製剤に関する基礎知識

医薬品の剤形と投与経路

 〔薬理作用〕を有する化学物質(薬物)が医薬品として使用される場合、通常はそのままの形ではなく、作用の強度、〔物理化学的性質〕、吸収性などに応じて、より安全、〔有効〕かつ安定で、患者にとって使用しやすい製品を目指して適した〔形態〕へと加工される。この形態が〔剤形〕であり、ヒトや動物に適用するために形態を付与された状態が〔製剤〕である。薬物は何らかの〔形態〕を与えられることにより初めて〔医薬品〕となる。鎮痛薬と鎮痛剤を例にとれば、鎮痛薬は鎮痛効果を有する〔薬物〕、鎮痛剤はそれを〔製剤〕としたものである。この製剤は、錠剤や軟膏剤、〔注射剤〕など多種多様であり、それぞれの製剤にあわせて人体のさまざまな部分を介した〔経路〕により投与、適用される。

 ここでは、第十七改正日本薬局方および第一追補(以下、局方)の製剤総則に基づく主な剤形とその特徴について解説し、さらにそれらが投与される各経路における薬剤の吸収や薬効発現などについて説明する。

剤形の多様化とその背景

 局方の〔製剤総則〕には基準となる製剤名として〔67〕種類が記載されており、実際にはさらに多種多様な〔剤形〕が存在する(表2-1)。多種多様な剤形が考案されてきた理由は、まず、薬剤を適用する際の〔吸収性〕や安全性などの問題点を解決でき、かつ〔目的〕に最適な製剤が追求されてきたことにある。例えば、消化管から吸収されない医薬品は、体内へ直接投与するために〔注射剤〕が選択される。また、〔持続的〕に一定の薬効を発揮させるためには徐放性製剤や〔放出制御製剤〕が選択される。さらに、〔全身性〕の副作用を回避して患部での濃度を高めるためには、〔患部〕へ直接投与する局所適用製剤として〔点眼剤〕、軟膏剤、注射剤などが選択される。

 

 ついで〔使用性〕の追求があげられる。少しでも使いやすく、使用者が苦痛や不便、困難を感じることの少ない〔剤形〕をつくり出す努力が続けられている。例えば、刺激性や〔苦味〕が強い医薬品の場合は、〔コーティング〕することで服用しやすくなる。近年では、水がなくても服用できる〔口腔内崩壊錠(OD錠)〕の登場により、患者の〔利便性〕が向上した。薬物の〔安全性〕、有効性および〔使用性〕を改善し、侵れた医薬品を得ようとする努力が、さまざまな〔剤形〕を創出してきた。後述する薬物送達システム〔〔ドラッグデリバリーシステム(DDS*1)〕.p.66参照〕はその最たるものである。

主な剤形とその特徴

経口投与する製剤

錠剤

 〔錠剤〕は一般に最も汎用されている剤形で、医薬品を一定の形状に〔圧縮〕して成形するか、または溶媒で湿潤させた医薬品の〔練合物〕を一定の形状に成形するか、もしくは一定の型に流し込んで成形したものである(図2-1)。

 

 錠剤には、素錠、〔フィルムコーティング錠〕、糖衣錠、多層錠、有核錠、〔腸溶錠〕、徐放錠などが含まれる(図2-2)。

 

 a)錠剤の形態による分類

 ①素錠 素錠は〔裸錠〕ともいわれ、錠剤を打錠したままの状態であり、錠剤表面にコーティングなどの〔剤皮〕がないため溶解速度が〔速い〕。〔外部環境〕に影響を受けやすいため、〔水分〕や酸素により変質しやすい成分を含む場合には向いていない。

 ②フィルムコーティング錠 フィルムコーティング錠は〔高分子化合物〕で外側を被覆した錠剤で、〔コーティング剤〕の種類により、胃で溶ける胃溶錠や腸で溶ける腸溶錠、徐々に溶出する〔徐放錠〕とすることができる。

 ③糖衣錠 糖衣錠は〔白糖〕などで表面をコーティングしたもので、〔苦味〕を低減できるため飲みやすい剤形で汎用されている。

 ④多層錠 多層錠は〔組成〕の異なる粉末または顆粒を〔層状〕に積み重ねて、〔圧縮成形〕した錠剤であり、2層錠や3層錠がある。〔溶解性〕の異なる成分を1剤とする場合や、混合すると有効成分などが〔分解〕してしまう場合などに用いられる。

 ⑤有核錠 有核錠は錠剤の中に〔錠剤〕を配置したもので、中心の錠剤(〔内核錠〕)を組成の異なる粉末や顆粒を圧縮して〔外層〕でおおった錠剤である。薬剤の〔放出〕を制御する場合などに用いられる。

 b)腸溶錠、徐放錠

 ①腸溶錠 腸溶錠は胃酸などの〔酸性溶液下〕で不安定な薬剤や、胃に障害を与える薬剤などを胃内では溶けずに〔腸内〕で溶けるよう、すなわち、腸内の〔pH〕(弱酸性から中性)で溶解するよう〔コーティング剤〕などで加工したものである。胃内の〔pH〕が上昇している患者では、胃内での溶解に注意が必要である。

 ②徐放錠 徐放錠は〔投与回数〕の減少または副作用の〔低減〕を図るなどの目的で有効成分の放出速度、〔放出時間〕、放出部位を調節した製剤である。薬物が持続的に溶出、溶解するようコーティング剤や〔多層化マトリックス型〕などに成形することで、より少ない〔服用回数〕で一定の血中濃度を維持することができる。

 c)口腔内崩壊錠

 口腔内崩壊錠は〔口腔内〕で速やかに溶解または〔崩壊〕させて服用できる錠剤である。〔〕がなくても服用できるため、〔嚥下困難〕な患者や外出時、また、〔水分摂取〕を制限されている場合などにも有用である(図2-3)。

 

 d)チュアブル錠

 チュアブル錠は〔咀嚼〕して服用する錠剤である。ロ腔内崩壊錠が〔唾液〕で自然に崩壊するのに対して、〔チュアブル錠〕は噛み砕かなければ口腔内で〔錠剤〕の形状を維持する(図2-4)。

 

 e)発泡錠

 発泡錠は水中で〔急速〕に発泡しながら溶解または〔分散〕する錠剤である。わずかな水分で〔炭酸ガス〕を発生しながら崩壊するため、錠剤を〔〕に溶かして服用する。

 f)分散錠

 分散錠は水に〔分散〕して服用する錠剤である。〔少量〕の水に分散させて服用できるため、〔嚥下困難〕な場合、また、小児など錠剤の服用が困難な場合にも有用である(図2-5)。

 

 g)溶解錠

 溶解錠は〔〕に溶解して服用する錠剤である。

カプセル剤

 カプセル剤は経口投与することを目的に、カプセルに〔充填〕またはカプセル基剤で〔被包成形〕した製剤であり、〔硬カプセル剤〕と軟カプセル剤がある。

 a)硬カプセル剤

 硬カプセル剤(図2-6a)のカプセル内には、粉体や〔顆粒剤〕などの薬剤を封入することができる。カプセル自体は〔ゼラチン〕などを基剤とし、〔添加剤〕を加えて成形しており、錠剤よりも〔崩壊時間〕のばらつきは少ないが、その反面、〔湿度〕や熱に弱いものもある。カプセルには8種類の〔規格〕があり(図2-7)、嚥下困難者にとって大きなカプセルは服用しづらいため、医薬品の種類によっては〔脱カプセル〕して経口投与することもできる。脱カプセルとは、カプセルをはずして〔内容剤〕のみを投与することである。その際、内容剤のみを投与できるか否かは、内容剤の粉砕の〔可否〕や、吸湿性などの〔安定性〕、カプセル自体の徐放性加工の有無などにより総合的に判断する必要がある。また、カプセル内に徐放性顆粒を封入すると〔徐放カプセル〕となる。さらに、カプセル自体を〔腸溶化〕することも可能である。

 

 

 b)軟カプセル剤

 軟カプセル剤(図2-6b)のカプセル内には、〔油液状〕または懸濁状の薬剤を封入することができる。カプセル自体はゼラチンなどに〔グリセリン〕またはD-ソルビトールなどを加えて〔塑性〕を増したカプセル基剤で、一定の形状に被包成形したものである。

 

顆粒剤

 顆粒剤は経口投与する〔粒状〕に造粒した製剤である(図2-8)。糖衣や腸溶性などの〔コーティング〕を施しているものもあり、適切な方法により〔徐放性顆粒剤〕または腸溶性顆粒剤とすることができる。顆粒剤のうち〔18号(850μm)〕ふるいを全量通過し、〔30号(500μm)〕ふるいに残留するものが全量の〔10〕%以下のものを〔細粒剤〕と称することができる(図2-8)。

 

 顆粒剤(細粒剤を含む)は、〔小児〕や嚥下困難者に多く用いられ、患者個人に合わせた細かな投与量の〔調節〕が可能である。一方、〔〕などとともに服用せざるを得ず、場合によっては口腔内に〔苦味〕を呈したり、服用時にこぼすなどして確実な服用ができない場合もあり、〔服薬アドヒアランス〕の低下を引き起こすこともある。

 また、漢方エキス顆粒は生薬を水とともに一定時間加熱し、その〔浸出液〕を濾過したものを濃縮、乾燥させて〔顆粒状〕にしたものであり、一般的に、漢方薬として処方されるものの多くがこの剤形を〔分包品〕として汎用している。

 a)発泡顆粒剤

 発泡顆粒剤は水中で急速に発泡しながら〔溶解〕または分散する顆粒剤である。臨床上では〔胃X線検査〕の際の発泡剤が代表的である(図2-9)。

 

散剤

 散剤は経口投与する〔粉末状〕の製剤である(図2-8)。顆粒剤と同様、小児や〔嚥下困難者〕に多く用いられ、〔投与量〕の調節が可能である。水などとともに服用しなければならず、口腔内に〔苦味〕を呈したり、こぼすなどして〔確実な服用〕ができない場合があり、服薬アドヒアランスの〔低下〕を引き起こすこともある。

経口液剤

 経口液剤は経口投与する液状または〔流動性〕のある粘稠な〔ゲル状〕の製剤である。一般に、後述のシロップ剤とは異なり粘性が〔高い〕。服薬アドヒアランス向上のため、フルーツなどの〔フレーバー製品〕もある(図2-10)。

 

 a)エリキシル剤

 エリキシル剤は甘味および芳香のある〔エタノール〕を含む澄明な液状の経口液剤である。主薬の〔溶解〕を目的に添加されるエタノール(4~40%)を含む香りのよい〔内用液剤〕として成人、小児ともに使用される(図2-11)。

 

 b)懸濁剤

 懸濁剤は有効成分を微細均質に〔懸濁〕した経口液剤である。〔難溶性薬剤〕や不溶性薬剤は水に溶けにくく、〔沈殿〕や不均ーとなる場合があるため、服用時は十分に〔懸濁〕する。なお、主成分が〔微量〕のものや作用の強い薬剤には用いられない(図2-12)。

 

 c)乳剤

 乳剤は有効成分を微細均質に〔乳化〕(p.23参照)した経口液剤である。

 d)リモナーデ剤

 リモナーデ剤は甘味および酸味のある澄明な〔液状〕の経口液剤である。

シロップ剤

 シロップ剤は経口投与を目的として、〔糖類〕または甘味剤を含む粘稠性のある液状または〔固形〕の製剤である(図2-13)。原液は〔糖含有量〕が高いため長期保存が可能である。甘味による〔苦味マスキング効果〕により、〔小児〕や高齢者が服用しやすい剤形である。水溶性の薬剤を溶液とした〔溶液型シロップ剤〕と、難溶性の薬剤を〔微粉末〕とし、医薬品粒子が沈殿しないように適当な〔懸濁化剤〕を加えて懸濁液とした懸濁シロップ剤とがある。

 

 a)シロップ用剤

 シロップ用剤は溶液状態では〔分解〕や変性するなど、不安定な薬剤をシロップ剤とする場合に用いられる剤形である。〔ドライシロップ剤〕とも呼ばれ、〔顆粒〕や粉末として交付され、服用するときに〔〕を加えてシロップとする。そのまま服用することもできる。〔吸湿性〕が高いため、〔気密性〕の高い容器に保存する(図2-14)。

 

経ロゼリー剤

 経口ゼリー剤は経口投与する〔流動性〕のない成形した〔ゲル状〕の製剤である。適度な硬さと〔粘性〕を有しているため、水分誤嚥のある〔嚥下障害〕の患者などに対して用いられる。また、〔苦味マスキング〕を目的に甘味料などが添加されていて服用しやすい製剤である(図2-15)。

 

経口フィルム剤

 a)口腔内崩壊フィルム剤

 口腔内崩壊フィルム剤は、口腔内で速やかに溶解または崩壊する〔フィルム〕の基剤中に有効成分が含有されており、〔〕を必要とせずに服用できる製剤である。〔嚥下困難〕な場合に有用な剤形である。

口腔内に適用する製剤

口腔用錠剤

 a)トローチ剤

 トローチ剤は医薬品を一定の形状に製したもので、口腔内で〔徐々〕に溶解または崩壊させ、口腔、〔咽頭〕などの局所に適用する〔口腔用錠剤〕である。錠剤と同じ製法で製剤され、味をよくするため賦形剤として糖分を多く用い、〔矯味矯臭剤〕が添加されており、コーティングは〔されていない〕(図2-16)。

 

 b)舌下錠

 舌下錠は有効成分を〔舌下〕で速やかに溶解させ、〔口腔粘膜〕から吸収させる口腔用錠剤である。狭心症治療薬の〔ニトログリセリン舌下錠〕が代表的である(図2-17)。

 

 c)バッカル錠

 バッカル錠は有効成分を臼歯と〔〕の間で徐々に溶解させ、〔口腔粘膜〕から吸収させる口腔用錠剤である。舌下錠と同様に速やかに吸収されるため、近年では、がんにおける一時的な〔強い疼痛の緩和〕を目的とした製剤もある(図2-18)。

 

 d)付着錠

 付着錠は〔口腔粘膜〕に付着させて用いる口腔用錠剤である。〔全身作用〕を目的とした場合は上顎の唇と歯茎の間に挿入して〔歯肉〕に貼り付け、口腔粘膜から吸収させる。〔局所作用〕を目的とした場合は、例えばアフタ性口内炎の保護や治療を目的とした場合は、口腔内の〔患部〕に貼り付けて口中で舐めて溶かすことで有効成分が徐々に溶け出し、〔口腔内殺菌〕、口臭除去などの機能を〔持続的〕に発現させる(図2-19)。薄型の錠剤や〔フィルム剤〕がある。アフタ性口内炎に用いられる〔トリアムシノロンアセトニド〕(アフタッチR)が代表的である。

 

 e)ガム剤

 ガム剤は〔咀嚼〕により有効成分を放出する口腔用錠剤である。〔禁煙補助薬〕のニコチンガム製剤が代表的である(図2-20)。

 

口腔用液剤

 口腔用液剤は口腔内に適用する〔液状〕または流動性のある粘稠な〔ゲル状〕の製剤である。口腔用液剤には〔含嗽剤〕が含まれる。

 a)含嗽剤

 含嗽剤は〔うがい〕のために口腔、咽頭などの〔局所〕に適用する液状の製剤である(図2-21)。

 

口腔用スプレー剤

 口腔用スプレー剤は有効成分を〔霧状〕、粉末状、泡沫状またはペースト状などとして噴霧する製剤である。全身作用を目的とした製剤としては、狭心症治療薬であるニトログリセリンを〔舌下粘膜〕から吸収させる定量噴霧式の〔ニトログリセリン舌下スプレー剤〕などがある(図2-22)。

 

口腔用半固形剤

 口腔用半固形剤は〔口腔粘膜〕に適用する製剤であり、クリーム剤、〔ゲル剤〕または軟膏剤がある(図2-23)。

 

注射により投与する製剤

 注射剤は〔静脈〕などを介して医薬品を体内へ直接投与する製剤である。吸収過程において〔消化管〕、皮膚などの生体防御機構を介さないため、〔感染〕のリスクがある。そのため、注射剤は〔無菌状態〕でなければならず、医療現場で注射剤を使用する際は〔滅菌〕または無菌的に調製する。

 滅菌とは〔すべての微生物〕を殺滅または除去することであり、滅菌するものの性質などに合わせて〔滅菌法〕が選択される。滅菌法には〔加熱法〕、照射法およびガス法とこれらが適用できない液状製品を孔径0.22μm以下の〔メンブランフィルター〕などで濾過して微生物を除去する濾過法がある。

 〔クリーンベンチ〕(図2-24)は、無菌操作(無菌的な調製)を行う際に、〔外的環境〕からの汚染を防ぐことができる状態で作業するための装置であり、注射剤や輸液剤の〔調製〕はここで行う。

 

注射剤

 注射剤は〔皮下〕、筋肉内または血管などの体内組織・器官に直接適用する。〔溶液〕、懸濁液、乳濁液、または〔用時溶解〕もしくは用時懸濁して用いる固形の無菌製剤であり、以下の①~④に大別される。なお、懸濁とは〔固体粒子〕が液体に分散した状態であり、乳濁は〔液体の粒子〕が液体に分散した状態のものをいう。

 ①溶液性注射剤 溶液性注射剤は注射用水、生理食塩液などの〔水性溶剤〕、または、主に植物油など〔非水性溶剤〕に医薬品を溶解したものである。

 ②懸濁性注射剤 懸濁性注射剤は溶剤中に粒子径〔150μm〕以下の不溶な医薬品の粒子が懸濁している注射剤であり、血管内や脊髄腔内には直接投与〔できない〕。しかし、皮下や皮内に注射することで〔放出調節製剤〕とすることができる。例えば〔インスリン製剤〕には、皮下に注射後すぐに吸収される溶解液と〔持続的〕に吸収される懸濁液とが混合された製剤がある。

 ③乳濁性注射剤 乳濁性注射剤は溶液中に〔液状〕の医薬品もしくは医薬品を溶解した液体が〔分散〕している注射剤であり、もともと混じり合わない液滴を〔リポ化(乳化)〕することで分散させたものである。〔脊髄腔内〕には投与できない。また、その粒子径は〔7μm〕以下とする。

 ④用時溶解注射剤 用時溶解注射剤には〔凍結乾燥注射剤〕と粉末注射剤がある。保存状態では、医薬品は〔凍結乾燥品〕や粉末としてアンプルやバイアル内に製してあり(p.43参照)、使用時に〔溶剤〕を用いて溶解または〔懸濁〕させて用いる注射剤である。この保存形態は、溶液中では〔安定性〕が確保できない医薬品に用いる(図2-25)。

 

 その他、薬液調製時もしくは投薬時の過誤、〔細菌汚染〕あるいは異物混入の防止、または〔緊急投与〕を目的に、充填済みシリンジ剤(〔プレフィルドシリンジ〕)などがある(図2-66参照)。

 

 

 a)輸液剤

 輸液剤は静脈内投与する〔100mL〕以上の注射剤であり、主に水分補給、〔電解質補正〕、栄養補給などを目的に投与される。また、輸液剤は時間など投与方法が同じ場合は、ほかの〔注射剤〕と混合して投与されることもある。

 〔中心静脈栄養療法(IVH*2)〕とは、人体が1日に必要な糖、アミノ酸、脂肪、ビタミン、電解質、微量元素などの栄養素と水分(2,000~3,000mL/日)を〔中心静脈〕から投与する方法である。〔消化管〕が使用できない、または使用しないほうが望ましい場合に、高カロリーの栄養液を〔鎖骨下静脈〕などから投与する。高カロリー輸液は高濃度のブドウ糖、〔アミノ酸液〕からなり、高浸透圧であるため血液量の多い中心静脈内に留置した〔カテーテル〕により投与される(図2-26)。

 

 b)埋め込み注射剤

 埋め込み注射剤は〔長期〕にわたる有効成分の放出を目的として、皮下、〔筋肉内〕などに埋め込み用の器具を用いるか、〔手術〕により適用する。固形またはゲル状の注射剤である。

 c)持続性注射剤

 持続性注射剤は長期にわたる有効成分の〔放出〕を目的に、筋肉内などに〔懸濁液〕などとして適用する注射剤である。筋肉内のみならず〔皮下〕などに適用される製剤もある。例えば黄体形成ホルモン放出ホルモン(LHRH*3)製剤のリュープロレリン酢酸塩は、〔マイクロカプセル〕に封入された懸濁液として皮下に1回投与することで、〔4~24〕週間にわたり持続的に一定の速度で薬剤が放出される徐放性製剤となっている(図2-27)。これにより〔通院〕の負担を軽減できる。

 

透析に用いる製剤

透析用剤

 透析用剤は腹膜透析または〔血液透析〕に用いる液状もしくは〔用時溶解〕する固形の製剤である。

 a)腹膜透析用剤

 腹膜透析用剤は〔腹膜透析〕に用いる無菌の透析用剤である。腹膜を使って〔老廃物〕などを透析液に移行させ、それを取り換えることで血液の〔浄化〕を行うために用いられる。自宅などで〔患者自身〕が交換可能な製剤でもある。

 b)血液透析用剤

 血液透析用剤は〔血液透析〕に用いる透析用剤である。血液透析を行う際の灌流液として〔粉末溶解装置〕で溶解して使用される製剤である。

気管支・肺に適用する製剤

吸入剤

 吸入剤は有効成分を〔エアゾール〕として吸入し、〔気管支〕または肺に適用する製剤である。エアゾールとは、気体中に〔固体〕または液体の微粒子が分散浮遊している〔コロイド状態〕を意味する。なお、医薬品の溶液懸濁液などを同一容器内の〔液化ガス〕または圧縮ガスの圧力により噴出して用いるようにしたものを〔エアゾール剤〕と呼ぶ。

 a)吸入粉末剤

 吸入粉末剤は吸入量が一定となるように調製された、〔固体粒子〕のエアゾールとして吸入する製剤である(図2-28,図2-29)。

 

 

 

 b)吸入液剤

 吸入液剤は〔ネプライザ〕(図2-30)などにより適用する液状の吸入剤である。ネプライザなどを用いて発生させた〔微細な液滴〕はそのまま上気道などまで到達する。

 

 c)吸入エアゾール剤

 吸入エアゾール剤は容器に充填した〔噴射剤〕とともに、一定量の有効成分を噴霧する〔定量噴霧式吸入剤(MDI*4)〕である。通例、耐圧性の〔密封容器〕が用いられる。MDIに用いられる〔液化ガス〕は噴射されるとそれ自体が気化して〔液滴〕を破壊するため微細な粒子を得やすい(図2-31)。

 

目に投与する製剤

点眼剤

 点眼剤は〔結膜嚢〕などの眼組織に適用する。液状または〔用時溶解〕もしくは用時懸濁して用いる固形の無菌製剤である(図2-32)。溶剤の種類としては、水性剤と〔非水性剤〕がある。点眼剤は涙液の〔浸透圧〕とほぼ同じに調製される。また、点眼剤は繰り返しの使用による〔汚染〕を防止するため〔保存剤〕が添加される。保存剤を添加しなくてもよい製剤としては、〔1回使い切り〕の製剤(図2-71参照)やPF*5デラミ容器などがある。PFデラミ容器は0.22μmの〔メンブランフィルター〕を装着した製剤であり、開封後も外部からの細菌、真菌などの侵入を防ぎ、容器内は〔無菌状態〕に保たれている。

 

 

 a)持続性点眼液

 持続性点眼液としては、〔点眼直後〕に涙液と接触することで〔ゲル化〕する製剤のチモプトールXE点眼液や、〔眼表面温度〕でゲル化する製剤のリズモンTG点眼液などがあり、これらにより〔一定時間持続的〕に作用する。また、〔アルギン酸〕の添加により粘性を高めて〔滞留性〕を向上させたミケランLA点眼液などがある。

眼軟膏剤

 眼軟膏剤は結膜嚢などの眼組織に適用する〔半固形〕の無菌製剤である。眼軟膏剤には基剤としては〔刺激性〕のない油脂性基剤であるワセリンや〔流動パラフィン〕がよく用いられ、それに粉砕した主薬を〔溶解〕または懸濁して製する。主薬の粒子径は〔75〕μm以下とする。点眼剤に比べて使用感が悪い半面、患部への〔付着性〕に優れており、〔持続的〕に薬効を発揮できる。

耳に投与する製剤

点耳剤

 点耳剤は外耳または〔中耳〕に投与する。液状、半固形または用時溶解もしくは〔用時懸濁〕して用いる固形の製剤である(図2-33)。基本的に、点耳された有効成分は外耳、〔中耳〕では吸収されない。

 

鼻に適用する製剤

点鼻剤

 点鼻剤は鼻腔または〔鼻粘膜〕に投与する製剤で、微粉状の〔点鼻粉末剤〕と、液状または用時溶解もしくは用時懸濁して用いる〔点鼻液剤〕とがある。〔定量噴霧式製剤〕として製されており、1回の噴霧量は常に〔均等〕となる。

 a)点鼻粉末剤

 点鼻粉末剤は〔鼻腔〕に投与する微粉状の点鼻剤である。従来の〔カプセル充填型〕の粉末製剤(リノコートRカプセル鼻用50μgなど)と、容器に充填済みで〔再充填〕の必要がない製剤(リノコートRパウダースプレー鼻用25μgなど)がある。

 b)点鼻液剤

 点鼻液剤は鼻腔に投与する液状、または〔用時溶解〕もしくは用時懸濁して用いる固形の点鼻剤である(図2-34)。

 

直腸に適用する製剤

坐剤

 坐剤は〔直腸内〕に適用する体温によって〔溶融〕するかまたは水に徐々に溶解もしくは分散することにより有効成分を〔放出〕する、一定の形状の〔半固形〕の製剤である(図2-35)。感染症や痔治療などの〔局所作用〕を目的とした製剤と、解熱鎮痛、抗けいれんなど〔全身作用〕を目的とした製剤がある。坐剤は〔基剤〕に医薬品を均ーに混和して製するため、はさみなどで分割することにより〔投与量〕の変更も可能である。

 

直腸用半固形剤

 直腸用半固形剤は肛門周囲または〔肛門内〕に適用する製剤であり、〔クリーム剤〕、ゲル剤または軟膏剤がある。ヒドロコルチゾン含有痔治療薬〔強カポステリザン(軟膏)、図2-36〕は、患部が内部の場合、〔ノズル部分〕のみを肛門内に挿入し、〔軟膏〕を押し出して使用する。

 

注腸剤

 注腸剤は肛門を通して適用する液状または粘稠な〔ゲル状〕の製剤である。〔潰瘍性大腸炎治療薬〕が代表的である(図2-37)。注腸剤はノズルなどを〔肛門内〕に挿入し、容器を〔圧迫〕して薬液を注入して用いる。

 

腟に適用する製剤

腟錠

 腟錠は〔〕に適用する、水に徐々に溶解または分散することにより有効成分を放出する一定の形状の〔固形〕の製剤で、〔腟内感染症〕や不妊治療などに用いられる(図2-38)。

 

腟用坐剤

 腟用坐剤は腟に適用する、〔体温〕によって溶解するか、または水に徐々に溶解もしくは〔分散〕することにより有効成分を放出する一定の形状の〔半固形〕の製剤である。腟内感染症や〔治療的流産〕などに用いられる。

皮膚などに適用する製剤

 皮膚などに適用する製剤には皮膚(頭皮を含む)または〔〕に塗布あるいは散布、噴霧、貼付することにより、〔局所〕への作用を目的としたものと、〔経皮吸収型製剤〕のように皮膚を通して有効成分を全身循環血へ送達することで〔全身性〕の作用を目的としたものがある。

外用固形剤

 a)外用散剤

 外用散剤は皮膚(頭皮を含む)または爪に、〔塗布〕あるいは散布して用いる散剤で、〔皮膚潰瘍〕や湿疹、あせもなどに用いられる。

外用液剤

 外用液剤は皮膚(頭皮を含む)または爪に塗布する液状の製剤であり、患部に直接、または〔皮膚〕を通して患部へ浸透させて用いる。

 a)リニメント剤

 リニメント剤は皮膚に〔すり込んで〕用いる液状または〔泥状〕の外用液剤である。

 b)ローション剤

 ローション剤は有効成分を〔水性〕の液に溶解または〔乳化〕もしくは微細に分散させた外用液剤であり(図2-39)、それを直接皮膚に塗布する。軟膏剤に比べて〔流動性〕が高いため塗布感はよいが、〔薬効持続性〕で劣る。〔毛髪〕の上からでも塗布できる。

 

スプレー剤

 スプレー剤は有効成分を霧状、〔粉末状〕、泡沫状またはペースト状などとして皮膚に〔噴霧〕する製剤である。

 a)外用エアゾール剤

 外用エアゾール剤は容器に充填した〔液化ガス〕または圧縮ガスとともに有効成分を噴霧する〔スプレー剤〕である。主に液化ガスなどの気体とともに薬剤溶液または〔固体微粒子〕を封入したもので、〔外用塗布剤〕として使用される(図2-40)。塗布時に手指が汚れず〔利便性〕に優れており、〔消炎鎮痛薬〕の塗布時に汎用される。外用エアゾール剤には〔液化ガス〕が用いられる場合が多く、これに引火したことによる事故が発生しているため、使用の際には〔注意〕が必要である。

 

 b)ポンプスプレー剤

 ポンプスプレー剤は〔ポンプ〕により容器内の有効成分を〔噴霧〕するスプレー剤である(図2-41)。

 

軟膏剤

 軟膏剤は主薬を〔基剤〕に溶解または分散させた半固形の製剤で、〔皮膚〕に塗布して使用する。一部は〔基剤〕のみでも用いられる。基剤とはその形状をつくっているもので、軟膏や坐剤などの製造に際して使用される〔賦形剤〕である。代表的な基剤としては、〔ワセリン〕やマクロゴールがある。軟膏剤は基剤の種類により主薬の皮膚への〔透過性〕や主薬自体の〔安定性〕が決まる。また、基剤による皮膚に対する〔保護作用〕や軟化作用も治療上重要である。

 ①油脂性軟膏剤 ワセリンや流動パラフィンなどの〔油脂性基剤〕は、〔皮膚刺激性〕が少なく保水性に優れているため、乾燥した皮膚や患部に適応する。湿潤した患部にも使用できる。一方、べたつき感も〔高い〕。

 ②水溶性軟膏剤 代表的な水溶性基剤の〔マクロゴール〕は皮膚への〔浸透性〕が低く、〔吸水性〕が高いため、湿潤した患部に塗布することで患部からの分泌物の〔除去〕に適している。一方乾燥した患部では〔刺激性〕を示す。

 軟膏を測り取るときの単位としては、〔FTU〕*6が用いられる。これは大人の人差し指の第一関節の長さ分の量(〔0.5〕g)に相当し、大人の手のひら2枚分程度の患部に塗布できる。なお、軟膏チューブによって絞り出す〔口の大きさ(口径)〕が異なるため、1FTUであっても測り取れる量は若干異なる。

クリーム剤

 クリーム剤は油脂性基剤と水を〔界面活性剤〕によって乳化させたもので、皮膚への〔浸透性〕がよく、〔使用感〕もよい。〔乾燥皮膚〕に適しており、びらんや潰瘍など湿潤した患部には適さない。

ゲル剤

 ゲル剤は皮膚に塗布する〔粘性〕のあるゲル状の製剤であり、水性ゲル剤と〔油性ゲル剤〕に分類される(図2-42)。

 

貼付剤

 貼付剤は皮膚に貼付する製剤であり、テープ剤と〔パップ剤〕に分類される。貼付剤のうち経皮吸収型製剤は、〔全身作用〕を期待して皮膚に適用する〔持続性製剤〕である。医薬品を基剤と均等に混和し、布やプラスチック製のフィルムに〔展延〕または封入して成形される。また、〔放出調節膜〕を用いたものもある。一定の血中濃度の維持が可能であるため、〔喘息〕や狭心症予防などに用いられ、〔アドヒアランス〕の向上に大きく貢献している製剤である。肝臓での〔初回通過効果〕を受けない投与方法でもある。

 a)テープ剤

 テープ剤はほとんど〔〕を含まない基剤を用いる貼付剤であり、〔プラスチック製フィルム〕などに展延または封入し、皮膚に粘着させて用いるもので、消炎鎮痛薬や局所麻酔薬などの〔局所作用〕を目的としたものと、狭心症治療薬などの〔全身作用〕を目的としたものとがある。現在、〔粘着剤〕に医薬品を混ぜて皮膚に貼り付け吸収させるものが多く用いられている(図2-43)。

 

 b)パップ剤

 パップ剤は医薬品の粉末と〔精油成分〕を含むもので泥状に製するか、または布上に展延成形して製した〔湿布〕に用いる外用剤である。製造販売されているほとんどのものは、ガーゼや不織布などに局所刺激薬、〔消炎鎮痛薬〕などを含ませた成形剤である(図2-44)。

 

生薬関連製剤

 生薬関連製剤は主として〔生薬〕を原料とする製剤であり、表2-2に示す製剤がある。代表的な製剤としては〔乾燥エキス剤〕がある。乾燥エキス剤は、生薬を水とともに一定時間加熱し、得られた〔浸出液〕を乾燥させて固塊、〔粒状〕または粉末としたものである(図2-45)。

 

 

医薬品の添加剤

 医薬品に加えられる〔添加剤〕は製剤に含まれる有効成分以外の物質であり、医薬品および製剤の〔有用性〕を高める、〔製剤化〕を容易にする、品質の〔安定化〕を図る、使用性を向上させるなどさまざまな目的に応じて使用されている。ただし、用いる添加剤はその製剤の投与量において〔薬理作用〕を示さず、無害で、医薬品の〔治療効果〕を妨げないものでなければならない。また、添加剤は先発医薬品と後発医薬品との間で〔異なる〕場合が多く、医療現場において先発医薬品から後発医薬品への切り替えなど〔採用薬選定〕の際の評価対象となったり、〔安定性〕などの違いの原因になったりする。

 添加剤が用いられる製剤としては、〔固形製剤〕、半固形製剤、液体製剤、〔点眼剤〕、注射剤などがあげられる。添加剤としてよく用いられるものについて、表2-3、表2-4に示す。

 

 

医薬品の投与経路と吸収部位の特徴

 医薬品は人体のさまざまな部位を介した〔経路〕により投与される。例えば、経口剤は口から投与され、溶解後、主に〔小腸上部〕から吸収されて全身へ分布する。一方、〔外用剤〕は皮膚、口腔内、鼻、直腸、腟などの粘膜、眼や耳へ貼布、塗布するなどして〔直接投与〕される。外用剤は皮膚や〔粘膜〕などから吸収され、その作用としては吸収される部位やその周囲で作用する〔局所作用〕と、全身血中に移行して作用する〔全身作用〕がある。注射剤は皮内、皮下、筋肉内、〔静脈内〕など多くの部位と経路で投与される。それぞれの投与部位・経路における薬剤の吸収の特徴と、薬効発現の速さと持続の違いについて以下に解説する。

 同じ成分の医薬品でも、〔投与経路〕を変えることで作用が発現するまでの時間や全身血中への移行率[〔生物学的利用能〔バイオアベイラビリティ(BA*7)〕〕p.64参照]が変わることがある。例えば、速やかな薬効を得たい場合は経口投与より〔静脈内注射〕が適している。また、経口投与すると〔初回通過効果〕(p.53参照)を受けるためBAが〔低い〕薬剤でも、〔坐剤〕として直腸に投与することで初回通過効果を回避できる場合がある。したがって〔投与経路〕、剤形の選択に当たってはそれぞれの特徴を十分に理解し、患者の状況や〔目的〕に合わせて最良の投与経路、〔剤形〕を選択する必要がある。

 それぞれの経路から投与される医薬品は〔製法〕や機能、その特性により多種多様であり、局方の製剤総則により定義される〔剤形〕に分類される。すなわち、経口投与の場合は、製法や性状から錠剤、〔カプセル剤〕、シロップ剤などに分類され、さらにその機能と特性から、錠剤には〔口腔内崩壊錠〕やチュアプル錠などが含まれる。

経口投与

 経口投与とは〔〕から薬剤を服用し、主として小腸上部など〔消化管〕からの吸収を目指す投与経路である。最も〔一般的〕な投与経路の一つである。服用が〔簡便〕で、服用時の〔不快感〕も少ないことが特徴である。経口投与では、錠剤やカプセル剤の多くは服用後、消化管内で〔崩壊・溶解〕し、主に小腸上部で吸収され、〔門脈〕から肝臓を経て〔全身循環血〕に移行する。そのため、経口投与された薬剤が〔薬効〕を発揮するには比較的時間がかかる。また、薬物によっては、〔経口投与〕されると消化管や肝臓で〔初回通過効果〕(p.53参照)を受けることがあるため、消化管から吸収された薬物がすべて〔全身循環〕に移行するとは限らない。

 経口投与は消化管内での作用を目的とする場合を除いて、〔消化管〕から吸収されない薬物には適さない。そのため、消化管から吸収されない薬物の場合は、〔静脈内注射〕、皮下注射、鼻粘膜投与などその他の〔投与経路〕が選択される。例えば、糖尿病治療に用いられる〔インスリン製剤〕がこれに該当する。一般にインスリン製剤は〔皮下〕に注射される。服用すると〔胃腸障害〕を引き起こす薬剤も経口投与には適さないため、その他の投与経路が選ばれることが多い。

 経口投与は〔食事〕の影響を受ける場合もある。例えば、抗がん薬であるエベロリムスは、食事によりその〔吸収率〕が低下するとの報告もある(図2-46)。そのため、その用法は、「食後又は空腹時のいずれか一定の条件で投与」とされている。一方、組織活性型消炎鎮痛薬であるインドメタシンファルネシルは〔空腹時投与〕によって顕著に吸収が低下するため、適用上の注意に「通常食〔摂取後〕又はミルク等とともに服用させること」と記載されている。また、生体側の要因や〔併用薬〕の影響により〔吸収特性〕が変化することもある。

 

 経口投与はほかの投与経路に比べて患者の〔苦痛〕や不快感は少ないが、服用時の〔苦味〕が問題となる場合がある。これを軽減するため、〔甘味料〕を添加したものや口腔内での溶解を避ける〔コーティング〕が施されたものも多い。経口投与に適した剤形としては、錠剤やカプセル剤、〔顆粒剤〕、シロップ剤など多くが開発されている。

口腔内への投与

 口腔内投与には〔舌下〕の粘膜からの吸収による〔全身作用〕を目的とする場合と、〔口腔粘膜〕への局所作用を目的とする場合とがある。全身作用を目的とした場合は、舌下の粘膜から吸収された医薬品はそのまま〔全身循環血〕に移行するので〔初回通過効果〕を回避でき、〔即効性〕が期待できる。代表的な医薬品としては狭心症発作治療薬の〔ニトログリセリン〕があげられる。ニトログリセリン錠は〔舌下〕で溶解後、速やかに吸収されて〔薬効〕を発現する(図2-17参照)。一方、口内炎などの治療では、局所作用を目的とした貼付剤、〔付着錠〕などが用いられる。

 

 全身作用、局所作用のどちらの場合でも、〔口腔用錠剤〕を用いる際は経口用の錠剤と間違えて〔誤飲〕しないよう注意する必要がある。口腔内に投与する製剤の使用上の利点および欠点は〔皮膚〕に適用する製剤と同様である(表2-5)。

 

注射による投与

 注射による投与の最大の特徴は、目的の部位に〔直接投与〕できるという点にある。そのため、作用部位に投与すれば〔即効性〕が得られる。特に直接、〔静脈内〕に注射する場合は吸収過程がないため、〔経口投与〕などと比較して速やかに薬効が現れることから、〔緊急時〕の投与経路としても重要である。

 皮下や筋肉内に注射する場合は組織内に〔拡散〕し、組織の〔毛細血管〕から全身循環血へ移行する。また、注射剤はいずれの経路においてもほとんど〔初回通過効果〕を受けない。したがって、注射による投与は〔消化管〕から吸収されない薬物や、初回通過効果を受けるために〔BA〕が低い医薬品の投与経路として有用である。また、注射による投与は〔経口投与〕ができない患者における投与経路としても用いられる。

 一方、血管内に急速投与した場合は、経口投与などと比べて〔体内濃度〕が急速に高まることや、本来ほかの投与経路では入らないものが〔全身循環血〕に入ることにより、〔急性の副作用〕が起こる危険性も高い。さらに、ほとんどの注射剤は〔医療従事者〕によって投与されるため、患者は入院や通院などが必要となる。また、体内に〔直接薬剤〕を投与するため感染のリスクが〔高い〕。そのため、注射剤そのものを〔無菌的〕に調製するとともに〔注射針〕やその刺入部位の汚染による〔感染〕に注意する必要がある。

 注射時の疼痛や〔投与局所〕での傷害も問題となる。特に静脈内注射では〔血管炎〕などを起こすことがある。さらに、抗がん薬などは血管外へ〔漏出〕して皮膚組織や筋肉組織の損害、〔激しい疼痛〕を引き起こし、重篤な場合は組織の〔潰瘍〕や壊死に至る。筋肉内注射や皮下注射では、高濃度の薬液が〔投与部位〕に滞留するため、組織を〔傷害〕する危険性が高い。

 注射剤の代表的な投与部位を図2-47に示す。それぞれの注射方法の目的と特徴を表2-6に示す。

 

 

 

吸入による投与

 吸入による医薬品の投与は、気道や〔気管支〕、肺組織をターゲットとする場合に多く用いられる。〔ガス交換〕に合わせて医薬品を含んだ霧(〔エアゾール〕)を口腔や鼻腔から吸入すると、咽頭から〔気管〕、気管支、細気管支、〔肺胞〕へ到達する。その到達部位は〔粒子径〕により異なり、気管では10~60μm、細気管支では〔10〕μm以下、末端の肺胞には〔3〕μm以下の粒子が主に到達する。そのため、上気道での炎症や〔感染〕などの患部に対する直接の作用を期待する場合は、エアゾールの粒子径はおよそ〔10〕μm以上、また、細気管支などに対する直接の作用を期待する場合には、〔10〕μm以下である必要がある。

気道、気管支

 吸入により投与される医薬品は多くの場合、粉末または液体の〔エアゾール〕の形で用いられている。代表的な粉末の〔吸入剤〕の一つである、インフルエンザ治療薬のザナミビル水和物は〔気道粘膜上〕に捕捉され、そこで〔抗ウイルス作用〕を発揮する。〔感染部位〕へ直接投与することで、気道局所において〔薬効〕を示す医薬品である。すなわち、吸入による投与は患部に直接、〔高濃度〕の投与が可能であり、〔即効性〕も期待できる。

 同様に、局所での作用を目的に用いられる薬剤として〔喘息発作時〕に用いられる薬がある。これは、エアゾールを吸入して有効成分が〔気管支〕に直接作用することで、〔即効性〕を発揮するもので、〔気管支喘息〕に対する薬物の投与経路として有用である。局所作用を目的とした吸入による投与では、経口投与と比較して〔全身性〕の副作用を回避もしくは〔軽減〕することができる。

 液体の医薬品を〔霧状〕にして吸入するために、〔ネブライザ〕と呼ばれる機器が使用されることがある。ネブライザは薬剤を〔気道下〕へ効率よく移行させるよう液滴の〔粒子径〕を調節して噴霧する装置である(図2-30参照)。

 

 いずれの場合も、吸入による投与は〔専用の器具〕を用いて患者自身により行われるため、患者の〔習得レベル〕が治療効果に直接影響を与える。したがって、十分な使用法の〔説明〕と習得が必須である。

 肺に投与する薬剤には〔吸入麻酔薬〕がある。肺胞では肺胞腔内から〔毛細血管〕までの距離が極めて短く、〔上皮細胞1層〕のみである。また、総表面積は約〔80〕㎡にも達するため、薬物の〔吸収〕は良好である。薬物の吸収は主に〔単純拡散〕によって起こるので、〔脂溶性〕の高い薬物が吸収されやすい(p.54参照)。一方、肺吸収にも〔担体〕が関与する輸送経路も存在する。肺から吸収された薬物は〔心臓〕を経て体循環に入るため、〔初回通過効果〕を受けない。

 肺に投与する場合は〔投与量〕の微量な制御が難しいため、吸入麻酔薬以外にはほとんど用いられてこなかった。しかし近年、ペプチド薬物など〔難吸収性〕の薬物の投与部位として注目されており、海外では〔インスリン製剤〕なども開発されている。

目への投与

 眼への投与(点眼)には〔点眼剤〕または眼軟膏剤が用いられ、主に〔角膜〕または結膜嚢からの吸収による眼への〔局所作用〕を目的としている(図2-48)。具体的には、〔結膜〕の炎症などの疾患に用いる場合と、緑内障や白内障など〔眼内(眼球内)〕への到達を目的とした場合とがある。

 

 点眼剤を眼に滴下すると、〔結膜嚢〕から角膜や結膜を通過し、眼内へ移行する。その後、〔房水〕により拡散して眼球全体へ分布する。また、眼球は通常7μL程度の〔涙液〕でおおわれており、結膜嚢を含む最大容量は約〔30〕μLである。点眼液1滴は一般的に約〔30~50〕μLであるため、通常は〔1〕滴で十分である。結膜嚢からあふれた薬液の一部は涙液とともに〔涙点〕から涙嚢部へ移行し(図2-49)、〔鼻涙管〕から咽頭部を経て嚥下されたり、〔鼻腔粘膜〕などから吸収されたりして全身循環血に移行することがあり、時に〔全身性〕の副作用の原因となる。したがって、点眼後は〔涙嚢部(眼がしら)〕を軽く押さえるなどして鼻涙管への移行を抑えることで〔全身性〕の副作用を軽減できる。

 

 眼軟膏剤は〔眼瞼〕、結膜に直接塗布され、〔結膜〕を介して吸収される。

耳への投与

 耳への投与(点耳)は、主に〔中耳炎〕や外耳炎などに対する局所作用を目的に用いられる投与経路であり、患部に対して〔高濃度〕の薬液を作用させることができる。基本的に点耳された有効成分は〔外耳〕、中耳からは吸収されない。点耳時に薬液を冷たいまま点耳すると〔めまい〕を起こすことがある。また、高濃度の薬液を投与することになるため、〔感音難聴〕や耳鳴りなど〔内耳障害〕の副作用に注意が必要な場合がある。

鼻への投与

 鼻への投与(点鼻)は、多くの場合、〔アレルギー性鼻炎〕や副鼻腔炎など局所での炎症とそれに付随する〔鼻閉〕や鼻汁などの症状に対して行われる。鼻腔内ヘ薬剤を〔噴霧〕すると、有効成分は〔鼻粘膜〕から付着または吸収され、〔薬効〕を発揮する。さらに、局所への付着時は、〔全身〕への移行も少なく、〔全身性〕の副作用も回避できる。例えば、〔アレルギー性鼻炎〕に用いられるベクロメタゾンプロピオン酸エステル(リノコート)は、鼻腔粘膜へ噴霧後、〔鼻粘膜〕に基剤が長時間、付着・滞留することで、局所においてのみ〔持続的〕に薬効を発揮する。

 一方、鼻粘膜への投与は〔全身作用〕を目的とした投与経路としても実用化されている。すなわち、鼻粘膜への投与は、〔消化管〕からの吸収が悪い医薬品を〔全身循環血〕に送達することができ、さらに〔初回通過効果〕も回避できる。また、経口投与よりも薬効の発現までの時間が〔短い〕。現在、片頭痛に対する〔スマトリプタン製剤〕や、子宮内膜症などに用いる視床下部ホルモンGnRH誘導体製剤の〔ブセレリン酢酸塩〕などの投与経路として実用化されている。

直腸への投与

 直腸への投与は、〔肛門〕を介して直腸に薬剤を投与する方法で、全身作用を目的とする場合と〔局所作用〕を目的とする場合がある。

 全身作用を目的として、主に解熱薬、〔鎮痛薬〕、抗炎症薬、抗けいれん薬などが用いられている。直腸への投与は、〔経口投与〕が困難な患者、すなわち、〔乳児〕や高齢者などの嚥下困難患者や〔悪心嘔吐時〕や消化管術後に有用な投与経路である。

 直腸下部または中部からの吸収は、直接、〔全身循環血〕へ移行して初回通過効果を受けないため、〔即効性〕が期待できる。ただし、直腸上部から吸収されると、上直腸静脈、〔門脈〕を経由して肝臓へ移行するため、〔初回通過効果〕を受ける(図2-79参照)。

 

 一方、局所作用を目的として、〔痔疾患治療薬〕や下剤が直腸内に投与される。痔疾患の場合、痔核(肛門静脈叢のうっ血)や〔裂肛〕(肛門皮膚の裂傷、潰瘍)に対する抗炎症や〔抗菌作用〕などの目的のために坐剤や〔注入用軟膏〕として用いられる。坐剤は、肛門内に直接挿入することで〔直腸下部〕で溶解して薬効を発揮する。

 直腸に投与する場合、投与の〔失敗〕が起こる場合があるため、その際の対応について〔患者教育〕が必要になる。また、挿入後の〔排便〕や中途排出によって投与量が不明確となる場合があり、挿入後からの〔経過時間〕によって、再挿入するか否かを決定する。また、経過観察後に薬効が確認できなければ〔再挿入〕する。

腟への投与

 腟への投与は局所作用と〔全身作用〕を目的とする場合がある。錠剤または〔坐剤〕として投与され、〔腟内分泌液〕や体温により溶解し、薬効を発揮する。

 主に、〔子宮腟部びらん〕やトリコモナス腟炎、カンジダ菌などによる〔腟内感染症〕に対して直接、子宮頚部または腟部に作用して〔局所〕の炎症に効果を示すので、〔全身性〕の副作用を回避できる。投与後は〔激しい運動〕などを避ける必要がある。全身作用を目的とする場合には〔不妊治療〕に用いられる黄体ホルモン製剤がある。

皮膚への投与

 皮膚への投与は、かぶれや〔炎症〕、外傷などに対して局所作用を目的に用いる場合と、〔全身的〕、持続的な作用を目的とする場合がある。

 局所作用を目的とした場合には、患部に直接、〔高濃度〕の薬剤を投与できるため、経口投与と比べて〔少ない投与量〕でも薬効が期待できる。また、〔全身性〕の副作用が少ない。狭心症治療薬であるニトログリセリン製剤や禁煙補助薬であるニコチン製剤などの〔全身作用〕を目的に投与する〔経皮吸収型製剤〕では、薬物は皮膚から血管や〔リンパ管〕へ直接吸収され、〔全身循環血〕へ移行する。このため〔初回通過効果〕を受けず、薬物によっては経口投与と比べて高い〔BA〕が得られる。したがって、〔経口投与〕が困難な患者においても〔非侵襲的〕な投与が可能である。一方、消化管の生理機能や〔初回通過効果〕の個人差による影響を受けず、〔食事〕の有無や食事時間に配慮する必要はないが、〔貼付部位〕における皮膚疾患、外傷などにより影響を受けることがある。なお、特殊製剤加工を施すことにより、〔持続的〕な作用を得ることが可能である。

 皮膚を介した投与では、ほかの投与経路とは異なり、副作用発現時などその製剤を洗い流すまたは〔剥がす〕ことにより薬物の〔吸収〕を速やかに停止できることも特徴である。また、認知症患者に用いられる経皮吸収型製剤の〔リバスチグミン〕(図2-50)は、嚥下困難な場合や〔服用拒否〕の場合にも有用な製剤である。経皮投与は視覚的な〔投薬確認〕が可能な投与経路でもあり、〔服薬アドヒアランス〕の向上に寄与できる。

 

 皮膚に適用される医薬品としては、〔軟膏剤〕やクリーム剤のほか、貼付する〔パップ剤〕やテープ剤、経皮吸収型製剤など多岐にわたる。

投与経路による薬効発現や薬効持続の違い

 前述のように、〔全身作用〕を目的とした投与経路にはさまざまな経路がある。投与経路による薬効発現の速さや薬効の〔持続〕の違いは、〔吸収過程〕の違いに依存する。

 注射剤の場合、静脈内投与では、〔全身循環〕に直接投与するため、投与直後に〔最高血中濃度〕に達し、最も作用発現までの時間が〔短い〕。皮下、〔皮内〕または筋肉内投与した場合は、それら〔組織〕を経由してから全身循環に移行する。また、全身作用を目的に皮膚や鼻などに投与した場合、皮膚や〔鼻粘膜〕などの組織から吸収され、最終的には静脈から〔全身循環〕へ移行し作用を発現する。したがって、これらの投与経路では、薬物を循環血(静脈内)に直接投与した場合と比較して、〔作用発現〕までに時間がかかる。さらに、経口投与の場合は、薬剤は〔消化管内〕で崩壊、溶解し、胃内から小腸へと排出され、主に〔小腸粘膜〕から吸収され〔全身〕へ移行する。このため作用発現までには、吸収部位(小腸)での吸収時間に加えて、薬剤の〔溶解〕や胃から小腸への〔移動時間〕も必要となる。したがって、経口投与は、通常は最も作用発現までの時間が〔遅い〕投与経路である。

 直腸内投与すると、溶解後に投与部位である〔直腸粘膜〕から吸収され、直接全身循環へ移行する。このため、注射剤の〔静脈内投与〕ほど速やかではないものの、〔経口投与〕に比べ作用発現時間は短い。同様に舌下投与も〔数分〕で作用が発現する。このように、作用発現までの速さは、その投与経路ごとの〔吸収部位〕によって異なる。

 図2-51には同じ薬物(抗菌薬のアンピシリン)を同量、経口投与、静脈内投与、直腸内投与したときの血中濃度推移を示している。各投与経路での〔最高血中濃度〕に達する時間は異なり、〔経口投与時〕が最も遅いことがわかる。

 

 また、作用の持続時間は投与された薬剤の溶出、〔放出速度〕と、体内からの〔消失速度〕の兼ね合いで決まる。放出速度を制御して〔持続時間〕の延長を目指した製剤を〔放出調節製剤〕と呼び、体内へ持続的に薬物を吸収させることで、薬物の血中濃度、ひいては〔薬効〕を一定に保つことができる。

(秋好健志/大谷壽ー)

医薬品の容器・包装

 医薬品は製造されてから服用されるまでその〔品質〕を維持するために、さまざまな容器・〔包装〕が用いられている。局方の〔製剤包装通則〕においては、「製剤包装は、有効期間にわたって規定される製剤の〔品質規格〕を保証できるよう、その適格性を〔開発段階〕で十分に検討することが重要である」と規定されている。包装は製剤の特性に応じて、〔防湿性〕、遮光性、気体および微生物に対する〔バリア機能〕、輸送時などの衝撃に対する〔保護性能〕が必要である。また、包装には製剤と〔物理的〕、化学的な相互作用を起こさない形状、〔材料〕が用いられ、安全性確保の観点からその構成成分および〔不純物〕の製剤への溶出量、〔移行量〕が十分に低い材料から構成される必要がある。包装の性能には製剤を保護するだけでなく、患者の〔服薬アドヒアランス〕の向上、使いやすさなどが含まれる。また〔誤飲防止〕など患者の安全性確保、医療従事者の〔安全性向上〕の機能などを付与することができるよう、種々の工夫がなされている。

容器・包装の役割

容器・包装の役割と製剤の品質確保

 医薬品は人体へ投与され、〔生命〕に影響を与えかねない製品であることから、その〔品質〕の確保は重要である。製造所から医療機関までの輸送、〔保管〕の過程における内容医薬品の〔品質保持〕を目的として、医薬品の特性に応じた容器などの〔包装形態〕が選択されている。包装の表面は〔情報媒体〕としての機能も有しており、〔含量〕、含有単位、〔保存方法〕などが記載されている。さらに、医薬品はその品質を保証するために〔ロット〕により厳格に生産・管理されているため、製造番号、〔最終有効年月〕なども記載されている。

容器・包装の役割と製剤の安全性確保

 医薬品の容器や包装には、医薬品を〔適正〕に使用し、投与する際の〔安全性〕を確保するためのさまざまな情報が付加されている。医薬品医療機器法第50条には医薬品の直接の容器または直接の〔被包〕に記載すべき事項として次のように規定されている。①〔製造販売業者〕の氏名または名称および住所、②名称、③製造番号または〔製造記号〕、④重量、容量または個数などの〔内容量〕など。

 さらに、局方の通則では、医薬品各条において特に規定があるものについては、その〔含量〕、含有単位または最終有効年月、〔基原〕、物性などを直接の〔容器〕または直接の被包に記載しなければならないと規定されている。

包装の適格性

 局方の製剤包装通則には、「製剤包装は、〔有効期間〕にわたって規定される製剤の〔品質規格〕を保証できるよう、その〔適格性〕を開発段階で十分に検討することが重要である」と規定されている。包装適格性には、「製剤の〔保護〕」、「製剤と包装の〔適合性〕」、「包装に用いる資材の〔安全性〕及び投与時の付加的な機能」など以下の要素が含まれる。

 ①保護包装はその製剤特性に応じて、防湿性、〔遮光性〕、気体および微生物に対するバリア機能、ならびに輸送時などの〔衝撃〕に対する保護性能を持つ。

 ②適合性包装は製剤と物理的、化学的な〔相互作用〕を起こさない形状、材料から構成される。

 ③安全性包装はその構成成分および不純物の製剤への〔溶出量〕、移行量が〔安全性〕の見地から十分に低い材料から構成される。

 ④機能包装の性能には、単純に製剤を〔保護〕するだけではなく、患者の〔服薬遵守〕の向上、使いやすさなどが含まれる。また、〔誤飲防止〕などの患者の安全性確保、〔医療従事者〕の安全性向上の機能などを付与することができる。

 医薬品の包装形態や包装への記載は、〔安全性〕の確保という観点からもさまざまな工夫がなされている。配合剤については、同一成分の製剤でもそれぞれの成分の含量が異なる〔組み合わせ〕の製剤が複数存在する場合があるため、包装の〔表示〕に工夫がされている。例えば、配合成分の含量の組み合わせが4種類ある図2-52に示す〔配合剤〕では、PTP*8シートと同色のパッケージに、〔規格〕、使用期限、ロットが記載されている。加えて、規格ごとに〔異なる色〕のPTPシートには、裏面に成分名、含量が〔1錠〕ごとに記載され、飲み忘れ防止のため〔日付記入欄〕を設けるなどの工夫がなされている。また、バンコマイシン製剤は、抗メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA*9)薬として用いる際には〔静脈注射剤〕として、偽膜性大腸炎の治療薬として用いる際には〔経口剤〕として用いられる。どちらも〔ガラスバイアル〕に封入されているため、経口剤には誤って静脈注射剤として使用しないよう、ガラスバイアルの側面に大きく「〔禁注〕」と記載されている(図2-53)。

 

 

 さまざまな包装形態はそれぞれの医薬品の〔品質〕を確保する目的に加えて、使用時の〔安全性〕も担っており、現在ではリスクマネジメントの観点から、物理的に誤使用されないような〔包装〕に工夫がなされている。例えば、カリウム製剤を希釈せずに静脈内へ高濃度投与する事故が発生して以後、カリウム製剤の充填済みシリンジ剤(プレフィルドシリンジ)は、〔輸液バッグ〕などへ混合するための〔専用の針〕を装着することで、静脈内への直接投与を回避できるよう工夫が施されている(図2-54)。また、子どもには容易に蓋が開かないような容器(child-resistant packaging)や、偽薬対策として〔改ざん防止包装〕(tamper-proof packaging)などが施された容器・包装もある。

 

容器の種類

 局方においては、「容器とは、〔医薬品〕を入れるもので、栓、〔〕なども容器の一部である。容器は内容医薬品に規定された〔性状〕及び品質に対して影響を与える物理的、化学的作用を及ぼさない」と定義されている。容器には〔密閉容器〕、気密容器、〔密封容器〕、遮光容器などがあり、容器の厳密度は密閉<〔気密〕<〔密封〕である。それぞれの容器は医薬品の〔特性〕に合わせて選択されており、製剤ごとにも指定されている。

密閉容器、気密容器、密封容器

 a)密閉容器

 密閉容器とは通常の取り扱い、運搬、保存状態において、〔固形〕の異物が混入することを防ぎ、内容医薬品の損失を防ぐことができる薬包紙、〔薬袋〕、紙箱などの容器をいう。密閉容器の規定がある場合は〔気密容器〕を用いることができる。

 b)気密容器

 気密容器とは通常の取り扱い、運搬、保存状態において、固形または〔液状〕の異物が侵入せず、内容医薬品の〔損失〕、風解、潮解または〔蒸発〕を防ぐことができるプラスチック容器、〔ガラス瓶〕、缶、チューブ、〔PTP包装〕、ストリップ(SP*10)包装などの容器をいう。気密容器の規定がある場合は〔密封容器〕を用いることができる。

 c)密封容器

 密封容器とは通常の取り扱い、運搬、保存状態において、〔気体〕の侵入しないガラス製注射容器、〔アンプル〕、バイアル、〔エアゾール剤容器〕などの容器をいう。

遮光容器

 遮光とは通常の取り扱い、運搬、保存状態において、内容医薬品に規定された〔性状〕および品質に対して影響を与える〔光の透過〕を防ぎ、内容医薬品を光の影響から〔保護〕することができることをいう。

 医薬品の中には光により有効成分が〔分解される〕ものも少なくない。具体的には、薬剤の品質に影響を与える光の波長としては〔450nm〕以下の短波長、いわゆる〔紫外線〕を含む光が問題となる。よって、医薬品の品質を保証するため〔茶褐色〕の容器などが用いられる。また、薬剤を封入するPTP包装、アンプル、〔バイアル〕などにおいて遮光保存が必要な場合は、450nm以下の〔短波長〕の光のみを遮断することができる茶褐色の〔フィルム〕やガラス容器が用いられる(図2-55)。また、場合によっては〔可視光〕全般を遮断する黒色の包装や〔アルミ包装〕なども用いられる。

 

容器の破損への対応

 容器の破損は医薬品の〔品質低下〕に直接影響するため、さまざまな工夫がされている。〔ガラスアンプル〕は輸送や取り扱い時に破損する危険性が比較的高いため、例えば〔モルヒネ製剤〕のように取り扱いが厳しく規制されている医薬品は、破損による〔廃棄届け手続き〕の煩雑さなどを考慮して、ケースから取り出す際に落下させても〔破損しにくい構造〕に工夫された製品もある。また、輸液製剤に用いられる〔ソフトバッグ〕は、輪送時の破損などにより微小な穴があき、〔空気〕が混入する可能性がある。空気の混入はソフトバッグ内の物質の〔酸化〕による品質低下を引き起こす場合があるが、ガラスアンプルなどとは異なり、その〔破損状況〕がわかりにくいため、輸液剤のソフトバッグの外装内には錠剤の〔酸素検知剤〕が用いられている。

用剤の容器・包装

PTP包装

 PTP包装は表面の〔ポリ塩化ビニル〕の面を指で押して、裏側の〔アルミ箔〕を破って医薬品を取り出し、服用する形態である。現在、錠剤や〔カプセル剤〕の包装として最も汎用されている包装形態であり、持ち運びや〔保存〕、服用においても〔利便性〕が高い。PTP包装は1回分ずつ裁断されて保存された際のシートの〔誤飲事故〕が問題となったため、現在はシートの横または縦の一方向のみに〔ミシン目〕を入れて、〔1個ずつ〕切り離せない包装に変更されている。

 〔PTPシート〕は10錠あるいは10カプセルを1シートとしたものが一般的であるが、1シート中の薬剤の数を〔用法・用量〕に合わせた製品もある。例えば1週間単位での薬剤管理を想定し、〔7〕の倍数を1シートとしたものがある。また、薬物治療上、〔服用方法〕や用量が特徴的なものは、使用方法がわかりやすいよう、〔専用の外装〕にパックされているものもある。例えば、マクロライド系抗菌薬のアジスロマイシン水和物(〔ジスロマック錠〕)は、連続3日間の服用により薬効が7日間持続するため、服用する〔3日分〕のみが包装された専用のシートとなっている(図2-56a)。メトトレキサート(〔リウマトレックスカプセル〕)は1週間のうち1~2日で2~4回に分けて服用するため、専用のシートに〔服用した日〕が記載できるようになっている(図2-56b)。一方、薬物治療上、必ず併用する薬剤を〔組み合わせ〕て包装している場合もある。例えば、ランサップは〔ランソプラゾール〕(プロトンポンプ阻害薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌薬)を組み合わせたもので、〔ヘリコバクター・ピロリ(H.ピロリ)〕の除去に使用する。これらの薬剤は同時に7日間服用するため、〔同一シート〕にパックされている(図2-57)。

 

 

 

SP包装

 SP包装は錠剤やカプセル剤などに〔アルミ箔〕あるいはセロファンに低密度ポリエチレンなどの熱可塑性高分子フィルムを重ねた〔ラミネートフィルム〕でつくられた、〔ヒートシール型〕の包装形態である(図2-58)。

 

バラ包装

 バラ包装は〔ガラス瓶〕やプラスチックボトル、アルミニウム缶などに錠剤や〔散剤〕などを直接入れた包装形態である(図2-59)。

 

分包包装(分包)

 分包包装はあらかじめ散剤や顆粒剤の一般的な〔1回量〕を計量し、包装したものである(図2-60)。〔シロップ用剤〕などにも用いられている。

 

 〔一包化調剤〕では、錠剤やカプセル剤を1回の服用ごとに〔ラミネートフィルム〕などで一包に包装する。錠剤を半分量服用する際や、1回の服用量や種類が多く、〔服薬アドヒアランス〕に不安がある場合などに用いられている。

ピロー包装

 ピロー包装はPTP包装やSP包装などのユニット包装された医薬品の〔防湿性確保〕や遮光を目的として10シートなど一定量の製品を〔低密度ポリエチレン〕やアルミ箔のラミネートフィルムで〔二次包装〕したものである(図2-61)。ピロー包装中に〔乾燥剤〕が入っている場合もある。

 

ブリスター包装

 ブリスター包装は、片面を比較的硬い材質で板状の物を〔台紙〕とし、〔商品名〕などを印刷し、錠剤、カプセル剤などを同じ形状に成形したプラスチック製の〔ブリスター〕で包み込んで包装するものである。ブリスター包装は〔ポリ塩化ビニル〕などが使われ、片面が〔透明〕で中身が見えるという特徴をもつ。

注射剤の容器・包装

 注射剤は人体に直接投与するため、〔無菌化〕された状態でそれぞれの〔保存容器〕に充填され、無菌的に患者へ使用される。そのため、注射剤の容器には無菌状態が保たれる〔保存容器〕が用いられている。また、注射剤の多くが〔溶液状態〕で充填されているため、〔有害〕な物質が溶出しない保存容器でなくてはならない。主に〔ガラス〕、プラスチック、ポリエチレンなどの素材の保存容器が多く用いられている。局方においては注射剤の包装には、〔注射用ガラス容器試験法〕、プラスチック製医薬品容器試験法、輸液用ゴム栓試験法容器完全性試験などが適用され、包装の〔適格性〕が検討されている。

アンプル(管)

 アンプルは主に〔注射剤〕で使用される〔密封容器〕で、ガラス容器やプラスチック容器に無菌的に薬液または〔凍結乾燥製剤〕を封入し、無菌的に保存する容器である。

 ガラスアンプルの使用時は容器の頚部にある〔カットキズ〕などを利用してカットし、薬液をそのまま直接または〔溶剤〕にて希釈してから投与する。〔アンプル〕は輸送または使用時などに破損する危険性が比較的高く、その際に怪我をする〔危険性〕もあるため、慎重に取り扱う必要がある(図2-62a)。

 

 プラスチックアンプルは〔軽量〕、省スペースで、落としても割れにくいため輸送、〔保管〕に便利である。また、〔ガラスアンプル〕のカット時のように指を傷つけず、ガラスの微小片の〔混入〕を防止することが可能であり、バッグや〔シリンジ〕と同じように廃棄できるなどの利点がある(図2-62b)。

 

バイアル(小瓶)

 バイアルは主に注射剤に使用される〔密封容器〕で、〔ガラス瓶〕などに薬液または凍結乾燥製剤を封入し、〔無菌的〕に保存する容器である(図2-63)。バイアル内は常に〔陰圧〕に保たれている。使用時にはプラスチックのキャップを外し、〔ゴムキャップ(栓)〕部分に注射針を突き刺し、〔バイアル〕から注射針に必要量または全量を吸引して、溶剤または〔輸液〕などによって溶解して投与する。ゴムキャップは注射針を抜くと再び〔密封状態〕に戻る。

 

 

 

輸液容器

 輸液容器としてはプラスチック容器、〔ソフトバッグ〕(図2-64)、ガラス製薬品瓶などがある。ガラス容器は〔耐酸性〕に優れており、医薬品の〔保存〕において最も優れている。素材としてはホウ酸ガラス、〔ケイ酸ガラス〕、ソーダライムガラスなどが用いられる。プラスチック容器は軽量で、〔腐食性〕がなく、破損の危険性も少なく、〔利便性〕に優れた素材として多くの輸液容器として使用されている。しかし、一部の素材では水蒸気やガスの〔透過性〕が問題となる場合や、一部の薬剤においては内容薬剤の容器への〔吸着〕が報告されており、その使用が制限されている場合がある。

 

 

キット製剤

 キット製剤は医薬品を使用時に簡便かつ確実に〔混合〕できるよう工夫された製剤である。例えば、水に溶解すると〔加水分解〕などにより有効成分が分解される抗菌薬などを使用する際に、すぐに混合できるよう有効成分の薬剤(溶液や凍結乾燥品など)と溶剤(蒸留水など)を〔分割〕して封入したものがある(図2-65)。〔高カロリー輸液製剤〕としてアミノ酸とブドウ糖を二室に分割したソフトバッグも汎用されている。さらに、〔微量元素用〕の別室が付属した製剤もある。

 

 〔プレフィルドシリンジ製剤〕は治療に必要な注射剤がプラスチック製のシリンジ(注射器)にあらかじめ充填された製剤であり、使用時にそのまま〔注射針〕を接続して使用できる(図2-66)。シリンジで薬液を吸引する操作を省略することで、業務の〔効率化〕、薬剤の取り違え、誤投与などの〔医療事故〕の防止、異物混入・細菌汚染のリスクの〔軽減〕が可能である。

 毎日の投与が必要で、患者自らが注射する〔インスリン製剤〕では、薬液の入ったカートリッジを装填し、針を交換することで連続して使用できる〔ペン型注射器〕が普及している。ペン型注射器には本体が再利用できるものと、〔ディスポーザブル〕なものがある。自己注射用の注射剤としてはインスリン製剤のほかに、〔ヒト成長ホルモン剤〕やヒト血液凝固因子製剤などがある。

外用剤に施される包装形態の種類とその特徴

軟膏剤、クリーム剤

 軟膏剤やクリーム剤は、〔アルミニウム製チューブ〕、プラスチックチューブ、ラミネートチューブなど数gから数十gまで充填されたものが汎用されており(図2-67a,b)、患者は〔必要量〕を絞り出して用いる。また、この包装は〔品質保持性〕が高く、持ち運びやすく、シームレスで漏れの〔危険性〕が少ないなどの利点がある。また、大容量が必要な場合などには、ジャーから〔プラスチック壺〕などに個別に必要量を充填するものもある(図2-67c)。

 

 

 

経皮吸収型製剤

 経皮吸収型製剤は皮膚に密着させて用いる製剤のため、〔フィルム状〕であることが多く、内容成分の消失・〔相互作用〕などが生じない包装が施されている(図2-68)。

 

坐剤の容器・包装

コンテナ

 〔坐剤〕の包装は外気温による変形を考慮し、形態を維持して再成形できる〔コンテナ〕と呼ばれる包装形態が用いられている。〔プラスチックコンテナ〕やアルミニウムコンテナなどが用いられる(図2-69)。

 

 

点眼剤の容器・包装

 点眼剤はポリエチレンや〔ポリプロピレン〕、ポリカーボネートなどの容器が用いられる(図2-70)。点眼剤は〔無菌製剤〕であり、容器も〔無菌化〕されたものを用いる必要がある。さらに、〔防腐剤〕が添加されていることも多い。それでも、点眼剤を開封後繰り返し使用していると、〔微生物〕が繁殖することがある。こうした問題を解決するために、近年では以下のような容器・包装の工夫がなされた製剤が開発されている。

 

点眼剤ユニットドーズ(使い捨て容器)

 点眼剤には、防腐剤として〔ベンザルコニウム塩化物〕が添加されているものが多く、長期使用時には〔角膜上皮障害〕やアレルギーなどが報告されているため、防腐剤を含まない1回使いきりの〔ユニットドーズ〕が用いられている(図2-71)。

 

PFデラミ容器

 PFデラミ容器は、容器中に0.22μm〔メンブランフィルター〕を配置しており、開封後の外部からの〔微生物〕の混入を防ぐことができるため、〔防腐剤〕を必要としない。

吸入剤の容器・包装

吸入剤の容器

 〔ディスクヘラー〕はドライパウダー用吸入器で、吸入用粉末剤を〔1回分〕ずつディスク上に製剤として充填し、使用時に専用の吸入器にて吸入する。1デイスク当たり〔4回分〕(1日分)で、患者は専用容器と〔ディスク〕を持ち運ぶことが可能である(図2-72a)。〔デイスカス〕は吸入用粉末剤全28回または60回分が1つの容器内にすでに充填されており、使用時に〔カートリッジ〕をまわすことで〔1回分〕を吸入できる(図2-72b)。レスピマットはソフトミスト吸入器であり、〔噴射ガス〕を使わずに薬剤を含んだ柔らかく細かい霧をゆっくり生成し噴霧させることで、有効成分を効果的に吸入できる(図2-72c)。また、エアゾール剤には〔エアゾール缶〕に充填された薬剤を噴射ガスにより一定量噴霧させる〔加圧噴霧式定量吸入器(pMDI*11)〕が用いられる(図2-72d)。

 

 

 

 

 吸入剤の種類はたいへん多く、吸入手順もそれぞれの〔デバイス〕で使用法が異なるため、特徴・使用法を十分に〔習得する〕ことが重要である。

(米持悦生)

薬物の体内動態

 薬物はヒトに投与されると〔全身循環血〕に移行し、血流にのって全身に分布し、〔肝臓〕や腎臓で消失する。このような時間を追った薬物の動き、すなわち〔体内動態〕を理解することは、医薬品の薬効や〔副作用〕を正しくとらえ、医薬品を適正に使用する上で重要である。ここでは、薬物の体内動態をつかさどるさまざまな過程について解説するとともに、体内動態を制御する製剤技術についても概要を紹介する。

薬物の体内動態とADME

 薬物はヒトに投与された後、〔生体内〕においてどのような運命をたどるのか。この疑問に答えるためには薬物の体内での動き、すなわち〔体内動態〕を理解する必要がある。薬物の体内動態を扱う学問領域を〔薬物動態学(PK*12)〕という。

 薬物の体内動態は吸収(absorption)、〔分布〕(distribution)、代謝(metabolism)、〔排泄〕(excretion)の4つの過程(プロセス)に分けることができる(図2-73)。これら4つの過程のそれぞれの欧文表記の頭文字をとってADMEと呼ぶ。ここでは、これら4つの過程の概要を紹介する。

 

 ①吸収過程 吸収過程は投与された薬物が〔血液中〕に移行するまでの過程をいう。例えば、経口剤であれば〔消化管〕から血液への移行過程がこれに該当する。一方、注射剤が静脈内などに直接投与された場合は、薬物は投与直後より血液中に分布するため、吸収過程は〔存在しない〕。投与した局所で作用を発揮する〔外用剤〕などにおいては、薬物が作用する〔組織〕に移行するまでの過程を吸収という場合もある。

 ②分布過程 分布過程は薬物が体内でさまざまな〔臓器〕、組織に移行する過程である。

 ③代謝過程 代謝過程とは生体の働きにより薬物の〔化学構造〕に変化を生じる過程である。薬物の〔活性〕をなくす過程として重要である。化学構造が変化した後の物質は〔代謝物〕と呼ばれる。なお、代謝物は1種類とは限らない。

 ④排泄過程 排泄過程とは薬物が血液中から〔排泄臓器〕を経て、体外に排泄される過程である。代2-的な例としては、腎臓から尿に排泄される〔腎排泄〕と、肝臓から胆汁中に排泄される〔胆汁中排泄〕があげられる。

薬物の血液中濃度

 生体のほとんどの臓器、組織は血管による血流の〔ネットワーク〕で結ばれている(図2-74)。薬物は体内においてはほとんどの場合、〔血流〕によって全身の〔組織〕に運ばれ、また、血流によって組織から運び出される。そのため、組織中の薬物濃度は〔血液中〕の薬物濃度によって支配される。

 

 さらに、多くの場合、医薬品の作用や〔副作用〕と薬物の血液中濃度との間には〔密接な関係〕がある。したがって、薬物を投与した後、血液中の薬物濃度が〔経時的〕にたどる血液中濃度推移は、医薬品の開発や〔適正使用〕において非常に重要である。医薬品の開発段階である治験においては、原則としてヒトにおける〔血液中濃度推移〕を試験することが求められる。一方、医療現場でも一部の薬物については実際に薬物の投与を受けている患者の血液中の薬物濃度を測定し、〔投与量〕などを調節して薬物治療を〔最適化〕する〔薬物血中濃度モニタリング(TDM*13)〕が実施されている(p.90参照)。

 薬物の血液中濃度推移は薬物の種類やその〔投与経路〕によって異なる。同じ薬物を同じ投与経路で、同量を投与した場合であっても、〔血液中濃度推移〕は必ずしも同じではなく、患者間の差である〔個人間変動〕がみられる。また、同じ薬物を同じ患者に投与しても、投与のたびに血液中濃度推移が異なる〔個人内変動〕もある。個人間変動や個人内変動をもたらす要因には、患者の体格や体質、〔年齢〕、病態、〔併用薬〕の有無、薬剤は食後投与か〔空腹時投与〕かなどさまざまなものがある。なお、多くの薬物では血液中濃度の代わりに〔血漿中濃度〕が測定され、血漿中濃度推移の情報が提供されている。

 薬物を静脈内投与または経口投与した場合の血漿中濃度推移の一例を示す(図2-75)。横軸と血漿中濃度推移の曲線で囲まれた部分の面積は〔血漿中濃度曲線下面積(AUC*14)〕と呼ばれ、生体の薬物に対する〔曝露量〕の指標として用いられる。投与後t時間までのAUCを〔AUC0~t〕、無限大時間まで延長して算出したときのAUCを〔AUC0~∞〕として区別して表すこともある。また、最高血漿中濃度を〔Cmax〕*15、Cmaxに到達する時間(最高血漿中濃度到達時間)を〔Tmax〕*16で表す。薬物が消失していく段階である消失相において、血漿中の薬物濃度が半分になるのに必要な時間を〔血漿中消失半減期〕または単に半減期といい、〔T1/2〕で表す。血漿中消失半減期は〔薬物〕によってさまざまであり、1時間未満の速やかな消失を示す薬物から、〔1か月〕以上と消失の遅い薬物まである(図2-76)。

 

 

 

 

 薬物の血漿中濃度推移を評価する一つの方法として、放射標識した薬物(〔放射標識体〕)を投与し、血漿中の〔放射活性〕の推移を測定する方法がある。放射標識とは、薬物を構成する原子の一部を〔放射性同位体〕に置き換えることであり、例えば炭素であれば炭素14(14C)、水素であれば水素3(3H、〔トリチウム〕)などで置き換えることである。薬物を放射標識してもその〔生物化学的〕な性質はほとんど変化せず、放射標識していない薬物と同じ〔挙動〕を示すことから、人体に〔悪影響〕を及ぼさない程度に放射標識した薬物を投与して、その後、血液などの放射活性を〔経時的〕に測定することで〔体内動態〕を比較的容易に評価できる。ただし、この方法では〔代謝物〕の放射活性も合わせて評価してしまうことがあるので、〔放射標識体〕により評価した血漿中濃度推移の解釈には注意が必要である。

薬物の吸収

経口投与後の消化管からの吸収

薬物の吸収速度を決める要因

 医薬品の投与経路の中で最も広く用いられているのは〔経口投与〕である。経口投与された医薬品は〔食道〕を経て胃に入るが、多くの薬物は胃では〔吸収されない〕。胃内から〔十二指腸〕へと排出され、小腸上部の〔空腸〕に至って初めて体内に吸収される。また、錠剤やカプセル剤が吸収されて〔薬効〕を発揮するためには、この過程で製剤が〔崩壊〕、分散、溶解を受けることが必要である。

 医薬品の吸収速度を決める主な要因としては、①製剤の崩壊・溶解の〔速度〕、あるいは製剤からの薬物の〔放出速度〕、②胃から小腸への移行速度〔〔胃内容排出速度(GER*17)〕〕、③吸収部位における薬物の〔生体膜透過速度〕があげられる(図2-77)。これらのうち最も遅い過程が吸収速度を規定する〔律速過程〕となる。例えば、製剤の〔溶解〕が速やかで、吸収部位での薬物の生体膜透過も速やかな医薬品では、GERが〔律速過程〕となる。このような薬物は「〔胃排出律速型薬物〕」と呼ばれる。食後は胃内に食物を保持して〔消化する〕必要があるため、空腹時と比べてGERは〔遅くなる〕。したがって、胃排出律速型薬物では〔食事〕の摂取の有無により吸収速度は異なり、〔空腹時〕のほうが吸収は速やかになる。胃排出律速型薬物の例としては、解熱鎮痛に用いられる〔アセトアミノフェン〕などがあげられる。

 

 経口投与された薬物が吸収されて〔血液中〕に現れるまでには一定の時間がかかる。一般的に経口剤は注射剤と比較して薬物の作用が現れるまでの時間が〔長い〕。また、消化管から吸収された薬物は〔門脈血〕に入り、肝臓を通った後に初めて〔全身循環血〕に到達するため、〔初回通過効果〕を受ける(p.53参照)。

 小腸上皮における薬物の吸収過程には、単純拡散と〔担体介在性輸送(特殊輸送)〕の両方がかかわっている(p.54参照)。担体介在性輸送としては〔アミノ酸〕やペプチド、糖、カルボン酸などの生体に必要な水溶性の物質を効率的に取り込むためのさまざまな取り込みトランスポーター(〔輸送担体〕)や、生体に有害な物質を小腸上皮細胞から消化管管腔へと〔吸収〕とは逆方向に輸送する〔排出トランスポーター〕などの担体介在性輸送系が機能している(図2-78)。特に〔P-糖タンパク質〕は小腸の上皮細胞に分布している代表的な〔排出トランスポーター〕であり、一部の薬物の〔吸収〕を妨げるように機能している。

 

その他の投与経路からの吸収

 医薬品の投与経路には経口投与以外にもさまざまなものがある。

 ①直腸内投与と吸収

 直腸内投与では〔坐剤〕は肛門から直腸に挿入される。直腸は長さが約〔15~20〕cmで、小腸でみられるような〔絨毛〕はなく、単位長さ当たりの表面積は小腸より〔小さい〕。また、上皮細胞どうしの接合が密なため、分子量の〔大きい〕物質は吸収されにくい。

 直腸の静脈のうち、〔上直腸静脈〕は下腸間膜静脈に合流して門脈から〔肝臓〕に入るのに対して、中直腸静脈および〔下直腸静脈〕は、内腸骨静脈から直接、〔下大静脈〕に達する(図2-79)。そのため、全身作用を目的とする薬物を直腸から投与した場合、薬物の一部が〔直腸上部〕から吸収されると初回通過効果を受けることになるが、〔直腸下部〕や中部から薬物が吸収されると〔初回通過効果〕を受けないため、全体としては初回通過効果をあまり受けないことになる。

 

 ②皮膚への適用と吸収

 皮膚は従来は〔局所〕への適用を目的とした外用剤の投与部位であったが、近年では〔全身作用〕を目的とした薬物の投与部位としても広く活用されている。皮膚の一番外側には〔表皮〕があり、表皮の最外層は角質でおおわれた〔角質層〕であり、〔バリア〕として機能している。角質層の厚さは〔10~15〕μmである。表皮の下の真皮は〔毛細血管〕が発達しており、表皮を通過して〔真皮〕に至った薬物は容易に〔全身循環血〕に移行する。表皮における薬物の通過経路としては、表皮の細胞を横切る〔細胞内経路〕、細胞の間を通る細胞間経路、毛孔や汗腺などから吸収される〔経付属器官経路〕などがあると考えられている。皮膚を通して有効成分を全身循環血流に送達させることを目的とした製剤を〔経皮吸収型製剤〕という。経皮吸収型製剤は通常、有効成分の〔放出速度〕を適切に調節するような工夫がされている。

③その他の器官への適用と吸収

 その他に点鼻剤などでは鼻粘膜、腟用坐剤では〔腟粘膜〕、舌下錠などでは口腔粘膜、吸入剤では〔〕などが〔全身作用〕を目的とした薬物の吸収経路として利用されている。

初回通過効果

 経口投与された薬物は、小腸において吸収されると〔門脈血中〕に移行する(一部の薬物は、〔リンパ系〕に移行する)。門脈血に移行した薬物は、肝臓を経て〔大静脈〕(体循環血液中)に到達する。しかし、薬物によっては、肝臓において〔薬物代謝酵素〕により代謝されたり(p.59参照)、胆汁中に〔排泄〕(p.63参照)されたりする。また、門脈血に移行する前に小腸上皮細胞にある〔薬物代謝酵素〕により代謝を受けることもある(図2-80)。このように、薬物が〔経口投与〕され、消化管上皮細胞に吸収されても、そのすべてが〔全身循環血〕に達するとは限らない。このように、吸収された薬物が全身循環血液中に至る前に、〔代謝〕または排泄などによって除去されることを〔初回通過効果〕という。特に、〔肝臓〕における代謝は初回通過効果の代表的な要因である。

 

 経口投与は、肝臓における〔初回通過効果〕を受けやすい投与経路といえる。これに対して、前述のように直腸内投与の場合は初回通過効果をあまり受けない。また、経皮吸収型製剤や〔全身作用〕を目的に鼻粘膜、腟粘膜、口腔粘膜、肺などに適用する製剤は、初回通過効果を〔受けない〕(表2-7)。

 

物質の細胞膜透過

 薬物の体内動態を理解する上で、物質の〔細胞膜透過機構〕を知ることは重要である。細胞の外側にある細胞膜は〔リン脂質〕を主成分としており、水平方向に流動性を有する〔脂質二重層〕に膜タンパク質が浮遊する〔流動モザイクモデル〕と呼ばれる構造をとっている(図2-81)。脂質二重層の内部は〔疎水性〕のため、〔脂溶性物質〕が溶け込みやすい。物質の細胞膜透過は、〔単純拡散〕と担体介在性輸送に大別される(表2-8)。

 

 

 

単純拡散

 単純拡散とは〔トランスポーター〕(p.52参照)を介さずに細胞膜の両側の〔濃度勾配〕(正しくは、電気化学的ポテンシャルの差)に従って、濃度が高いほうから低いほうへ自然に移動する〔膜透過機構〕である。単純拡散では物質はいったん〔脂質二重層〕に溶け込まなくてはならない。そのため、単純拡散による細胞膜の透過性は物質の〔物性〕に左右される。すなわち、〔脂溶性(疎水性)〕が高い物質は細胞膜を透過しやすく、〔水溶性(親水性)〕の物質は細胞膜を透過しにくい。また、分子量の小さい物質ほど透過性が〔高い〕。

 水に溶けるとプラスの電荷を帯びた〔陽イオン〕とマイナスの電荷を帯びた〔陰イオン〕に電離する物質を〔電解質〕という。したがって電解質の水溶液は〔電気〕を通す。代表的なものとしては、〔食塩(塩化ナトリウム)〕などがある。電解質の中でもほとんどすべてが電離する物質を〔強電解質〕、一部のみが電離する物質を〔弱電解質〕という。薬物の多くは、〔弱電解質〕である。また、電離している状態の分子を解離型あるいは〔イオン型〕、電離していない状態の分子を非解離型、〔非イオン型〕あるいは分子型という。弱電解質にあっては、イオン型の分子は〔単純拡散〕によって細胞膜を透過することはできず、〔非イオン型〕の分子のみが細胞膜を透過することができる(図2-82a)。

 

担体介在性輸送

 単純拡散とは異なり、何らかの〔トランスポーター〕を介して行われる膜輸送機構を〔担体介在性輸送〕という。トランスポーターは細胞膜上に分布する〔タンパク質〕であり、〔輸送担体〕、膜輸送体などとも呼ばれ、さまざまな種類が知られている。また、トランスポーターによって輸送される物質を〔基質〕と呼ぶ。担体介在性輸送はさらに〔促進拡散〕と能動輸送に大別される。

促進拡散

 促進拡散とは単純拡散と同じく〔濃度勾配〕(電気化学的ポテンシャルの差)を駆動力とした細胞膜透過機構である(図2-82b)。例えば、ブドウ糖(グルコース)やアミノ酸などといった水溶性の物質は膜透過性は〔低い〕が、〔促進拡散〕を担うトランスポーターによって細胞膜の透過性が高められる。

 

能動輸送

 能動輸送は、濃度勾配(電気化学的ポテンシャルの差)に〔逆らって〕物質を輸送する膜透過機構である(図2-82c)。このとき用いられる代表的なエネルギーが〔アデノシン三リン酸(ATP*18)〕の加水分解により生じるエネルギーである(「疾病と治療-基礎」p.96参照)。このように化学的なエネルギーを直接取り出して、その〔エネルギー〕で物質を輸送する仕組みを〔一次性能動輸送〕という。これに対して、一次性能動輸送によって生じたイオンなどの〔濃度差〕をエネルギーとして利用して、ほかの物質を輸送する能動輸送の仕組みを〔二次性能動輸送〕という。

 

膜動輸送

 膜動輸送は厳密には細胞膜そのものの透過過程ではなく、細胞膜の〔形態〕を変化させて細胞内と〔細胞外〕で物質のやりとりをする方法である(図2-83)。細胞外から細胞内へ物質を取り込む〔エンドサイトーシス〕と、細胞内から細胞外へ物質をはき出す〔エキソサイトーシス〕がある。

 

薬物の細胞層透過機構

 生体では細胞どうしが結合して〔細胞層〕、細胞単層膜などを形づくっていることがある。そのような例として、〔毛細血管〕、消化管上皮、腎臓の〔尿細管〕などがあげられる。物質がこうした細胞層の片側から反対側に移動する経路としては、いったん〔細胞内〕に入ってから反対側の細胞外に出る〔経細胞経路〕と、細胞と細胞の間の隙間である〔細胞間隙〕をかいくぐって反対側に移動する〔傍細胞経路〕とがある(図2-84)。経細胞経路では、原則として細胞膜を〔2回〕透過する必要がある。ただし、エンドサイトーシスとエキソサイトーシスの組み合わせにより物質が反対側に輸送される〔トランスサイトーシス〕は膜動輸送にあたる。

 

薬物の分布

薬物の分布に影響を及ぼす要因

 体内で薬物が分布する場所は〔薬物〕と組織とに大別される。また薬物によってはある組織に〔高濃度〕に分布したり、逆に、ある組織にはほとんど分布しなかったりするという現象がみられる。薬物がどこに分布しやすいかを決める要因としては以下のものがある。

①水溶性、脂溶性

血液(血漿)はそのほとんどが〔〕であるのに対して、組織は血液と比較すると〔脂質〕などの割合が大きい。そのため、水溶性(親水性)の物質は〔血液〕に、脂溶性(疎水性)の物質は〔組織〕に分布しやすい傾向がある。

②薬物との親和性

薬物と〔親和性〕の高い生体成分が高濃度に含まれているなどの特別な理由で、特定の組織に特に〔高濃度〕に分布することもある。

③高分子

タンパク質や抗体などの〔高分子〕は、一般に細胞膜や〔血管〕を透過することは困難であり、〔膜動輸送〕などを受けない限り組織には移行しないため、主に〔血液中〕に存在する。

タンパク結合

 血漿中には各種の電解質とともに、〔血漿タンパク質〕も溶け込んでいる。血漿タンパク質の中でも、〔アルブミン〕やα1-酸性糖タンパク質(AGP*19)はさまざまな薬物と結合することが知られている。アルブミンは特に〔酸性薬物〕と、AGPは特に〔塩基性薬物〕と強く結合する傾向にある。アルブミンにはその表面に薬物が結合する代表的な部位(サイト)が3か所存在すると考えられており、そこに結合する代表的な薬物の名前から、〔ワルファリンサイト〕、ジアゼパムサイト、ジギトキシンサイトと呼ばれている。血液中での存在量は、アルプミンが〔4~5〕g/dLであるのに対してAGPは〔50~100〕mg/dLとアルブミンのほうが多い。

 血漿中に存在する全薬物量に対する血漿タンパク質に〔結合〕している薬物(結合型薬物)の量の割合を〔タンパク結合率〕という。タンパク結合率の値は〔薬物〕によって異なる。また、同じ薬物でも薬物の濃度や〔血漿タンパク質〕の濃度によって値が変動することがある。

 薬物の分子量は小さくても、結合型薬物は組織には移行できず、血漿タンパク質との結合を免れた〔非結合型薬物(遊離型薬物)〕のみが組織に移行できる(図2-85)。したがって、〔タンパク結合率〕が高くなると、薬物は組織よりも血液中にとどまりやすくなる。さらに、このことから結合型薬物は〔薬理作用〕を示すこともない。したがって、血漿中濃度が同じであっても、タンパク結合率が異なれば、薬物の〔組織移行性〕や薬効は異なる。

 

分布容積

 体内の薬物が主に〔血液中〕に存在するのか、あるいは血液以外の組織中に存在するのかを数値的に表す指標として〔分布容積(Vd*20)〕が用いられる。Vdは、ある時点で体内にある薬物の量(〔体内薬物量〕)を薬物の〔血液中濃度〕で除して得られる値である。

Vd=〔体内薬物量〕/血液中濃度

 薬物が組織には全く分布せず、体内では血液中のみに存在すれば、Vdは〔体内に存在する血液〕の量と等しい値となる。体内の薬物量が同じであれば、組織中に移行しやすい薬物は血液中濃度が〔低く〕なるため、Vdは〔大きな値〕となる。例えば、組織中と血液中の薬物量が9:1であれば、Vdは全身血液量の〔10〕倍の値となる。したがって、Vdが〔大きい〕ということは、血液よりも組織に分布しやすい薬物であるということを意味している。

 しかし、血液中濃度ではなく〔血漿中濃度〕を測定することのほうが多い。このようなときには、血液中濃度ではなく血漿中濃度で除して得られる値が〔Vd〕として用いられる。すなわち、「組織中vs血液中」という区分けではなく「〔組織&血球中〕vs血漿中」という区分けである。なお、血漿中濃度と〔血液中濃度〕が等しければどちらで計算しても同じ値となる。

 Vdの概念は〔臨床的〕にも重要である。例えば薬物の体内濃度が異常に上昇して〔薬物中毒〕が生じたとき、薬物を除去するために〔血液透析〕を行うことがある。血液透析によって除去されるのはVdが〔小さい〕薬物である。

薬物の侵入を制限・排除する仕組み

血液脳関門

 動物の静脈に〔色素〕を注入すると、ほとんどの臓器は染色されるのに対して、〔脳組織〕は染色されないことから、脳と血液との間には物質の移行を制限する機構があると考えられ、〔血液脳関門(BBB*21)〕と名付けられた。BBBとしての働きを担っているのは主に〔〕にある毛細血管である。一般の組織では、〔毛細血管〕を形成する内皮細胞は隣の内皮細胞との間に〔隙間〕があり、水溶性の分子はこの〔傍細胞経路〕を透過して組織に〔移行できる〕。また、内皮細胞層に〔小孔〕があいている場合もある(図2-86)。しかし、〔脳毛細血管〕の内皮細胞にはそのような小孔はなく、内皮細胞どうしの結合も〔密着結合〕と呼ばれる強固な結合を形成している。加えて、内皮細胞の脳組織側は〔神経膠細胞〕で裏打ちされている(図2-86)。

 

 こうした特性のために、〔水溶性物質〕や高分子物質の脳への分布は著しく制限されている。しかし、〔単純拡散〕により容易に細胞膜を透過できる〔脂溶性〕の低分子物質は、脳に分布する。実際、中枢神経に作用する物質の多くは脂溶性が高く、〔低分子量〕である。例えば、アルコールやシンナーなども〔脂溶性〕の低分子物質であり、容易に脳内に移行して〔毒性〕を示す。しかし、単に水溶性物質の移行を制限し、〔脂溶性物質〕を自由に透過させると不都合なことも多い。例えば、脂溶性の外来異物がむやみに脳に入ってしまうことになるし、エネルギー源である水溶性物質の〔グルコース〕や臓器の機能維持に不可欠な水溶性物質である〔アミノ酸〕が脳内に十分に供給されなくなってしまう。そこで、BBBには〔選択透過性〕、すなわち、必要な物質を〔効率的〕に取り込む仕組みと〔生体異物〕をなるべく排除する仕組みが備わっている。〔脳毛細血管〕の内皮細胞には、グルコースやアミノ酸などの必要な物質を取り込むさまざまな〔トランスポーター〕が働いていることが知られている。例えばグルコースであれば〔GLUT1〕*22というグルコースの〔促進拡散〕を担うトランスポーターが働いている。逆に、〔脂溶性〕が高く、本来は脳内に移行しやすい物質をエネルギーを使って血管側にくみ出す〔排出系〕の能動輸送も機能している。代表的な排出系のトランスポーターとしては〔P-糖タンパク質〕などがある。

 以上のように、BBBは密着結合や〔神経膠細胞〕などの解剖学的な特徴と、さまざまなトランスポーターによって実現される物質の〔選択透過性〕により成り立っており、脳を守る〔生体防御機構〕としての働きを有している。

血液胎盤関門

 〔胎盤〕は母親と胎児をつなぐ血流に富む組織であり、胎児への〔酸素〕や栄養物質の供給と、胎児からの〔二酸化炭素〕や老廃物などの除去を担っている。また、物質交換だけでなく、ホルモンなどを分泌する〔内分泌器官〕としての働きも有している。

 〔胎盤〕では母親の血液と胎児の血液が直接混じることはない。母親の血液は子宮内膜側から〔らせん動脈〕を通って、〔絨毛間腔〕と呼ばれる隙間に噴出する。絨毛間腔には〔絨毛〕が突出しており、その外側は〔トロホブラスト細胞〕と呼ばれる細胞でおおわれている。また、絨毛の内部には胎児の血液が流れる〔毛細血管〕がある。したがって、母親の血液と胎児の血液との間で物質が移行するためには、トロホブラスト細胞と〔胎児毛細血管内皮細胞〕という2つの細胞からなる膜(これを〔胎盤膜〕という)を横切らなくてはならない(図2-87)。

 

 BBBと同じく、胎盤での物質交換にも単純拡散と〔担体介在性輸送〕の両方が関与しており、物質に対する〔選択透過性〕を有している。〔胎盤〕も母親の血液と胎児との間で物質の〔移行〕を制限する機能を有していることから、〔血液胎盤関門〕と呼ばれる。血液胎盤関門の機能は主に〔トロホブラスト細胞〕によって担われていると考えられている。実際、脳毛細血管と同じく、トロホブラスト細胞にはグルコースを輸送する〔GLUT1〕や、P-糖タンパク質に代表される〔排出系〕の輸送担体が存在している。

 薬物も例外ではなく、胎盤を透過する際には〔単純拡散〕による機構だけではなく、〔トランスポーター〕による担体介在性輸送を受けることがある。単純拡散は物理化学的性質によって左右されるので、〔脂溶性〕が高く、分子量の小さい薬物は胎児に速やかに〔移行しやすい〕。胎盤での薬物透過におけるトランスポーターの役割については現在研究が行われているが、詳細については〔未解明〕な点も多い(「疾病と治療-基礎」p.148参照)。

薬物の代謝

 体内で酵素などの働きによって薬物の化学構造に変化が生じることを〔代謝〕といい、代謝によって生成した物質を〔代謝物〕という。

 薬物を代謝する〔薬物代謝酵素〕は肝臓に最も多く分布している。そのため、薬物代謝に関与する主要な臓器は〔肝臓〕である。ただし、一部の薬物は経口投与すると小腸の〔上皮細胞〕でも代謝されることが知られている。したがって、肝臓以外の臓器における代謝も無視できない。

 薬物の代謝速度と薬物濃度の関係は、〔飽和性の曲線〕で表されることが多い(図2-88)。ただし、多くの薬物において体液中の薬物濃度は飽和に至らない〔直線部分〕、いわゆる線形領域に当たる。すなわち、〔線形領域〕では薬物濃度が2倍になれば〔代謝速度〕も2倍となる。

 

活性代謝物とプロドラッグ

 通常、代謝は薬物を〔解毒〕・不活性化して体外に〔排泄〕しやすくする過程ととらえることができる。しかし、薬物によっては生成した代謝物や複数の代謝物の一部に〔薬理活性〕がある場合がある。このような代謝物を〔活性代謝物〕という(図2-89a)。さらに、代謝される前の〔未変化体〕には活性がなく、代謝されて初めて〔活性〕を示す薬物もあり、このような薬物は〔プロドラッグ〕と呼ばれる。消化管での〔吸収〕を高めたり、副作用を〔回避〕する目的で意図的に〔プロドラッグ〕として設計開発されたりすることも多い。例えばチアミン塩化物塩酸塩は消化管からの〔吸収〕がよくないため、プロドラッグとして〔フルスルチアミン塩酸塩〕が開発された。フルスルチアミン塩酸塩は消化管からの吸収が良好であり、体内に吸収されてから〔チアミン塩化物塩酸塩〕に変換される(図2-89b)。

 

 

薬物代謝の様式

 薬物代謝の様式には、酸化、〔還元〕、加水分解、〔抱合〕などがある。このうち、酸化、還元、〔加水分解〕などを第1相反応、〔抱合〕を第2相反応と呼ぶこともある。第1相反応の3種類の反応の中では〔酸化代謝〕が最も重要である。

 ①酸化代謝

酸化代謝の様式としては、物質に〔酸素〕が導入される反応や、物質から〔水素〕が取り去られる反応があげられる。例えばイミプラミン塩酸塩の代謝経路には芳香環の〔水酸化〕(2-OHイミプラミンヘの代謝)と〔脱アルキル化〕(デシプラミンヘの代謝)があり(図2-89a)、これらはいずれも代表的な酸化代謝の反応である。

 

 ②還元代謝

 還元代謝は〔酸化代謝〕とは逆に、物質に〔水素〕が導入される反応や、物質から〔酸素〕が取り去られる反応などである。

 ③加水分解による代謝

加水分解とは、水の〔付加反応〕により特定の結合が切断され、別の〔化合物〕が生成する反応である。

 ④抱合反応

抱合反応とは、〔グルクロン酸〕や硫酸、グルタチオン、グリシン、アセチルCoAの〔アセチル基〕などの生体内にある〔水溶性〕の高い物質を結合させる反応である。それぞれ〔グルクロン酸抱合〕、硫酸抱合、グルタチオン抱合グリシン抱合、アセチル抱合と呼ばれる。抱合反応によって分子量が〔大きく〕なり、より〔極性〕が高まり排泄しやすくなる。

薬物代謝酵素

 〔シトクロムP450(CYP*23)〕は代表的な酸化代謝酵素である。CYPとしてはさまざまな〔分子種〕が知られているが、薬物代謝の観点から特に重要な分子種は〔CYP1A2〕、CYP2C9、CYP2C19、CYP2D6、CYP2E1、CYP3A4である。その中でも〔CYP3A4〕は臨床的に使用されている薬物の中で最も多くの種類の薬物の代謝にかかわっており、〔肝臓〕における含量も最も多い。

 薬物ごとに代謝を主に担う〔代謝酵素〕はそれぞれ異なる。特定の〔CYP分子種〕によってのみ代謝される薬物もあるが、〔複数〕のCYP分子種によって代謝される薬物も少なくない。薬物があるCYP分子種によって代謝されるとき、その薬物をCYP分子種の〔基質〕という。また、一部の薬物は特定の〔CYP分子種〕の働きを阻害することもある。このとき、その薬物を特定のCYP分子種の〔阻害剤〕という。一方、ある薬物が特定の〔CYP分子種〕の量を増加させることもある。このとき、その薬物をそのCYP分子種の〔誘導剤〕という。薬物によるCYPの阻害や誘導は〔薬物相互作用〕の原因として重要である(p.114参照)。

薬物の血液中濃度とクリアランス

血液中濃度

 薬物の血液中濃度は時々刻々変化しているが、その要因となるのは、①体外からの薬物投与、②薬物の血液からほかの〔組織〕への移行、③薬物のほかの組織から〔血液〕への移行、④薬物の〔消失〕である。このうち②と③については体内での〔分布〕の変動に起因するものであり、体内の〔全薬物量〕は変化しない。②と〔〕がつり合っている状態では、一定期間(例えば1日)当たりの薬物の〔投与量〕が増えるか、薬物の〔消失〕が抑えられれば血液中濃度は〔上昇〕する。逆に、一定時間当たりの薬物の投与量が減るか、薬物の消失が亢進すれば血液中濃度は〔低下〕する(図2-90)。

 

クリアランス

 〔定常状態下〕、すなわち①=④、②=③であるとき、一定時間当たりの薬物投与量と〔血液中濃度(CB)〕との間の関係を表す比例定数に当たるのが、〔全身クリアランス(CLtot)〕である(図2-90)。具体的には血液中濃度に〔CLtot〕を乗じると、薬物の〔消失速度〕(Vel.単位時間当たりの薬物の消失量)と等しくなる。式で表すと、

 Vel[mg/hr]=CB[mg/L]xCLtot[L/hr]

となる。この式を別の側面からみると、全身クリアランスとは単位時間当たりに〔浄化される血液〕(血漿中濃度で論じているときは血漿)の量(容積)ということができる。

 

 クリアランスは特定の臓器の〔薬物除去能〕を表す指標としても用いられ、〔臓器クリアランス〕と呼ばれる。すなわち、肝臓のクリアランスであれば〔肝クリアランス〕、腎臓のクリアランスであれば腎クリアランスという。そして、すべての〔消失臓器〕の臓器クリアランスの和が〔全身クリアランス〕である。なお、臓器には血流を介して薬物が運ばれるので、臓器クリアランスの上限は〔臓器血流量〕により制限される(血流量を超えることはない)。これは、例えば〔代謝酵素〕などに十分な余力があっても、血流で臓器に運ばれてくる速度を上回る速度で〔薬物〕を循環血液中から除去することはできないためである。

薬物の排泄

消失経路としての排泄

 全身循環血中からの薬物の消失経路は肝消失と〔腎排泄〕に大別することができる(表2-9)。一般に消失経路といった場合は、〔活性〕を有する薬物が消失する経路を指すことが多い。例えば、薬物によっては肝臓での代謝により〔不活性化〕され、不活性な代謝物が〔尿中〕へ排泄されることがある。このような薬物は代謝により不活性化された時点で薬物が〔消失〕したと考えることができるので、消失経路は〔肝代謝〕であり、消失臓器は〔肝臓〕である。このような薬物は、「〔肝代謝型薬物〕」あるいは「肝消失型薬物」と呼ばれる。これに対して、〔未変化体〕のまま尿中に排泄される薬物は「〔腎排泄型薬物〕」と呼ばれる。一般に、〔水溶性〕の高い薬物は「腎排泄型薬物」であることが多く、〔脂溶性〕の高い薬物は「肝消失型薬物」であることが多い。

 

尿中排泄(腎排泄)

 薬物の尿中への排泄は〔腎臓〕において行われる(図2-91a)。腎小体の〔糸球体〕は小孔のあいた〔毛細血管〕のかたまりであり、糸球体では血液から水や〔電解質〕などが濾過される。濾過されて生成した原尿はボウマン嚢から〔尿細管〕へと移行する。このとき分子量の小さい薬物も同じように〔糸球体濾過〕される。一方アルブミンなどの〔高分子〕は糸球体の〔小孔〕を通ることができないため、〔タンパク結合率〕が高い薬物は糸球体濾過を受けにくい(「疾病と治療-基礎」p.82参照)。

 

 原尿が流れ込む尿細管はその周りを〔毛細血管〕が取り巻いている。一部の薬物はここでも血液から尿細管の管腔側へと分泌される(〔尿細管分泌〕)。

 尿の生成速度は糸球体濾過速度よりも圧倒的に〔小さい〕。これはいったん糸球体濾過により〔尿細管〕に移行した水分のほとんどが再度尿細管から血液へと〔再吸収〕されるためである。この再吸収過程では水分だけでなく〔電解質〕や糖、アミノ酸などといった生体に必要なものも〔再吸収〕される。そして、一部の〔薬物〕もここで再吸収される(尿細管再吸収)。まとめると、糸球体濾過または尿細管分泌により〔尿細管管腔側〕に移行し、尿細管再吸収を免れた薬物が〔尿中〕に排泄されることとなる。

 このうち糸球体濾過は〔物理的〕な濾過であるのに対して、尿細管分泌には〔担体介在性輸送系〕が大きく寄与している。例えば、尿細管分泌を受けるためには薬物は〔尿細管上皮細胞〕を横切らなくてはならない。そこには血管側と尿細管管腔側の2つの〔細胞膜〕があり、さまざまな〔トランスポーター〕が働いている。血管側においては有機アニオントランスポーター(OATs*24)や〔有機カチオントランスポーター(OCTs*25)〕が、尿細管管腔側には〔P-糖タンパク質〕、多剤耐性関連タンパク質(MRPs*26)、MATE1*27などが薬物の〔尿細管分泌〕に関与していると考えられている(図2-91b)。

 

 これに対して薬物の尿細管再吸収はほとんどの場合、〔単純拡散〕によって行われる。このため〔水溶性〕の高い薬物はあまり再吸収されないのに対して、〔脂溶性〕の高い薬物は尿細管再吸収を受けやすく、尿中への〔排泄率〕は低くなることが多い。また、弱電解質にあっては〔非イオン型〕のみが再吸収されるが、イオン型と非イオン型との比は〔pH〕によって左右される。このため、尿のpHは弱電解質の尿細管再吸収、ひいては〔尿中排泄率〕に影響を及ぼす。

 なお、腎クリアランス(尿中排泄クリアランス)は、一定時間tまでに尿中に排泄された薬物量を時間tまでのAUCで除すことによって求めることができる。

胆汁中排泄

 胆汁は肝臓でつくられ、〔総胆管〕を経て〔十二指腸〕に分泌される。薬物によっては肝臓において〔胆汁中〕に分泌されて排泄されることがある。これを〔胆汁中排泄〕という。胆汁中排泄を受けやすいのは、分子量が500~1,000程度と〔比較的大きく〕、ある程度の〔脂溶性〕を有する薬物である。また、〔グルクロン酸抱合〕や硫酸抱合を受けた抱合代謝物は胆汁中に排泄されることが〔多い〕。

 循環血中の物質が胆汁中に排泄されるためには血液から〔肝細胞内〕への移行、および肝細胞内から胆汁中への移行において、〔細胞膜〕を計2回通過する必要があるが、この過程の一部にもトランスポーターによる〔担体介在性輸送〕が関与している。

 ヒトにおいては尿とは異なり、排出された〔胆汁〕を採取することは困難であり、また、〔腸肝循環〕の影響もあるため、〔胆汁排泄クリアランス〕を実験的に求めることは難しい。事実、ヒトにおいて比較的容易に算出することができるクリアランスは、全身クリアランスと〔腎クリアランス〕である。したがって、全身クリアランスのうち〔尿中排泄〕によらない分のクリアランスは〔腎外クリアランス〕としてまとめて扱われることが多い。腎外クリアランスの内訳は、主に〔肝代謝クリアランス〕と胆汁排泄クリアランスである。

腸肝循環

 〔未変化体〕の薬物が胆汁中排泄を受けると、〔胆汁〕とともに胆管から十二指腸に排泄され、最終的に〔糞中〕に排出されるはずであるが、その一部が再度小腸で吸収を受け、〔門脈〕を経て再び肝臓に戻ってくることがある。このような過程を〔腸肝循環〕という(図2-92)。場合によっては〔グルクロン酸抱合体〕が胆汁中に排泄され、小腸の管腔内で〔加水分解〕を受けてグルクロン酸がはずれ、〔未変化体〕に戻って再び吸収されることもある。

 

生物学的利用能(バイオアベイラビリティ)

 生物学的利用能〔バイオアベイラビリティ(BA)〕とは、①投与された薬物のうち、どの程度が全身循環血に入るのか(〔生物学的利用率〕)、および②どのような速度で、全身循環血に入るのか(〔生物学的利用速度〕)を表す指標である。単にBAといった場合は〔生物学的利用率〕を指すことが多い。

 BAは、有効成分が同じであっても〔投与経路〕や剤形などによって異なる。したがって同じ成分の医薬品の〔投与方法〕を変更するとき、例えば、鎮痛剤を服用していたが全身状態が悪化したので点滴に変更するような場合などには、〔同じ量〕を同じように投与するのではなく、変更前後の医薬品やその投与経路における〔BA〕を考慮して投与量や〔投与速度〕などを調節しなければならない。このように、医薬品のBAを正しく把握することは、医薬品を〔適正〕に使用する上で極めて重要である。

生物学的利用率

 生物学的利用率は、投与された薬物のうちどの程度が〔全身循環血〕に入るのかを表す指標である。静脈内投与は薬物を直接〔全身循環血〕に投与するので、生物学的利用率は〔最大〕となる。静脈内投与時の生物学的利用率を100%(基準)として求めたものを〔絶対的生物学的利用率〕という。これに対して、ほかの製剤・投与経路を基準として求めたものを〔相対的生物学的利用率〕という。

 生物学的利用率を知るためには全身循環血に入った〔薬物の量〕を知る必要があるが、これにはいくつかの方法がある。まず、全身クリアランスが〔薬物濃度〕によらず一定、すなわち体内動態が〔線形〕であれば全身循環血に入った薬物の量は〔AUC〕(p.50参照)に比例する。このため、静脈内投与時のAUCと、同じ量を経口投与したときのAUCとを比較すればその比が経口投与時の〔絶対的生物学的利用率〕となる。その他の方法としては、肝臓において〔代謝〕や胆汁排泄を受けない薬物であれば、投与後に尿中に排泄された〔未変化体〕の薬物の総量を測定して投与した量と比較することで〔絶対的生物学的利用率〕を求めることができる。ただし、薬物が〔胆汁中〕に排泄される場合は、未変化体の尿中排泄量から〔絶対的生物学的利用率〕を求めることはできない。

 経口投与時の絶対的生物学的利用率は、〔100〕%未満であることも多い。なぜなら、経口投与された薬物のうち、〔全身循環血〕に移行できるのは、〔消化管〕で吸収され、消化管や肝臓での〔初回通過効果〕を免れた分だけだからである。逆に、経口投与時の絶対的生物学的利用率が〔100〕%であれば、その薬物は100%〔消化管〕で吸収され、かつ、〔初回通過効果〕も受けないことを意味している。

 経口投与時の絶対的生物学的利用率は多くの場合、〔投与量〕によらず一定の値となるが、投与量が増大すると〔初回通過効果〕が飽和してしまうような薬物では、〔投与量〕の上昇に伴い絶対的生物学的利用率は〔上昇〕する。また、消化管吸収過程に〔担体介在性輸送〕が寄与していると、〔投与量〕の増大に伴ってその担体介在性輸送が飽和し、絶対的生物学的利用率が〔低下〕することがある。

生物学的利用速度

 投与された薬物が全身循環血に移行する速度を〔生物学的利用速度〕という。その指標としては〔最高血中濃度到達時間(Tmax)〕などが用いられる。鎮痛薬や睡眠薬など速やかな〔薬効発現〕が望まれる医薬品では、〔生物学的利用速度〕が問題となることが多い。

BAに影響を与える因子

 BAは、同じ薬物であっても投与経路や〔剤形〕によって異なることはもちろんだが、同じ投与経路、同じ剤形であっても〔患者〕ごとに異なることがある。また、〔経口投与時〕には、食事との前後関係や食事の質、量などが〔生物学的利用率〕や生物学的利用速度に影響を与える。例えば、食事を摂取すると、胃から小腸ヘの〔GER〕が低下するため、特に〔小腸〕での吸収が速やかな薬物は、空腹時と比べて食後投与でTmaxが〔遅延〕する(p.50参照)。また。食後投与と空腹時投与で〔生物学的利用率〕について比較すると、食事の影響は〔薬物〕ごとに異なる。例えば、食事による〔胆汁〕の分泌が薬物の〔溶解〕を助けるような場合は、食後のほうが〔吸収〕は良好になり、〔生物学的利用率〕は高くなる。逆に、食事中の成分との〔相互作用〕で吸収が低下するような薬物では、食後のほうが吸収が悪く生物学的利用率は〔低くなる〕。

 同じ薬物を含む製剤間でBAを比較して差が認められない場合、両剤は生物学的に〔同等〕であるという。〔後発医薬品〕の承認に当たっては、原則的に先発医薬品との間で〔生物学的同等性〕が確認されていることが求められる。この生物学的同等性の試験は、〔厚生労働省〕のガイドラインに従って行われる。経口剤の生物学的同等性試験においては、原則として健常人を対象に〔クロスオーバー試験〕を行い、AUCおよび〔Cmax〕を統計的に比較することで判断する(p.149参照)。

 ただし、健常人で生物学的同等性が確認されたからといって、必ずしも〔すべての患者〕、すべての条件下で生物学的同等性が維持されるとは限らない。

薬物送達システム(ドラッグデリバリーシステム)

 医薬品はその〔効果〕を最大限に発揮しつつ、その〔副作用〕を最小限に抑えることが望まれる。そのためには薬物をなるべく〔標的部位〕のみに最適な濃度で、かつ最適な〔時間〕存在するような工夫が有効である。このように部位、濃度、時間という観点から薬物の〔体内動態〕を制御することを目的とした製剤設計・薬物投与技術を薬物送達システム〔〔ドラッグデリバリーシステム(DDS)〕〕という。代表的なDDSとしては放出調節製剤、〔標的指向製剤〕、吸収改善製剤などがある。

放出調節製剤

 放出調節製剤は徐放性製剤、時限放出製剤、〔部位特異的放出製剤〕に大別される。

徐放性製剤

 徐放性製剤は製剤からの〔薬物放出〕を緩徐にすることで、薬物を全身循環血あるいは特定の組織に〔持続的〕に吸収させて、〔濃度〕を一定に保つことを目的としている(図2-93)。〔作用時間〕を延長するとともに、急激な〔濃度変化〕を抑えることで副作用の発現を抑制することができる。さらに、1日の投与(服用)回数を減らすことができるため、〔服薬アドヒアランス〕の向上も期待できる。徐放性製剤は経口剤としてのみならず、〔経皮吸収型製剤〕、点眼剤、〔注射剤〕などさまざまな剤形について開発され実用化されている。

 

 徐放性製剤は、例えば、徐放錠を粉砕したり噛み砕いたりなどの不適切な使用をすると〔徐放性〕が失われることがある。その結果、薬効の〔持続時間〕が短縮したり、急激な濃度上昇から〔副作用〕を招いたりすることがあるので注意しなければならない。

時限放出製剤

 時限放出製剤は、服薬後、〔一定の時間〕が経過した後に薬物を放出する製剤である。必要な時間帯のみに薬効を発現させることで〔治療効果〕の向上、副作用の軽減、〔薬剤耐性〕の発現抑制などが図られる。一例として、気管支喘息の治療などに用いられるテオフィリンには、徐放性製剤と〔時限放出製剤〕の両方が実用化されている。徐放性製剤にはテオドール錠が、時限放出製剤には喘息発作の発現が多い〔夜間早朝〕にテオフィリンの血中濃度が高くなるよう工夫された〔ユニフィルLA錠〕があげられる。

部位特異的放出製剤

 消化管内の〔pH〕を感知して製剤からの薬物の〔放出〕を制御する製剤が実用化されている。例えば腸溶性製剤は経口投与後、〔酸性〕の胃内では溶解せず、〔弱酸性から中性〕の小腸では溶解して薬物を放出するような製剤設計となっており、酸性下での有効成分の〔分解〕や胃への〔刺激〕を回避することができる。同様の技術は〔便秘〕の治療に用いられるビサコジルを含む市販薬のコーラックや、〔潰瘍性大腸炎〕の治療薬である5-アミノサリチル酸の製剤であるアサコールなど〔大腸〕を標的部位とする医薬品にも用いられている。

標的指向製剤

 標的指向製剤は投与した薬物が〔標的組織〕・部位へ〔選択的〕に効率よく移行するよう設計された製剤である。〔標的指向製剤〕は多くの種類があり、そのデザインやコンセプトもさまざまである。分類としては〔能動的〕または受動的ターゲティング、到達部位により臓器(一次ターゲティング)、臓器中の〔病巣部位〕(ニ次ターゲティング)、病巣部位中の〔疾患関連タンパク質〕(三次ターゲティング)などに分類される。

 モノクローナル抗体製剤は、生体内で最も〔特異性〕が高い「〔抗原抗体反応〕」を応用した三次ターゲティングの〔抗体医薬品〕である。抗体は本来、体内の〔抗体産生細胞〕によって産生され、特定の外来異物に対する防御機構として働く〔糖タンパク質〕の一種であるが、これをバイオテクノロジーの技術を用いて人工的に生産し、医薬品として製剤化したものが〔抗体医薬品〕である(図2-94)。抗体医薬品の〔抗原認識部位〕は、標的組織の疾患関連タンパク質(〔抗原〕)に対して特異的に結合するように設計されており、これにより抗原となるタンパク質の〔生理活性〕を低下させる抗体である。現在ではさまざまな種類の〔モノクローナル抗体製剤〕が、がんや〔自己免疫疾患〕をはじめとする多くの疾患の治療に広く用いられるようになっている。なお、この抗体医薬品に代表される〔バイオテクノロジー〕を用いて製造されたタンパク質医薬品は〔バイオ医薬品〕と呼ばれる。

 

 また、薬物分子を微粒子などのキャリア(〔担体〕)と結合または脂質二重膜小胞である〔リポソーム〕などのキャリアに封入した製剤も実用化されている。これらは〔受動的ターゲティング製剤〕であり、〔二次ターゲティング〕に分類される。例えば、ドキシル(図2-95)は、既存の抗がん薬であるドキソルビシン塩酸塩を微粒子キャリアである〔リポソーム〕に封入することで、血液中で〔白血球〕に捕捉されることなく〔がん組織〕の血管に侵入する。そしてそこで、ドキソルビシン塩酸塩を徐々に放出するため、〔作用時間〕が長く、また全身性の〔副作用〕も軽減できる。

 

吸収改善製剤

 吸収改善製剤は薬物が効率よく体内または〔標的部位〕に吸収されるように吸収を高めた〔吸収促進製剤〕と、新たな〔投与経路〕を利用できるように製剤設計された製剤とに大別される。吸収促進製剤としては〔粘膜付着製剤〕、吸収促進剤や分解酵素阻害剤などを添加した製剤、化学構造を修飾して薬物分子の〔生体膜透過性〕を改善した製剤、微粒子として分散させた〔微粒子製剤〕などさまざまなものがある。また、プロドラッグにも〔吸収改善〕を目的としたものがある。プロドラッグとは反対に、標的部位において〔活性〕を示し、体内に入ると速やかに〔不活性化〕されるように設計された薬物を〔アンテドラッグ〕という。

 その他の投与経路の例としては婦人科領域で使用されるペプチドホルモンである〔性腺剌激ホルモン放出ホルモン(GnRH*28)アナログ製剤〕があげられる。ペプチドホルモンは〔消化管内〕で分解を受けて、〔活性〕を失うため〔経口投与〕することができない。このため鼻腔内投与により〔鼻腔粘膜〕を介して吸収させる製剤が実用化されている。

(大谷壽ー)