば、糖尿病はホルモンである〔インスリン〕の産生が減少したり、その作用が現れにくくなったりするために発症し、血糖値が〔上昇〕する疾患である。糖尿病治療薬には〔インスリン〕を補ったり、インスリンの産生・分泌を〔促進〕したり、インスリンの作用が現れやすいようにするものがある。その一方で、インスリンとは直接関係しない酵素や〔トランスポーター〕に作用するものもある。いずれの糖尿病治療薬も、最終的には〔血糖値〕を改善して糖尿病発症前の〔正常な値〕に近づける作用を有する(p.101参照)。

薬物の作用部位としての受容体とリガンド

 生理活性物質や〔薬物〕の多くはそれぞれの作用部位で〔受容体〕と呼ばれるタンパク質と〔特異的〕に結合して作用を現す(図3-2)。受容体に結合するこれらの物質を〔リガンド〕と総称する。受容体は種類ごとに〔異なる構造〕をもっており、受容体に〔リガンド〕が結合する場所である〔結合部位〕の構造にもそれぞれ特徴がある。リガンドと受容体の関係は鍵と〔鍵穴〕の関係に例えられる。鍵穴すなわち〔受容体〕の結合部位に合致する〔化学構造〕をもつリガンドだけが結合することができる。〔結合部位〕に合致する構造を有していれば、生理活性物質そのものに限らず、〔類似〕の構造を有するリガンドも結合することができる。リガンドは結合部位に結合して〔受容体〕を刺激する〔作用薬〕と、結合部位に結合するが〔受容体〕を刺激しない〔遮断薬〕に大別される。

 

 リガンドと受容体の関係は〔1:1〕であるとは限らない。アセチルコリンが結合する受容体には〔ムスカリン受容体〕およびニコチン受容体の2種類があり、受容体の〔構造〕が異なるのみならず、リガンドが結合した際に細胞で起こる〔反応〕も異なっている。類似の構造を有するアドレナリンと〔ノルアドレナリン〕の両方が結合する〔アドレナリン受容体〕は、α受容体とβ受容体に大別され、さらにそれぞれ複数の〔サブタイプ〕がある。受容体はその存在する部位により、〔細胞膜受容体〕と核内受容体(細胞内受容体)に大別され、結合する〔リガンド〕や引き起こす反応の性質に違いがある。

作用薬と遮断薬

 作用薬(アゴニスト、作動薬、刺激薬)は、〔受容体〕を刺激して〔生理活性物質〕と同様の作用を示す薬物である(図3-3a)。作用薬が結合した受容体が細胞で効果を現すメカニズムのことを〔細胞内情報伝達〕あるいはシグナル伝達と呼び、これに関与する一連の細胞内分子を〔細胞内情報伝達系(シグナル伝達系)〕という。

 

 一方、遮断薬(アンタゴニスト、拮抗薬、ブロッカー)は、受容体に結合しても受容体を〔刺激しない〕薬物である(図3-3b)。遮断薬は作用薬と〔同じ結合部位〕に結合するための構造を有しているが、〔受容体〕を刺激して作用を発揮するのに必要な〔構造〕はもっていない。〔遮断薬〕が結合した状態の受容体には生理活性物質や〔作用薬〕は結合できなくなる。したがって、生理活性物質や作用薬が働いている生体に〔遮断薬〕を投与すると、それらの働きが〔妨げられる〕ことによるさまざまな作用が現れる。

 

拮抗作用

 遮断薬が作用薬の〔薬理作用〕を減弱させる働きを〔拮抗作用〕と呼ぶ。拮抗作用は、遮断薬の作用様式により競合的拮抗と〔非競合的拮抗〕に分類される。

競合的拮抗

 競合的拮抗とは、作用薬と遮断薬が〔同じ受容体〕を競い合って〔可逆的〕に結合する拮抗様式である。受容体への結合が可逆的である場合、作用薬と遮断薬はそれぞれの〔用量〕(作用点付近での濃度)に応じて〔結合部位〕で相互に入れ替わることができる。したがって、一定量の遮断薬が受容体を占有したとしても、〔作用薬〕の量が多くなると結合部位の遮断薬が作用薬と入れ替わり、〔作用薬〕が受容体を刺激する効果が現れるようになる。その結果、作用薬の用量-反応曲線(p.85参照)は、遮断薬の併用により〔最大反応〕は変わらずに〔高用量側(右方)〕に平行移動する(図3-4a)。このような競合的拮抗を起こす遮断薬を〔競合的遮断薬〕という。後述のプラゾシン塩酸塩、〔プロプラノロール塩酸塩〕、アトロピン硫酸塩水和物はすべて〔自律神経系〕の受容体に作用する競合的遮断薬である(p.79参照)。

 

非競合的拮抗

 非競合的拮抗とは競合的拮抗とは異なり、用量-反応曲線の最大反応の〔減少〕がみられる拮抗様式のことであり(図3-4b)、非競合的拮抗を起こす遮断薬を〔非競合的遮断薬〕という。非競合的拮抗はいくつかの異なる機序により起こる。

 

 非可逆的遮断薬は、受容体への結合が〔非可逆的〕な遮断薬である。非可逆的遮断薬を投与した場合、〔作用薬〕の量を増やしても〔遮断薬〕が一部の受容体を占有したままなので作用薬の結合は〔十分量〕に到達せず、最大反応の〔減少〕がみられる。このような拮抗様式を〔非可逆的拮抗〕と呼ぶ。〔アドレナリンα受容体〕に対するフェノキシベンザミン塩酸塩の作用がこれに該当する。

 また、遮断薬が受容体上の作用薬の〔結合部位〕とは異なる部位に結合して受容体の構造と〔機能〕を変化させ、作用薬による〔最大反応〕の減少を起こすことがあり、アロステリック拮抗と呼ばれる。

 さらに、受容体に結合しない併用薬が〔作用薬〕の効果を減弱させる場合もある。すなわち、受容体以降の〔シグナル伝達系〕の働きを抑制する薬物により作用薬の効果が〔減弱〕する。アセチルコリンによる〔平滑筋収縮作用〕に対するパパベリン塩酸塩の抑制作用がこれに該当する。このように遮断薬による〔用量-反応曲線〕の変化は〔拮抗〕の様式を表すものであり、拮抗の機序を特定するものではない。

細胞膜受容体を介する薬物作用

細胞膜受容体とシグナル伝達系

 細胞膜受容体は〔細胞膜〕を貫通して存在し、細胞外の〔リガンド結合部位〕に作用薬が結合すると〔細胞内〕で効果が現れる。細胞膜受容体に結合するリガンドの大きさや〔性質〕はさまざまである。反応が起こる〔速さ〕もさまざまで、〔秒単位〕で反応が現れる場合もあれば、何日もかけて臓器の〔機能〕が徐々に変化する場合もある。細胞膜受容体は、〔Gタンパク質共役型〕、イオンチャネル内蔵型、チロシンキナーゼ型の3つに分類される。

Gタンパク質共役型受容体

 Gタンパク質共役型受容体は、〔受容体〕にリガンドが結合したという情報を酵素に伝えるために〔Gタンパク質〕が介在する受容体の総称である(図3-5a)。受容体に〔作用薬〕が結合すると、細胞内で特定の〔酵素〕の活性が変化して反応を引き起こす。

 

 例えば、アドレナリンβ受容体が刺激されるとGタンパク質を介して〔アデニル酸シクラーゼ〕が活性化され、サイクリックAMP(cAMP*1)が産生されて〔細胞応答〕を引き起こす。〔cAMP〕のように受容体が刺激されたという情報を〔細胞内〕に伝える役割を担う分子を〔細胞内メッセンジャー〕あるいはセカンドメッセンジャーと呼ぶ。アドレナリンβ受容体のうち、β1受容体は主に〔心臓(心筋)〕に存在しており、刺激されると心拍数や〔心拍出量〕が増大する。β2受容体は主に〔平滑筋〕に存在し、刺激されると〔弛緩〕が起こる。血管平滑筋には〔アドレナリンα受容体〕も存在し、刺激されるとホスホリパーゼCが活性化し、〔収縮〕が起こる。また、心臓において、アセチルコリンによりムスカリン受容体(M2受容体)が刺激されると〔アデニル酸シクラーゼ〕の活性が低下してcAMP量が〔減少〕する。

イオンチャネル内蔵型受容体

 イオンチャネル内蔵型受容体は4~5個のタンパク質が〔輪状〕に結合してできている。作用薬が結合部位に結合すると、輪の中央に〔イオン〕を通すことができる穴(〔イオンチャネル〕)が開き、イオンが〔細胞膜〕を横切って移動できるようになる(図3-5b)。この結果、細胞の〔興奮性〕、すなわち〔活動電位〕の発生しやすさが変化する。

 

 アセチルコリンが結合する〔ニコチン受容体(NM受容体)〕は運動神経と骨格筋の〔接合部(シナプス)〕に存在しており、運動神経から放出された神経伝達物質の〔アセチルコリン〕が結合するとイオンチャネルが開口して〔陽イオン〕が細胞内に流入し、筋細胞に〔活動電位〕が発生して〔筋収縮〕が起こる。y-アミノ酪酸(GABA*2)A受容体は〔陰イオン〕を通す受容体で、中枢神経系において神経の〔興奮性〕を低下させる。

チロシンキナーゼ型受容体

 チロシンキナーゼ型受容体は、細胞内に〔チロシンキナーゼ部位〕を有する(図3-5c)。チロシンキナーゼとはタンパク質のチロシン残基を〔リン酸化〕する酵素の総称である。リガンドが受容体に結合するとチロシンキナーゼが〔活性化〕され、これが特定の〔タンパク質〕をリン酸化することが引き金となってさまざまな〔細胞応答〕を引き起こす。インスリン受容体や〔上皮増殖因子受容体(EGFR*3)〕はチロシンキナーゼ型受容体である。

 

自律神経系をモデルとした細胞膜受容体の役割

自律神経系による調節

 自律神経系は心臓、〔平滑筋〕、分泌腺などあらゆる臓器・組織に影響を与え、〔呼吸〕、循環、消化、分泌などの機能を制御する。自律神経の中枢は〔視床下部〕にあり、〔末梢〕から送られてくる情報を受け取り、遠心性の経路である〔交感神経〕、副交感神経の活動を介して〔末梢〕の臓器を制御する。

 多くの臓器は交感神経、〔副交感神経〕の両方の支配を受けている。これを〔二重支配〕という。例外もあるが、各臓器に対して、交感神経と副交感神経は〔逆方向〕の働きをしている場合が多い。これを〔拮抗支配〕という。また、〔自律神経〕は普段は休止していて必要なときだけシグナルを送るのではなく、〔交感神経〕と副交感神経の両方が常にある程度活動して臓器に〔シグナル〕を送り続けている。これを〔持続支配〕という。

 各臓器の機能は交感神経と副交感神経のシグナルの強さの〔バランス〕により決まる。交感神経のシグナルのほうが強くなれば〔交感神経〕の影響が強く現れ、逆に、副交感神経のシグナルのほうが強くなれば〔副交感神経〕の影響が有意になる。車の運転に例えると、アクセルと〔ブレーキ〕を同時に踏みながら走っているような状態であるが、〔内臓機能〕を迅速かつ繊細に制御するための仕組みである。

交感神経系と受容体

 交感神経は精神的緊張や〔運動量〕の増加に対応するために呼吸や〔循環〕の機能を高め、〔エネルギー〕の消費を助ける。このため交感神経系は「〔闘争と逃走〕の神経」とも呼ばれる。交感神経が興奮すると、〔神経終末〕から標的臓器に対して〔ノルアドレナリン〕が分泌されるとともに、副腎から血液中に〔アドレナリン〕が分泌される(図3-6a)。

 

 心筋には〔β1受容体〕が備わっており、これがノルアドレナリンにより刺激されると〔心拍数〕および心収縮力が増大し、〔心機能〕が促進される。皮膚や消化器系の血管の平滑筋は〔α1受容体〕を有しており、〔交感神経〕の活動が高まると〔血管平滑筋〕は収縮し、血流が〔減少〕する。一方、骨格筋の血管や冠動脈の平滑筋は〔β2受容体〕を有しており、交感神経の興奮により血管が〔拡張〕し、血流が〔増大〕する。気管支平滑筋は〔β2受容体〕を有しており、交感神経の〔興奮〕により弛緩すると気道が〔拡張〕し、呼吸が容易になる。眼では瞳孔散大筋の〔α1受容体〕が刺激されて収縮が起こると、〔散瞳(瞳孔が開くこと)〕により多くの光を取り込むことができるようになる。消化器系にも〔アドレナリン受容体〕が分布しており、刺激されると〔胃酸分泌〕や胃運動が抑制され、腸管は弛緩して〔蠕動運動〕が抑制される。膀胱では〔排尿筋(膀胱平滑筋)〕が弛緩して、排尿が〔抑制〕される(表3-1)。

 

副交感神経系と受容体

 副交感神経は〔安静時〕や食事の際に働きが高まり、消化・〔吸収〕を助ける。このため副交感神経系は「〔休養と栄養〕の神経」とも呼ばれる。副交感神経の神経終末からは〔アセチルコリン〕が分泌される(図3-6b)。アセチルコリンが心臓の〔ムスカリン受容体(M2受容体)〕を刺激すると心拍数や収縮力は〔低下〕し、心拍出量や〔血圧〕が低下する。一方、消化管の〔ムスカリン受容体(M3受容体)〕が刺激されると、〔消化管運動〕や胃酸分泌が高まり消化・吸収の機能が高まる。眼では〔瞳孔括約筋〕が収縮して〔縮瞳(瞳孔が小さくなること)〕が起こり、取り込む光量が〔減少〕する。膀胱では〔排尿筋〕が収縮し、排尿が〔促進〕される(表3-1)。

 

 

自律神経系による制御に影響を与える薬物

自律神経系作用薬

 自律神経の神経伝達物質と同じように受容体を刺激する〔作用薬〕は、自律神経が働いたのと同様の効果を引き起こす〔治療薬〕として用いられる(表3-2)。ただし、特定の受容体に対して〔選択的作用〕を示す薬物はその受容体が関与する〔作用〕のみを引き起こす。

 

 〔α1受容体作用薬〕のフェニレフリン塩酸塩は、血管平滑筋を〔収縮〕させる作用を示し、〔充血除去〕の目的で鼻づまりの治療に使用される。〔β1受容体〕に対する作用は弱いので、〔心拍数〕や心拍出量に対する直接的な作用は少ない。〔β受容体作用薬〕のイソプレナリン塩酸塩は、心機能を高める〔強心薬〕として徐脈や〔急性心不全〕の治療に用いられる。〔α受容体〕には作用しないので、〔血管収縮作用〕は示さない。交感神経の神経伝達物質である〔ノルアドレナリン〕は、α1受容体とβ1受容体の両方を〔刺激〕する。ノルアドレナリンは〔血管収縮作用〕と心機能促進作用を併せもつため、ショックなどの治療薬として血圧を〔上昇〕させる目的で使用される。サルプタモール硫酸塩は〔β2受容体〕を選択的に刺激し、〔気管支拡張作用〕を有するため、喘息の治療に用いられる。ムスカリン受容体作用薬である〔ベタネコール塩化物〕は、胃酸分泌促進、〔消化管運動促進〕の目的で消化機能低下などの治療に使用される。

自律神経系遮断薬

 自律神経の〔神経伝達物質〕に対する遮断薬は、特定の受容体に結合して神経の影響を〔遮断〕することで作用を現す。α受容体遮断薬のプラゾシン塩酸塩は、血管を〔拡張〕させることで、〔降圧作用〕を示す。〔β受容体遮断薬〕のプロプラノロール塩酸塩は〔心機能〕を低下させ、降圧作用を示す。ムスカリン受容体遮断薬(抗コリン薬)のアトロビン硫酸塩水和物は消化管運動や〔胃酸分泌〕の抑制作用を有し、〔消化管けいれん〕や胃潰瘍の治療薬として用いられる。

核内受容体を介する薬物作用

核内受容体の役割

 核内受容体は、〔ステロイドホルモン〕、甲状腺ホルモンなどの脂溶性の高いホルモンや、ビタミンD3などの〔脂溶性ビタミン〕の受容体である。これらの受容体は細胞質または〔核内〕に存在し、リガンドと結合した状態で核内において〔デオキシリボ核酸(DNA*4)〕上の特定の部位に結合する(図3-7)。その結果、特定の〔メッセンジャーRNA(mRNA*5)〕の転写を促進、あるいは抑制して〔遺伝子発現〕に影響する。〔核内受容体〕を介する反応は効果が現れるまでに短くても〔数時間〕、多くは日の単位で時間がかかる。ステロイドホルモンの受容体には、いわゆる副腎皮質ホルモンとして知られる〔コルチゾール〕の受容体、電解質制御に影響する〔アルドステロン〕の受容体、男性ホルモンの〔テストステロン〕の受容体、女性ホルモンの〔エストラジオール〕の受容体、甲状腺ホルモンの受容体などがある。核内受容体に対しても〔細胞膜受容体〕の場合と同様に、作用薬と〔遮断薬〕がある。

 

副腎皮質ステロイド薬をモデルとした核内受容体作用薬の効果

 一般に副腎皮質ステロイド薬とは、ステロイドホルモンの中でも〔副腎皮質〕から分泌されるコルチゾールと〔類似〕の作用を有する〔作用薬〕を指す。コルチゾールそのものに加えて、より強い作用を有する〔プレドニゾロン〕などがある。副腎皮質ステロイド薬はさまざまな〔遺伝子〕の発現に影響して、〔糖新生〕を促す酵素の発現は増大し、〔ホスホリパーゼA2〕やサイトカインの発現は抑制する。〔サイトカイン〕とは免疫系の細胞が分泌し、〔免疫系〕の機能を高める効果を有するタンパク質の総称である。副腎皮質ステロイド薬はこれらを通じて、〔免疫系〕の細胞の機能を抑制するため、強い〔抗炎症作用〕と免疫抑制作用を示す。したがって、副腎皮質ステロイド薬は多くの炎症性皮膚疾患、〔気管支喘息〕、アレルギー性疾患、〔自己免疫疾患〕に対して〔著効〕を示す。副作用としては、易感染性、〔高血糖〕、高血圧が知られている。

 また、ホルモン剤に共通の特徴として、ホルモン剤の投与により生体内でそのホルモンを産生・分泌する機能が〔抑制〕されるため、急に使用を中止すると病状が悪化したり、〔離脱症状〕が発生したりする危険がある。副腎皮質ステロイド薬の投与量を減らす場合は、患者自身の副腎皮質からの〔コルチゾール〕分泌の回復を図りながら〔少しずつ減らしていく〕必要がある。

酵素を標的とした薬物作用

酵素作用薬の作用機序

 薬物は、〔生理活性物質〕の受容体を介して作用する以外に、〔酵素〕に直接結合してその機能を抑制あるいは促進する場合がある(図3-8a)。酵素反応の生成物が〔生理活性〕を有する場合、酵素阻害薬は生成物の影響を〔軽減〕する作用を示す。一方、酵素の〔基質〕に生理活性がある場合は、〔酵素阻害薬〕によりその影響が強く現れるようになる。

 

代表的な酵素作用薬

 アスピリン(アセチルサリチル酸)は、昔から〔鎮痛〕の目的で用いられてきた。柳エキスの薬効成分である〔サリチル酸〕をアセチル化して〔効力〕を高めた薬物であり、代表的な〔非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs*6)〕である。プロスタグランジン類と呼ばれる一連の生体内物質は、〔シクロオキシゲナーゼ〕という酵素を介して合成される(図3-9)。プロスタグランジンは発熱、〔痛み〕、炎症などの〔生体〕にとって好ましくない作用を有する。アスピリンは〔シクロオキシゲナーゼ〕を阻害して〔プロスタグランジン〕の産生を抑制するため、解熱鎮痛、〔消炎〕などの作用を示す。一方、プロスタグランジンには〔胃粘膜〕を保護する働きもあるため、アスピリンの副作用に〔消化性潰瘍〕がある。

 

 アンジオテンシン変換酵素(ACE*7)は、アンジオテンシンIから〔血管収縮作用〕や血圧上昇作用を有する〔アンジオテンシンⅡ〕を産生させる。ACE阻害薬は、〔アンジオテンシンⅡ〕の産生を抑制するため、〔降圧薬〕として用いられる。

 運動神経終末から放出された〔アセチルコリン〕は、骨格筋の細胞膜に存在する〔ニコチン受容体〕に結合して〔筋収縮〕を引き起こす。また。副交感神経終末から放出されたアセチルコリンは、腸管平滑筋細胞膜に存在する〔ムスカリン受容体(M3受容体)〕に結合して〔腸管平滑筋収縮〕を引き起こす。いずれの場合も、アセチルコリンは〔筋収縮〕を引き起こした後、〔コリンエステラーゼ〕と呼ばれる酵素により分解、〔不活性化〕される。ネオスチグミンなどの〔コリンエステラーゼ阻害薬〕は、この分解を抑制することにより受容体付近での〔アセチルコリン濃度〕を高め、アセチルコリンの作用を強める。ネオスチグミンは〔骨格筋〕のアセチルコリン受容体の数が減少する〔重症筋無力症〕や手術後の腸管麻痺の治療に用いられる。

 狭心症の治療に用いられる〔ニトログリセリン〕などの硝酸薬は、生体内で分子内から〔一酸化窒素〕を遊離させる。一酸化窒素は血管平滑筋細胞内の酵素である〔グアニル酸シクラーゼ〕を活性化して〔サイクリックGMP(cGMP*8)〕を産生し、このcGMPがさまざまな機序で血管平滑筋を弛緩させて〔血管拡張〕を引き起こす。cGMPもcAMPと同様に、〔セカンドメッセンジャー〕の一種である。

イオンチャネルを標的とした薬物作用

イオンチャネル作用薬の作用機序

 イオンチャネルとは〔細胞膜〕に組み込まれたタンパク質であり、〔開口〕すると特定のイオンを通す機能を有する。イオンが〔イオンチャネル〕を通過する駆動力は〔濃度勾配〕(正確には電気化学ポテンシャル勾配)であり、濃度の高い側から低い側へと〔細胞膜〕を横切って〔イオン〕の移動が起こる。その結果、〔膜電位〕の変化が生じ、〔活動電位〕の発生、筋収縮などさまざまな現象が起こる。イオンチャネルには、〔リガンド〕の結合や〔膜電位〕の変化に反応して開口するなど、さまざまな種類が存在する。薬物の中には〔イオンチャネル〕に結合して〔遮断〕(開口を阻害)したり(図3-8b)、〔活性化〕(開口を促進)したりするものがある。前述のイオンチャネル内蔵型受容体も〔イオンチャネル〕の一種である。

 

代表的なイオンチャネル作用薬

 細胞膜の〔ナトリウムチャネル〕が開口すると細胞内に〔ナトリウムイオン〕が流入し、細胞は〔脱分極〕(膜電位がプラスの方向に変化)する。神経や筋肉における〔活動電位〕の発生と伝導は、〔ナトリウムチャネル〕 の働きによるものである。リドカイン塩酸塩はナトリウムチャネルに結合してイオンの〔通過〕を阻害する〔ナトリウムチャネル遮断薬〕であり、感覚神経の活動電位の伝導を抑制して〔痛み〕の感覚を消失させることから、〔局所麻酔薬〕として使われている。また、心臓における〔過剰な興奮〕により生じる不整脈を抑制するため、〔抗不整脈薬〕としても用いられている。

 細胞膜のカルシウムチャネルが開口すると細胞内に〔カルシウムイオン〕が流入し、心筋や平滑筋の〔収縮〕が起こる。ジルチアゼム塩酸塩は〔カルシウムチャネル〕を遮断して細胞膜を介したカルシウムイオンの細胞内への流入を〔抑制〕し、心筋収縮力の減弱や〔血管拡張〕を起こす(図3-10)。ジルチアゼム塩酸塩などのカルシウム拮抗薬は、〔高血圧〕や不整脈、虚血性心疾患の治療に用いられる。

 

 細胞膜のカリウムチャネルの開口は、〔カリウムイオン〕の流出を通じて細胞の電位を〔マイナス〕に保っている。糖尿病治療薬のグリベンクラミドは、膵島のβ細胞において〔カリウムチャネル〕を遮断し、〔脱分極〕(膜電位のプラスの方向への変化)を起こして〔インスリン分泌〕を促す。ニコランジルは血管平滑筋の〔カリウムチャネル〕を開口させて膜電位を〔マイナス〕方向に変化させる。ニコランジルにはこれに加えてニトログリセリンと同じように、分子内から〔一酸化窒素〕を遊離する性質もある。ニコランジルはこれら2つの作用機序により〔血管拡張作用〕を示し、〔狭心症〕の治療に用いられる。

トランスポーターを標的とした薬物作用

トランスポーター阻害薬の作用機序

 トランスポーターは〔細胞膜〕の内外でイオン、〔生理活性物質〕、栄養物質などを運ぶ。トランスポーターに作用する薬物は、多くの場合、〔トランスポーター〕に結合してその〔輸送機能〕を阻害することにより奏効する(図3-8c)。輸送機能の阻害により、輸送される物質の濃度が〔出発点側〕で上昇し、〔到着点側〕で低下すること、〔輸送量〕が低下することのいずれの要因も治療効果につながり得る。

 

代表的なトランスポーター阻害薬

 胃腺に存在する胃酸分泌細胞(壁細胞)は胃の内腔に酸性の〔胃液〕を分泌し、食物の〔消化〕を促進する。胃の消化力が過剰になると〔胃粘膜〕が損傷を受けて〔消化性潰瘍〕が生じるため、胃酸の分泌を〔抑制〕することが有力な治療法となる。胃酸分泌細胞の〔H+/K+-ATPase〕(プロトンポンプ)は胃の内腔に面した細胞膜上に存在する〔トランスポーター〕で、細胞内から胃の内腔側に向かって〔水素イオン〕を移動させる胃酸分泌の主役である。プロトンポンプ阻害薬の〔オメプラゾール〕は、H+/K+-ATPaseの働きを阻害して〔胃酸〕の分泌を抑制する〔消化性潰瘍治療〕の第一選択薬の1つである。

 腎臓では、血液が〔糸球体〕で濾過されて〔原尿〕が生成されるが、それが〔尿細管〕を通過する過程で〔ナトリウムイオン〕やグルコース(プドウ糖)などの必要な物質や水が〔再吸収〕されて血液中に回収され、最終的な尿(最終尿)が生成される。腎尿細管上皮細胞の管腔側細胞膜に存在する〔Na+-グルコース共輸送体(SGLT2*9)〕は、ナトリウムイオンとグルコースを細胞内に輸送するトランスポーターであり、原尿中からナトリウムイオンやグルコースを血液中に〔回収〕する働きを担っている。糖尿病の治療に用いられるイプラグリフロジンL-プロリンなどのSGLT2阻害薬は、〔SGLT2〕に結合して輸送を阻害し、原尿中から血液中へのナトリウムイオンや〔グルコース〕の回収を抑制する。その結果、グルコースは〔最終尿〕へ排泄され、血糖は〔低下〕する。

病態分子を標的とした薬物作用

分子標的薬とは

 分子標的薬とは、疾患の発症や悪化の原因となる〔変異タンパク質〕に直接作用するように理論的につくられた薬物である。特に〔がん〕の分野で盛んに開発されている。殺細胞効果により奏効する従来型の抗がん薬とは異なり、分子標的薬はがん細胞の〔転移〕、増殖、浸潤、〔血管新生〕を選択的に抑制して奏効する(p.127参照)。

 分子標的薬が登場した当初は、〔毒性〕が比較的少ない安全な抗がん薬であると期待されていたが、重篤な副作用が現れる場合もあり、製造販売後の〔フォローアップ〕の重要性が再認識された。また、患者ごとの〔遺伝子変異〕の有無が治療効果に大きく影響することもあり、その場合は〔有効性〕を事前に判断するための遺伝子変異の〔診断法〕も必要となる。

分子標的薬の作用機序

 分子標的薬の作用点には、〔増殖因子〕の受容体、細胞内シグナル伝達系、〔DNA変異修復機構〕、細胞死(アポトーシス)調節機構などがある。分子標的薬には、通常の化学合成によりつくられる〔低分子化合物〕に加えて、〔モノクローナル抗体〕がある(p.67、p.127参照)。モノクローナル抗体とは、〔遺伝子工学的手法〕によりつくられ、抗原に結合する部位の〔アミノ酸配列〕が均ーな抗体であり、特定のタンパク質(〔抗原〕)に〔特異的〕に結合して奏効する。

 モノクローナル抗体は〔細胞内〕に入ることはできず、細胞膜上の〔増殖因子〕の受容体を遮断してがん細胞の成長を抑制する(図3-11a)、がん細胞の〔細胞膜〕に結合することにより〔免疫細胞〕に認識させる(図3-11b)などの機序で奏効する。

 

 

 モノクローナル抗体製剤は〔注射〕により投与する必要があり、作用が〔持続性〕であるため単回あるいは少ない回数の投与で効果が現れる。一方、〔低分子化合物〕の分子標的薬は、薬物ごとに多様な化学構造を有し、薬物ごとに細胞表面や細胞内の多様な作用点を有する。〔経口投与〕が可能なものも多いが、作用の持続は1日程度であり〔頻回投与〕が必要となる。

代表的な分子標的治療薬としてのチロシンキナーゼ阻害薬

 チロシンキナーゼとは、タンパク質のチロシン残基を〔リン酸化〕する酵素の総称である。各種の〔増殖因子〕が細胞膜の〔受容体〕に作用すると、細胞内で〔チロシンキナーゼ〕の活性が高まり、〔細胞増殖〕が盛んになる。がん細胞では、〔遺伝子変異〕が原因でチロシンキナーゼの活性が亢進することで、細胞の〔無制限な増殖〕が起こっている場合が多い。したがって、がん細胞に発現する〔チロシンキナーゼ〕を阻害する分子標的薬は、がん細胞の増殖を〔選択的〕に抑制すると期待される。イマチニブメシル酸塩は染色体転座により生じる〔BCR-ABL〕というチロシンキナーゼを阻害する〔低分子化合物〕の分子標的治療薬であり、このチロシンキナーゼを発現しているがん細胞の増殖を抑制する〔イマチニブメシル酸塩〕は慢性骨髄性白血病などの治療に用いられる。

 細胞膜上の〔増殖因子〕の受容体の多くは、細胞内に〔チロシンキナーゼ活性〕を有しており、遺伝子変異により過剰発現あるいはチロシンキナーゼ活性の亢進が起こることが細胞の〔がん化〕の原因となる。ゲフィチニブはがん細胞に発現する〔EGFR〕のチロシンキナーゼを阻害する低分子化合物の〔分子標的治療薬〕であり、〔肺がん〕などの治療に用いられる。

(田中光)

薬物の用法・用量と作用発現

 薬理作用は生体への〔投与量(用量)〕によって変化する。用量の増加に伴い治療に有効な〔薬理作用〕は増強されるが、〔高用量〕では薬理作用は頭打ちとなり、〔副作用〕が発現するようになる。薬物の用量と生体の反応の関係は、〔薬物動態学的要因〕および薬力学的要因によって影響を受ける。このため、治療に有用な〔薬理作用〕と有害な副作用発現との用量差が〔小さい〕一部の薬物では、〔治療薬物モニタリング(TDM)〕を行って患者ごとに投与量を調節する。

薬物の用量と作用発現

用量-反応曲線

 薬物の投与量は〔用量〕と呼ばれ、用量の増減によって現れる〔効果〕の大きさも変わる。用量の増加に伴い〔薬理作用〕は増強され、ある用量以上で〔頭打ち〕となる場合が多い。用量と薬物によって生体に引き起こされる反応の関係を示したものが〔用量-反応曲線〕である。用量の〔対数値〕を横軸にとり、〔最大反応〕に対する反応率を縦軸にとると、図3-12に示すような〔S字状〕の曲線(シグモイド曲線)となる場合が多い。用量と反応率の関係を〔片対数プロット〕にすることにより薬物の作用を比較しやすくなる。図3-12に示した薬物Aと薬物Bは曲線の〔傾き〕と最大反応が同じであるため、薬物Aは薬物Bより効力が〔強い〕(同じ強さの作用を低用量で現す)ことがわかる。これらの情報をもとに、治療に用いる薬物と〔用量〕が選ばれる。薬物Cは〔低用量〕では作用が最も強いが、最大反応は〔小さい〕。用量-反応曲線だけから断定はできないが、薬物Aと薬物Bはおそらく〔作用機序〕が同じであり、曲線の傾きと最大反応が異なる薬物Cは作用機序が〔異なる〕であろうと推測される。

 

有効量、致死量、治療係数

 薬物の〔用量〕によって現れる効果の強さや〔性質〕が変わることから、これらを表現するためにさまざまな用語が用いられている(図3-13)。薬物投与により着目する作用(〔薬効〕)が発現する最小用量を〔最小有効量〕といい、それ以上の用量を〔有効量〕、それ未満の用景を〔無効量〕という。作用が最大となり頭打ちになる用量を〔最大有効量〕といい、最大反応の50%の反応を示す用量を〔50%有効量(ED50*10)〕という。ED50は、薬効が現れるか現れないかに関して薬物投与した全個体の〔50〕%の個体で反応が現れる用量であると定義されるが、血圧や心拍数の変化のような〔連続的な指標〕の場合は〔最大変化量〕の50%の大きさの変化がみられる用量であると考えられる。

 

 有害反応(中毒)が起こる用量(中毒量)についても、薬効の場合と同様に、最小中毒量と〔50%中毒量(TD50*11)〕が定義される。さらに、動物実験では死に至る用量(〔致死量〕)に関して、最小致死量、〔50%致死量(LD50*12)〕、確実致死量(100%死亡する用量)も用いられる。薬物の効果を示すこれらの値は〔薬物〕ごとに異なっており、〔有効量〕と致死量あるいは中毒量が離れている薬物ほど〔安全性〕が高いと考えられる。〔治療係数〕(安全域)とはLD50をED50で割った値(LD50/ED50)であり、この値が〔大きい〕ほど安全性が高いと考えられる。ただし、これは〔動物実験〕の結果に基づくものであり、〔ヒト〕にそのまま当てはまるとは限らない。臨床では、LD50の代わりに〔TD50〕を用いることも行われている。また、用量-反応曲線は〔頻度分布〕であるため、一部の患者では〔有効量〕の範囲でも有害反応が生じる可能性があることに注意しなければならない。

薬物に適した用法・用量の選択

 一般に、薬物の用量と作用の関係は〔S字状〕の曲線になる。強心薬のアドレナリンの場合、〔最小有効量〕以上から強心作用が現れ、ある用量まではそれに比例して〔心機能〕は増大するが、〔最大有効量〕に近づくと作用は頭打ちとなり、むしろ〔不整脈〕などの副作用が現れる危険が増える、投与した薬物の効果や副作用は〔作用点〕での濃度(血中濃度)に〔相関〕して現れると考えられる。多くの患者で治療効果が得られ、〔副作用〕が現れにくい血中濃度の範囲を治療域(〔治療血中濃度域〕)と呼び、通常はこの範囲内に〔血中濃度〕が維持されるよう、〔標準的〕な用法、用量が設定されている。薬物を〔静脈内投与〕した場合にはすべて血液中に移行するが、経口投与などの場合は〔吸収〕の段階が介在する。さらに、分布、代謝、排泄といった〔薬物動態学的要因〕により血中濃度は影響される。血中濃度と生体の反応の関係を薬物受容体理論に基づいて〔定量的〕に扱うのが〔薬力学〕である。ただし、薬物に対する組織の〔感受性〕は一定ではなく、薬効や副作用は〔血中濃度〕から予想したとおりに現れるとは限らない。薬効および副作用は、多くの薬物動態学的および〔薬力学的〕な修飾因子により影響される。患者ごとに最適な用法・用量を用いて〔薬物治療〕の効果を高めるためには、これらの〔要因〕を考慮に入れなければならない。

薬物作用の修飾因子

 薬物の作用が現れるまでの〔薬物動態学的要因〕や薬力学的要因は〔年齢〕、性別、病的状態の有無、〔遺伝的背景〕など多くの要因により変動する。したがって、薬物の作用の現れ方には主作用、副作用ともに〔個人差〕が生じる。

年齢

高齢者の薬物治療

 加齢とともに〔生理機能〕や生体成分が変化する。高齢者では〔心拍出量〕が低下して血流量が減少し、腎機能や〔肝機能〕が低下して薬物の排泄や〔代謝〕が減少する。したがって、多くの薬物で〔血中濃度〕が高くなりやすい。脂溶性薬物に関しては〔体内脂肪〕の増加により脂肪組織への蓄積が〔促進〕され、体内からの〔消失〕が遅れる場合もある。組織の〔反応性〕も変化し、中枢抑制薬への〔感受性〕が高まるといわれている(p.117,「疾病と治療-基礎」p.158参照)。

小児の薬物治療

 新生児は肝機能も腎機能も〔未発達〕であり、血漿夕ンパク質による〔薬物結合能〕も低いため、薬物一般に対する感受性が〔高い〕。薬物処理能力は生後〔1~2〕年で成人と同程度にまで発達するが、小児期は〔身体機能〕の発育が著しく、薬物動態や感受性が大きく変動し、〔個人差〕も大きい。小児に対する〔薬物投与量〕の算出には、年齢や体表面積に準拠した各種の〔換算表〕が使用されることもある(p.119,「疾病と治療-基礎」p.145,155参照)。

性別

 近年、薬効や副作用に関する〔男女差〕が明らかになりつつある。一般に、女性は男性よりも薬物感受性が〔高い〕傾向がみられる。睡眠薬のゾルピデム酒石酸塩は男性より女性で作用が強く出やすいことが確認され、アメリカでは女性の推奨投与量が男性の〔半分〕に減らされた。副作用に関しても、アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬による〔空咳〕、カルシウム拮抗薬による〔浮腫〕、抗不整脈薬による重篤な不整脈が、いずれも〔男性〕より〔女性〕で多くみられることが報告されている。これらの背景には〔薬物動態学的要因〕の男女差が大きく関与していると考えられる。また、エストラジオールなどの〔性ホルモン〕が心筋の興奮性に影響を与えることも明らかになっており、薬物感受性の男女差の背景に性ホルモンの〔薬力学的影響〕もあると考えられる。

病的状態

 病態により薬物の〔体内動態〕が変化すると、作用の現れ方が強まる場合も、逆に弱まる場合もある。腎機能が障害されて〔薬物排泄能力〕が低下すると、〔腎排泄型薬物〕は体内に蓄積し、作用が強く現れることがある。肝機能障害により〔薬物代謝酵素活性〕が低下すると、肝代謝型薬物の〔消失〕が遅れ、血中濃度が〔上昇〕して作用が強く現れることがある。心機能障害による心拍出量の低下は、消化管血流の低下による〔薬物吸収の低下〕や、肝臓や腎臓への〔血流量低下〕による薬物の代謝・排泄の低下を招くことがある。病態により臓器の〔薬物感受性〕が変化し、作用の現れ方が変化する場合もある。

 アドレナリンβ受容体作用薬による心機能増大作用は、〔甲状腺機能の亢進〕に伴って強まることが知られている。この原因として、甲状腺ホルモンが心筋の〔β1受容体〕の数を増やし、作用薬に対する〔感受性〕を上昇させることが知られている。一方、心不全ではβ受容体作用薬による〔心機能増大作用〕が弱まることがある。この原因としては、心不全に伴う〔交感神経〕の亢進により心筋のβ1受容体が持続的に刺激され、受容体の〔ダウンレギュレーション〕が起こることが考えられる(p.89参照)。

遺伝的要因

 薬物代謝の速度が〔人種間〕や個体間で大きく異なることが知られており、その原因として〔薬物代謝酵素〕の遺伝子に欠損や変異がある〔遺伝子多型〕が存在することがわかってきた。遺伝的に薬物代謝能が高い〔迅速代謝型〕と低い遅延代謝型の違いがあり、迅速代謝型の人では薬物の血中濃度が上がらずに〔薬効〕が現れず、逆に遅延代謝型の人では薬物の代謝が遅れて薬物作用が強く現れるという〔個人差〕の原因となっていると考えられる。エタノールの代謝物であるアセトアルデヒドを代謝する〔アルデヒド脱水素酵素〕の活性欠損者では、飲酒後に血中のアセトアルデヒド濃度が上昇し、〔悪心・嘔吐〕などが出現する。酵素の遺伝子配列中のわずか1つの塩基の多型でも〔代謝機能〕に違いが認められる場合もある。遺伝子多型の例としては、プロプラノロール塩酸塩やコデインリン酸塩を代謝する〔CYP2D6〕、ジアゼパムやオメプラゾールを代謝する〔CYP2C19〕などが報告されている。

薬物アレルギー

 薬物投与により薬物本来の作用ではなく、薬物に対する〔免疫応答〕による有害な反応が起こることがあり、〔薬物アレルギー〕と呼ばれている。薬物投与後〔1時間〕以内に起こるI型(即時型)アレルギー反応では頻脈、血圧低下、〔呼吸困難〕、蕁麻疹などの〔アナフィラキシー症状〕がみられ、遅れて起こる遅延型アレルギー反応では〔再生不良性貧血〕、無顆粒球症などが起こる。薬物は一般に小さな分子であり、それ自身では〔抗原〕になりにくいが、〔ハプテン〕となり生体内のタンパク質と結合すると〔抗原性〕を発揮し、〔免疫応答〕を引き起こすことがある。一度アレルギー反応を起こすと、その薬物および類似の化学構造を有する薬物に対して〔強いアレルギー反応〕を起こすことから、一般に、特異体質、〔薬物過敏症〕などと表現される。薬物アレルギーは治療用量よりもはるかに〔少ない用量〕でも起こる。薬物アレルギーは多くの薬物について報告されており、〔投薬前〕に問診などで患者の〔アレルギー歴〕を確認する必要がある。

心理的効果(プラセボ効果)

 生体には、〔薬物〕を用いる以前に、自らの機能により病気を〔治癒〕に導こうとする性質が備わっている。〔薬物〕は生体の機能に影響したり、新たな機能を付加したりすることにより、病気の治療や〔予防〕を助ける。

 薬物の作用は患者の〔心理的状態〕により影響を受ける。プラセボとは〔薬理作用〕のないデンプン、乳糖、食塩液などでつくった〔偽薬〕であり、〔プラセボ効果〕とは偽薬を投与した際に現れる治療効果のことである。したがって、薬物を投与した際の治療効果は、薬物本来の作用と生体機能による〔自然治癒効果〕にプラセボ効果が加わって発現すると考えられる。医薬品開発の〔第Ⅲ相臨床試験〕においては、真の薬効と〔プラセボ効果〕を区別するために、薬物投与とプラセボ投与との効果の〔比較〕が行われる。

薬物の反復投与

 薬物を〔反復投与〕すると、その薬物に対する生体の〔反応性〕が変化することもある。反応性の減少、増大の〔両方向〕の変化が起こり得る。

耐性・交差耐性

 耐性とは、薬物の〔反復投与〕に伴って薬物の効果がしだいに弱くなり、〔初期〕の効果を得るために投与量を〔増加する〕ことが必要となった状態である。麻薬性鎮痛薬、〔催眠薬〕、抗がん薬、ニトログリセリンなどの硝酸薬、アルコールなどは〔耐性〕を起こしやすい。

 〔交差耐性〕とは、耐性を形成した薬物と化学構造や薬理作用が〔類似〕した薬物に対しても〔反応性〕が低下することである。例えば、〔アルコール耐性〕が形成された場合、催眠薬や全身麻酔薬などの〔中枢抑制薬〕が効きにくくなる場合がある。

耐性をもたらす薬物動態の変化

 薬物の〔体内動態〕に影響する酵素や〔トランスポーター〕の変化により〔耐性〕が形成されることがある。〔酵素誘導〕とは、薬物の反復投与により薬物を代謝する酵素が増加することである。その結果、薬物の〔代謝〕が促進されて血中濃度が低下し、薬効が〔減弱〕する。酵素誘導を起こす代表的な薬物としては抗てんかん薬の〔フェノバルビタール〕がある。多くの薬物に対する〔交差耐性〕の原因となることから、〔薬物間相互作用〕の事例としても知られている。〔耐性形成〕の原因となるトランスポーターとしては、細胞から薬物を排出する〔P-糖タンパク質〕が知られている。〔がん細胞〕がP-糖タンパク質を多く発現するようになると、抗がん薬を〔細胞外〕に排出してしまうため、〔抗がん薬〕が効かなくなる。

脱感作

 薬物を連続的あるいは短時間に〔頻回投与〕した際にみられる生体の反応性の低下を〔脱感作〕と呼ぶ。脱感作の機序として、〔ダウンレギュレーション〕、すなわち、受容体の反復刺激により〔受容体数〕が減少する現象がある(図3-14a)。β受容体作用薬に対して〔脱感作〕が生じることがあるが、ダウンレギュレーションが原因であると考えられている。

 脱感作が〔治療〕に用いられる場合もある。〔リュープロレリン酢酸塩〕は黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH)受容体のアゴニストで、単回投与ではLHRH受容体を刺激して〔性腺刺激ホルモン〕を放出させる。ところがリュープロレリン酢酸塩を反復投与するとLHRH受容体の〔ダウンレギュレーション〕により性腺刺激ホルモンの分泌が抑制される。この効果が前立腺がんや〔閉経前乳がん〕の治療に利用されている。

 

タキフィラキシー

 短時間内の反復投与により起こる脱感作を〔タキフィラキシー〕と呼ぶ。エフェドリン塩酸塩は交感神経終末から神経伝達物質の〔ノルアドレナリン〕を遊離させて血管平滑筋を収縮させ、〔血圧上昇反応〕を引き起こすが、〔反復投与〕するとこの反応が減弱するタキフィラキシーがみられる(図3-14b)。これは神経終末への神経伝達物質の〔補給〕が間に合わず、ノルアドレナリンの遊離量が〔減少する〕ためである。したがって〔投与間隔〕を長くとるとノルアドレナリンが補給されて〔タキフィラキシー〕は起こらない。

 

薬物の蓄積

 薬物を反復投与した場合、体外への〔排泄速度〕が十分に速ければ、1回の投与で体内に負荷された薬物は次の投与までにその多くが体内から消失し、反復投与による薬物の〔蓄積〕や血中濃度の〔漸増〕は起こらない(図3-15a)。一方、負荷された〔薬物量〕に比べて体外への〔排泄速度〕が遅いと、薬物が体内に蓄積し、血中濃度が漸増して〔高値〕に到達するようになる(図3-15b)。その結果、投与ごとに薬物の作用は強くなり、〔中毒〕を起こすおそれがある。一般に、〔脂溶性〕の高い薬物は蓄積しやすいと考えられている。ベンゾジアゼピン系抗不安薬のジアゼパムは〔血中半減期〕が長く、〔蓄積〕を起こしやすい典型的な薬物である。蓄積を起こしやすい薬物に関しては、投与量と〔投与間隔〕に特に注意が必要である。

 

 

薬物依存性

 a)薬物依存の定義

 薬物依存とは、薬物の〔反復使用後〕に薬物を使用したいという〔強い欲求〕のために薬物使用の〔コントロール〕が困難となり、有害な影響が出ているにもかかわらず薬物使用を継続する状態である。〔モルヒネ〕は薬物依存を起こしやすい代表的な薬物である。薬物依存は〔精神依存〕と身体依存に区別されている。精神依存とは、薬物服用による〔快感〕を得るためにその薬物を服用したいという欲求が極めて強くなっている状態である。精神依存では、薬物の使用を急に中止しても顕著な〔退薬症状〕(いわゆる禁断症状)は現れない。一方、身体依存は身体が正常に機能するために〔薬物摂取〕が不可欠になった状態である。身体依存では、薬物の〔使用中止〕により、けいれんや激しい腹痛、〔嘔吐〕、下痢などの退薬症状が現れる。

 依存性を形成する薬物に対しては、〔耐性〕が形成されることが多い。したがって麻薬中毒者など〔薬物依存〕に陥っているケースの薬物使用量は次第に〔増加〕し、連用を中止した際の〔退薬症状〕も激しいものとなる。このため、〔薬物依存者〕はますます薬物を止めることができなくなる。一方、医療現場において薬物が〔適正〕に使用された場合には大きな問題とならないことが多い。モルヒネを〔がん疼痛〕の治療に使用した場合には、〔薬物依存〕が形成されにくいことが知られている。

 b)依存性を形成しやすい薬物

 薬物依存を形成しやすい薬物はいずれも〔中枢神経系〕に作用する薬物である。一般に、モルヒネなどの〔麻薬性鎮痛薬〕、バルビツール酸系催眠薬、アルコールなど、〔中枢抑制性〕の依存形成薬物は精神依存と身体依存の両方を形成する。たばこに含まれる〔ニコチン〕も精神依存と、弱いながら身体依存を形成するとされている。これらの薬物はいずれも〔耐性〕を形成する。一方、アンフェタミンやコカインといった中枢興奮薬や〔大麻〕は精神依存を形成するが、〔身体依存〕や耐性は形成しないと考えられている。中枢神経作用薬のうち、〔抗うつ薬〕や抗精神病薬は顕著な依存を〔形成しにくい〕とされている。

治療薬物モニタリングの重要性

治療薬物モニタリングの意義

 治療薬物モニタリング(TDM)とは、〔治療効果〕や副作用に関するさまざまな因子を〔モニタリング〕しながら、患者ごとに〔個別化〕した薬物投与を行うことである。TDMには、血液中の薬物濃度を指標とする〔薬物動態学的モニタリング〕と、薬効や毒性を反映する〔臨床パラメーター〕を薬効の指標とする〔薬力学的モニタリング〕がある。一般にTDMは前者の意味で用いられ、「〔薬物血中濃度モニタリング〕」と訳されることが多いが、広義には後者の意味も包括した概念である。〔投与量〕と薬効・副作用の関係が各種の修飾因子により大きく変動する薬物や、〔重大な副作用〕が現れやすい薬物に関しては、〔TDM〕の必要性は高い。

薬物動態学的モニタリング

 血中濃度と薬効や副作用の間に相関がみられ、主作用と重篤な副作用発現の間の〔用量差〕が小さい薬物に対しては、血中濃度を指標として投与量の〔最適化〕を目指す〔薬物動態学的モニタリング〕が行われる。体内動態が患者ごと、〔病態〕、併用薬により大きく変動する薬物では、薬物動態学的モニタリングの有用性・必要性は〔高い〕。通常は薬物の血中濃度を〔治療域〕の範囲内に維持することを目指す。薬効が不十分な場合や副作用がみられた場合は、薬物動態学に基づき投与法・〔投与量〕の変更が行われる。TDMの対象となる薬物には、〔フェニトイン〕などの抗てんかん薬、リドカイン塩酸塩などの抗不整脈薬、〔バンコマイシン塩酸塩〕などの抗菌薬、シクロスポリンなどの免疫抑制薬、〔ジゴキシン〕、テオフィリンなどがある。これらの薬物のTDMを行った場合の診療報酬として〔特定薬剤治療管理料〕があり、薬物ごとに対象となる〔疾患〕が指定されている。

薬力学的モニタリング

 薬効や副作用の指標となる〔臨床指標〕がある薬物では、その指標をもとに〔投与量〕の最適化を目指す〔薬カ学的モニタリング〕が行われる。抗凝固薬のワルファリンカリウムは血液の凝固を阻害する作用を有し、〔塞栓症〕の治療や予防に用いられるが、〔出血〕のリスクに配慮する必要がある。薬物に対する反応に〔個人差〕が大きく、〔薬物相互作用〕も強く現れることから、患者ごとの〔投与設計〕が行われる。患者の血液の〔プロトロンビン時間(PT*13)〕を測定し、標準血漿とのPTの比である国際標準比(INR*14)値を〔血液凝固能〕の指標とする。病態ごとに〔INR値〕の目標が定められており、これを目指して患者ごとの〔投与量〕が決定される(「疾病と治療-臨床」p.88参照)。

(田中光)